■幾ばくかの円定理

 正多角形の各辺に接しながら,その中で1回転できる図形が内転形である.円はすべての正多角形に内接しながら回転することができる自明な図形であるから,円以外の図形が問題となる.

 ルーローの三角形は正方形の面積最小の内転形,藤原・掛谷の二角形は正三角形の面積最小の内転形である.また,正三角形の内転形で円弧二角形となる図形にはもうひとつあり,それがルーローの二角形である.

 ルーローの二角形は永らく忘れ去られていた図形なのだが,逆にいえば,工学者であるルーローが藤原・掛谷の二角形を発見できなかったことほうが不思議に思える.今回のコラムではその理由について推理してみることにした.

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【1】1円定理,2円定理,3円定理,4円定理

 円はすべての正多角形の内転形である(1円定理).次に,同じ大きさの2つの円を互いに他の中心を通るように描くと2円の共通部分ができる.その部分がルーローの二角形であり,正三角形の内転形となる(2円定理).

 同様に,同じ大きさの3つの円を互いに他の2円の中心を通るように描くと3円の共通部分ができる.その部分がルーローの三角形であり,正方形の内転形となる(3円定理).このようにしてルーローはルーローの二角形と三角形を考案したのではないかと推理される.

 同じ大きさの4つの円を互いに他の3円の中心を通るように描くことはできないので,互いに他の2円の中心を通るように描くことにする.その際,4円の中心の配置が正方形の場合は内転形は生まれないが,正三角形を2個つなげた菱形にすると,4円の共通部分に藤原・掛谷の二角形ができる.

 すなわち,藤原・掛谷の二角形を生み出すには第4の円が必要となるのであるが,ルーローの思考は3つの円までで停止したのではなかろうか.勝手な憶測であるが・・・.

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【2】もうひとつの2円定理

 「ある曲線に沿って,滑ることなく転がる半径rの円周上の点Pの軌跡は,同じ曲線に沿って一緒に半径2rの円を転がしたとき,この円に固定された直径が作る直線族の包絡線になる.」

 直線上を転がる円周上の点の軌跡はサイクロイドとして知られています.直線も半径が無限大の円と考えることができますから,このとき転円の直径が作る直線族の包絡線は大きさが半分のサイクロイドになることが2円定理より証明されます.

 同様に,半径rの固定円のまわりを転がる半径rの円周上の点Pの軌跡はカージオイドになりますが,一緒に半径2rの円を転がしたとき,この円に固定された直径が作る直線族の包絡線もカージオイドになります.

 さらに,

(1)円周上の光源からからでた光線が反射されてできる直線族の包絡線はカージオイドになる

(2)平行光線が円周で反射されてできる直線族の包絡線はネフロイドになる

ことも証明されます.

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【3】もうひとつの4円定理

 デカルトの4円定理とは,互いに外接する4個の円の半径の逆数の間の等式

  (Σ1/ri)^2=2Σ(1/ri)^2

です.

  (1/r1+1/r2+1/r3+1/r4)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r4^2)

 デカルトの円定理より,三角形ABCにおいてA,B,Cを中心としてそれぞれ半径

  r1=(−a+b+c)/2,r2=(a−b+c)/2,r3=(a+b−c)/2

の円を描くとそれらは互いに外接することがわかります.

(Q)互いに外接する3個の円(半径r1,r2,r3)がある.これらすべてに外接する円の半径rを求めよ.

(A)r=r1r2r3/{r1r2+r2r3+r3r1+2√r1r2r3(r1+r2+r3)}=1/{1/r1+1/r2+1/r3+2√(1/r1r2+1/r2r3+1/r3r1)}

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 相異なる2つの球面S1,S2の中心をx1,x2,半径をr1,r2とするとき,S1,S2が接するための必要十分条件は

  |x1−x2|=|r1±r2|

となることである.±は外接か内接かに対応している.

 一般にR^n内の互いに接するn+2個の球面の系があるとする.このとき,接点がすべて異なるならばこれらn+2個の球面はすべて外接するか,または,ある球面が他のn+1個の球面を含むことになる.このような互いに接するn+2個の球面の系については,球面の半径の逆数に関する単純な等式がある.

  (Σ1/ri)^2=nΣ(1/ri)^2

 ただし,Sjが他の球面をすべて含むときはrj=−(Sjの半径)とする.このようにすることで,接する2つの球面間の距離が常に|xi−xj|=|ri+rj|で表される.

 n=2の場合,互いに外接する4個の円の半径の逆数の間の等式

  (Σ1/ri)^2=2Σ(1/ri)^2

が成立し

(1/r1+1/r2+1/r3+1/r)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)

1/r^2+2/r(1/r1+1/r2+1/r3)+(1/r1+1/r2+1/r3)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)

1/r^2−2/r(1/r1+1/r2+1/r3)−(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)+2(1/r1r2+1/r2r3+1/r3r1)=0

 この2次方程式を整理すると(A)と同じ式が得られる(デカルトの円定理).n=2,3の場合は和算家達によっても得られていた(デカルトの円定理の拡張).

(Q)与えられた円(半径R)の内部に互いに外接する3個の等円(半径r)があるとき,rを求めよ.

(A)この場合は

(1/r1+1/r2+1/r3+1/r)^2=2(1/r1^2+1/r2^2+1/r3^2+1/r^2)

において,r1=r2=r3=r,r=−Rとする. → r=(2√3−3)R

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【4】反転の応用

 接する円の族に関する定理では何百という美しい定理があるが,シュタイナー円鎖について述べておきたい.小円を大円の内部におき,この2つの円の中間に次々に接する円列を作る.たいていの場合,最後の円は重なってしまい,この円列は互いに接する円環をなさない.しかしときとして完全な円環をなす場合がある.これがシュタイナー円鎖である.

 最も簡単なものとしては,たとえば,半径が3と1の同心円に対しては6個の単位円よりなるシュタイナー円鎖が存在し,円の中心の軌跡は半径2の円となる(円の最密充填).シュタイナー円鎖をなす円の中心の軌跡は楕円となる.

 アルキメデスのアルベロス(靴屋のナイフ)円列はシュタイナーの円鎖の特別な場合になっていて,円の中心はすべて基線上に長径をもつ楕円の上にのっている.この円列の円の中心から基線までの距離は半径の2倍,4倍,8倍,・・・となる(パッポス).

 ソディー(アイソトープの発見でノーベル賞を受賞した英国の化学者)の6球連鎖はシュタイナー円鎖の3次元版であるが,シュタイナー円鎖の場合とは異なって,球連鎖は常に繋がり必ず6個の球からなる.そして6個の球の中心,球同士の接点はすべて同一平面上にあるのである.

 反転によって,接する2円は接する2円か,円とその接線か,平行な2直線のいずれかにに移る.また,平面上の交わらない2つの円を同心円に移す写像が存在する.シュタイナーやソディーの定理はこれらの事実に基づいて証明されるのである.

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【5】ソディーのhexlet(6球連鎖)

 ソディーの定理(1936年)とは「半径a,b,cなる互いに接する3個の球K1,K2,K3のどれにも接する球Siの鎖の数は,常に6個となり,球の半径の逆数をρi (i=1~6)とすると

  ρ1+ρ4=ρ2+ρ5

が成立する」というものである.

 この定理も100年以上も前に和算家が得ていたものであるが,これには4個の互いに接する球に関するデカルトの定理

  (Σ1/ri)^2=3Σ(1/ri)^2

が使われている.ソディーは同位元素の研究でノ−ベル化学賞を受賞した化学者であるが,彼もまたデカルトの定理を再発見したのである.

 とくに,球K1(r)内に互いの外接する2個の等しい球K2(r/2),K3(r/2)が内接していて,それらに外接する6個の等しい球S1-6がループを作っているとき,その半径はr/3となる.

 また,半径Rの球に正四面体をなすように互いに外接する4個の半径の等しい大球(半径r1)を内接させる.正四面体の各面の中心の隙間に4個の中球(半径r2),その隙間に12個の小球(半径r3)をおくと,6個の内接球r1r2r3r3r2r1のループができる.このとき

  r1=(√6−2)R,

  r2=(√6−2)R/5,

  r3=(3√6−2)R/25

を得るが,これは10才の少年により提出された和算の問題だそうである.有名なソディーと無名の10才の少年・・・.

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【6】2つの定理

[1]シュタイナーの定理

 小円を大円の内部におき,この2つの円の中間に次々に接する円列を作る.たいていの場合,最後の円は重なってしまい,この円列は互いに接する円環をなさない.しかしときとして完全な円環をなす場合がある.このとき,最初の円をどこに選ぼうとも完全な円環をなす.

[2]ポンスレーの定理

 小円を大円の内部におく.大円上の点P0から小円へ接線を引き,大円と交わる点をP1とする.P1から再び小円へ接線を引き,大円と交わる点をP2とする.この2つの円の中間に次々に接する接線列を作る.たいていの場合,最後の交点は最初の点P0と重ならない.しかしときとして完全に重なる場合がある.このとき,最初の点P0をどこに選ぼうとも完全な多角形環をなす.

 2つの定理に共通する特徴は2つの円が同心円ならば自明であるということである.シュタイナーの定理はメビウス変換により同心円の場合に帰着させて証明できるが,ポンスレーの定理ではそれができない.

 ポンスレーの定理の場合,直線を直線に移す円板の変換が必要になるが,それは

  x’=(ax+by+c)/(ux+vy+w)

  y’=(dx+ey+f)/(ux+vy+w)

という形の(実)変換である.また,ポンスレーの定理は2つの円を2つの楕円の置き換えても成立する.

 ポンスレーの定理においてn=3の場合,一方の円(半径R)に内接し,もう一方の円(半径r)に外接する三角形は無数にある.これが成り立つための条件は2つの円の中心間距離をdとして,

  R^2−2Rr=d^2

となることである(オイラーの定理).

 四角形やそれ以上のn角形についても同様の定理が成り立ち,ひとつの円に内接し,他の円に外接する四(n)角形は無数にある.オイラーの定理のn角形版として,フースの定理が知られている.たとえば,内接円と外接円の両方をもつ四角形(双心四角形)では,

  2R^2(r^2+d^2)=(r^2−d^2)^2    (フースの定理)

が成り立つ.フースは双心五角形,六角形,七角形,八角形に関する同様の公式も見つけている.

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【7】アポロニウスのガスケット

 アルキメデスのアルベロス円列は2つずつ接する3つの円に対し,3つの円に接する円を次々に描き加えていくものである.フォードの円列は最初の3つの円のうち1つが直線(半径∞の円)に変わったものである.

 フォードの円列と直線との接点は常に有理数であり,区間[0,1]のすべての有理数はフォードの円列の接点として得られる.たとえば,x^2+(y−1/2)^2=(1/2)^2と(x−1)^2+(y−1/2)^2=(1/2)^2によって表されるような2円から始めると,ファレイ数列

[0/1,1/1]

→[0/1,1/2,1/1](2位のファレイ数列)

→[0/1,1/3,1/2,2/3,1/1](3位のファレイ数列)

→[0/1,1/4,1/3,2/5,1/2,3/5,2/3,3/4,1/1](5位のファレイ数列)

→[0/1,1/5,1/4,2/7,1/3,3/8,2/5,3/7,1/2,4/7,3/5,5/8,2/3,5/7,3/4,4/5,1/1](8位のファレイ数列)

が得られる.(n位のファレイ数列とは分子と分母がnを超えない既約な正の有理数全体を大きさの順に並べたものである.)

 ファレイ数列では相隣り合う2項[m1/n1,m2/n2]の分母と分子からなる行列式の値m1n2−m2n1は±1である.また,フォードの円列では(m1/n1,1/2n1^2)を中心とする半径1/2n1^2の円と(m2/n2,1/2n2^2)を中心とする半径1/2n2^2の円が接する.

 一般に3つの円に接する4つ目の円を描く問題が「アポロニウスの問題」であり,この操作を無限に繰り返してできる図形をアポロニウスのガスケットという.フォードの円列,アルキメデスのアルベロス円列はアポロニウスのガスケットの特別な場合になっている.

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