■ポアンカレ予想が解かれた!(その3)

 2006年,ペレルマンの幾何学への貢献とリッチ流の解析的かつ幾何的構造への革命的洞察に対して,フィールズ賞授与が決定したのですが,当の本人がフィールズ賞を辞退したことは大きなニュースになりました.新聞などでも話題になりましたから,多くの読者が知っていることでしょう.

 報道によれば数学者としても引退してしまったとのことで,数学史談の格好の話題となることは間違いありません.天才の心境は推し量れませんが,今後の成り行きに興味がもたれます.

 ところで,ポアンカレ予想は「任意の3次元閉多様体M^3は3次元球面S^3に同相か?」というトポロジーに関する問いかけです.それは純粋に位相幾何学的な問題にみえますがそうではなく,そこには幾何構造が関連していたのです.このことについては

  [参]オシア「ポアンカレ予想を解いた数学者」日経BP社

の解説が非常によくに書かれていましたので,今回のコラムではこれを参考に(その2)を補完しておきたいと思います.

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【1】サーストン

 2次元には球面幾何学S^2,平面幾何学E^2,双曲幾何学H^2の3種類の幾何構造があります.それに対して,3次元多様体の種類はあまりにも多く,見通しが立たなかったのですが,サーストンは3次元には8種類あり,その8種類ですべてであることを予想しました.

 それはS^3,E^3,H^3とそれらの混成型なのですが,どのような3次元多様体M^3でも分割された各部分は8種類の幾何構造のいずれかとなると予想したのです.これが幾何化予想で,それはポアンカレ予想をも包含する展望でした.

 サーストンはいくつかの仮定の上でこの予想を証明しました.2次元では球面とトーラス以外のM^2はすべてH^2の幾何構造をもっているのですが,これにより大半のM^3はH^3の幾何構造をもっていることを示すことができたのです.この業績のためにサーストンは1983年にフィールズ賞を受けています.

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【2】ハミルトン

 ハミルトンは幾何化予想の証明を目的として,多様体を曲率の極大点と極小点をならすように変形させるためのメカニズムとして,リッチ流を用いることを提案しました.リッチ・テンソルはさまざまな方向のさまざまな曲率の組み合わせを平均化したものです.その意味ではラプラシアンと同じ平均化演算子ですが,曲率の場合,リッチ流と呼ばれます.

 そして,曲線がすべての点で曲率に比例する速度で法線方向へ移動すれば,その曲線は円に近づきながら1点に縮まります.ハミルトンはリッチ流に従って曲率を変化させれば最終的には曲面の曲率が一定になることを証明しました.いいかえれば曲率が拡散して一定になる,一定になるまで曲率は拡散するというものです.

 ハミルトンはリッチ流を利用して,いくつかの制約条件のもとで,3次元多様体の基本的要素は8つの形しか取りえないことを証明しました.しかし,M^3の場合は一般的にリッチ流は特異点を生成します.特異点が回避できなければリッチ流を追跡することはできないのですが,回避する方法はなさそうでした.そのため,仮定なしの一般的バージョンに関する限り,幾何化予想(ポアンカレ予想を包含する)は依然として未証明だったのです.

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【3】ペレルマン

 特異点は乗り越えられそうもない障害であって,ポアンカレ予想を証明する方法は見つかりそうもありませんでしたから,その解決はますます遠のくようにさえ見えました.

 ところが,ペレルマンは特異点を回避するどころかリッチ流の特異点に近い領域を徹底的に追及し,多様体内の空間がもうすぐ崩壊するところまで曲率が大きくなったときに予想外の規則性を生ずることを発見しました.そして,特異点が発生した部分を元の多様体から切り取っても(サーストンの意味で)同種の幾何構造をもたせることができること,その部分を切り取った後はリッチ流を再開することができることを証明したのです.

 リッチ流はM^3に限らずすべての次元で有効な性質をもっていることが証明され,かくしてリッチ流は多様体を伸縮変形させ,多様体を同種の幾何構造をもつ部分に分割するための道具となりました.これ以上満足な最終結果はないでしょう.ペレルマンはポアンカレ予想でも幾何化予想でもなくずっと先を見ていたのです.

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