■πとeの話(その11)

 (その10)の続きである.キュムラントはモーメントより便利な性質をもっている.たとえば,確率変数xとyの和:x+yの従う分布のk次キュムラントは,xの従う分布のk次キュムラントとyの従う分布のk次キュムラントハの和に等しい.この性質からキュムラントを累積していけばよいということになる.

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【1】積率母関数

 h(x)=exp(tx)とおいた場合の期待値をtの関数M(t)とみて,積率母関数といいます.

  M(t)=E[exp(tx)]=∫(-∞,∞)f(t)exp(tx)dt

ラプラス変換のカーネルはh(x)=exp(-tx)ですから,積率母関数は1種のラプラス変換(+ラプラス変換)と考えることができます.

 また,

  M(t)=E[etx]=E[1+tx+(tx)^2/2!+(tx)^3/3+・・・]=1+tE[x]+t^2/2!E[x^2]+t^3/3!E[x^3]+・・・

より,

  M(t)=Σμ'k(t)^k/k!   k=0,1,2,・・・

を得ます.すなわち,積率母関数は原点まわりの積率の指数型母関数になっていることが理解されます.

 積率母関数を微分してt=0とおくことによって原点まわりの積率μ'kが順次求まります.

d(k)M/dt(k)|t=0=μ'k=E[x^k]

(例題)正規分布の積率母関数は,M(t)=exp(μt+σ^2t^2/2)より,μ1,μ2を求めよ.

M'(t)=(μ+σ2t)exp(μt+σ2t2/2)より E[x]=M'(0)=μ

M"(t)=(σ2+(μ+σ2t)^2)exp(μt+σ2t2/2)より E[x^2]=M"(0)=σ2+μ2

を得ることができます.したがって,μ1=μ,μ2=σ2

 積率母関数には,和の分布の積率母関数は積率母関数の積で表される.

という重要な性質があります.すなわち,x1,x2,...,xnが独立で,それぞれの積率母関数をMx1(t),Mx2(t),・・・,Mxn(t)とするとy=x1+x2+・・・+xnの積率母関数My(t)はMy(t)=ΠMxi(t)で表されるというものです.とくに,x1,x2,・・・,xnの積率母関数が同じを積率母関数Mx(t)をもつとき,My(t)=[Mx(t)]^nとなります.

 正規分布の和の分布について考えてみましょう.xがN(μx,σx^2)に,YがN(μy,σy^2)にしたがい,両者が独立であれば,x+yの積率母関数は

Mx+y(t)=Mx(t)*My(t)=exp(μxt+σx2t2/2)exp(μyt+σy2t2/2)=exp((μx+μy)t+(σx2+σy2)t2/2)

これはN(μx+μy,σx2+σy2)の積率母関数にほかなりません.したがって,正規分布の和の分布はまた正規分布となります.これを正規分布の再生性といいます.なお,ポアソン分布や負の2項分布,コーシー分布やガンマ分布も再生性を有しています.

 一方,差の分布の積率母関数は,Mx-y(t)=Mx(t)*My(-t)で表されます.例題と同様に,正規分布の差の分布は

Mx-y(t)=Mx(t)*My(-t)=exp(μxt+σx2t2/2)exp(-μyt+σy2t2/2)=exp((μx-μy)t+(σx2+σy2)t2/2)

すなわち,N(μx-μy,σx2+σy2)の正規分布になることを示すことができます.ところが,ポアソン分布の差の分布はポアソン分布にはならず,ベッセル関数を用いて表されます.

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【2】キュムラント母関数

 積率母関数の対数logM(t)はキュムラント母関数と呼ばれます.そして,

logM(t)=Σκj(t)^j/j!   j=1,2,3,・・・

=tκ1+t^2/2!κ2+t^3/3!κ3+・・・

の係数κjをj次のキュムラントと呼びます.j=0すなわちκ0は定義されません.また,対数の性質から,積率母関数の積のキュムラントはキュムラントの和になります.

M(t)=Σμ'k(t)^k/k!=exp(Σκj(t)^j/j!)

両辺をtで微分して,

E[x]+tE[x^2]+t^2/2!E[x^3]+・・・=M(t){κ1+tκ1+t^2/2!κ3+・・・}***確認

tの係数同士を比較すれば,キュムラントと積率の関係式が得られます.

 正規分布の積率母関数は,M(t)=exp(μt+σ2t2/2)ですから,キュムラント母関数はμt+σ2t2/2です.すなわち,正規分布では3次以上のキュムラントは0になりますから,ある分布が正規分布に近いかどうかを確かめるには,3次以上のキュムラントが0に近いかどうかを見ればよいことになります.

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