■ある学会にて(日本結晶学会,その1)

 東大で開催された結晶学会に参加.仕事の都合上半日しか参加できなかったが,1週間前の準結晶研究会での印象「結晶はすでにやりつくされ終わった学問である,そして遣り残された問題は準結晶にしかない」という雰囲気とは違って,「結晶でも難しい問題は依然として手がつけられずに残っている」との印象をうけた.

 成果を求められるスパンは年々短縮していて,準結晶に乗り遅れると研究費がもらえないという危機感から,準結晶に乗り換えた研究者が続出したものと思われる.

 結晶学を端的に表現すると,3次元格子の幾何学的分類学である.結晶学のバックグラウンドをもっていないわが身にとっては,自分の分野の言葉に置き換えて理解しなければならないので,ほとんどわからなかったというのが本音であるが,結晶学分野の研究者は当然のことながら結晶構造を原子の配列する点空間として捉えている.

 それに対して,私はというと点配置のボロノイ領域(結晶学の用語でいうウィグナー・ザイツセル)として捉えている.

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【1】平行多面体と結晶相転移

 フェドロフの平行多面体とは平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,平行辺(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),平行面から構成されている多面体である.フェドロフの平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことが証明されている(1885年).

 これら5種類の図形は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であるし,結晶学の観点からすると平行多面体は正多面体以上に重要であると考えられる.

 結晶格子には面心立方格子,体心立方格子,単純立方格子,六方晶格子などの別があるが,面心立方格子のボロノイ領域は菱形12面体,体心立方格子のそれは切頂8面体をなす.このように結晶の骨格の基本形はフェドロフの平行多面体に限定されるといってよいからである.

 ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(鍛造冶金)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する(相転移).その途中,単純立方格子を経由しているという説もある.もちろん個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないが,その状態移行では空間の連続的な運動が起こらなければならない.

 このことから,面心立方格子(菱形12面体),体心立方格子(切頂8面体),単純立方格子(立方体)を仲介する多面体が存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.さらに6角柱と長菱形12面体も含め,平行多面体全体にまで拡張して,それらをすべて仲介する多面体を求めたい.そこで,

[Q]1種類のブロックを使って,5種類あるフェドロフの平行多面体を隙間なく埋め尽くす

という設問を考えてみよう.

 当初,それは不可能だという意見が多かったが,予想に反してこれには非常に簡単な例があった.裏返し(鏡映対称)の多面体は同一視するが,平行多面体ではたった1種類ですべての平行多面体を充填するような元素が存在する.それをペンタドロンと名付け,σで表すことにすると立方体はσ12.以下,6角柱σ36,菱形12面体σ192,長菱形12面体σ384,切頂8面体σ48となる.

[定理]平行多面体の元素定理

  5種類ある平行多面体の元素数は1である.

  ペンタドロンはフェドロフの平行多面体に共通する元素となる.

 ペンタドロンは数でいえば素数のようなものといってよいであろう.この定理が成り立つのは平行多面体が空間充填多面体であって,その二面角がπと通約できることに基づいている.

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[補]多面体Pに対し各辺の長さをai,二面角をαiとすると,デーン不変量δ(P)はすべての辺で二面角の和をとり,mod πで還元したものとして定義される.

  δ(P)=Σ(ai,αi)   (mod π)

平行多面体のデーン不変量は0である.

 もう一度発想の原点に戻るが,球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみる.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるが,その場合,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならない.このような移行はどのようにしたら可能になるのだろうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのだろうか? 最密充填から最疎被覆への状態移行では,球の並進運動と同時に空間の連続的な回転運動が起こらなければならないが,当該の多面体σは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるはずである.

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