■2つの分解合同定理(その2)
バナッハ・タルスキーのパラドックスに詳しい阪本ひろむ氏から,バナッハ・タルスキーの可算分解合同定理は「可算」ではなく「有限」とすべきだというご指摘を頂いた.いずれ氏から詳細なレポートがなされるだろう.
===================================
【1】デーン・シドラーの有限分解合同定理
デーンは1901年に「体積の等しい多面体であって,一般には分解合同ではない」ことを,辺の長さと二面角に基づくデーン不変量を割り当てることによって証明した.それはヒルベルトの第3問題に対する答えになっていた.当時デーンは22才で,これはヒルベルトの23問題の中で最初に解決されたものであった.
デーンは分解合同となるための必要条件だけを示したのであるが,シドラーはデーンの条件が十分条件でもあることを示した.デーン・シドラーの定理は2つの多面体が分解合同になるための必要十分条件を与えるものである.ハドヴィゲールはこの問題を平行移動に置き換えて得られる問題についても研究した.
===================================
【2】バナッハ・タルスキーの有限分解合同定理
多面体を切り貼りしても体積は変わらないのですが,曲面で囲まれた立体ということになると,もはやその常識は通用しなくなります.ただし,ここでいう球体とは物質としての球ではなく,空間中の点の集まり(集合)のことで,分割とは物質の分割ではなく,集合の分割のことであり,デーンの定理には矛盾しません.
1914年,ハウスドルフは球面を有限個の(非可測な)断片に分割し再配列したとき,もとの球面と同じ面積をもつ2つの球面ができるようにすることが可能なことを示しました.1924年,バナッハとタルスキーはハウスドルフが考案した逆説を改良し,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.
バナッハ・タルスキーの有限分解合同定理を言い換えれば,空間において面積と体積は非可測な断片に分解することによって保存されないのです.このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理は「選択公理」を仮定しないと証明できないのです.
また,球を円に代えて,平面でもバナッハ・タルスキーの定理と同じことがいえるかというとそれはできません.2次元と3次元では事情が異なっているのですが,この奇妙さの源は「体積」という概念にあるのです.デーンの定理やバナッハ・タルスキーのパラドックスは,平面幾何学の面積の理論には連続の公理を必要とはしないが,体積の理論を作るにはカヴァリエリの原理のような他の超越的な補助手段を採用しなければならないことを意味しています.
===================================
【3】2つの円積問題
タルスキーの問題「円板を有限個の破片に分けて,集めて同じ面積の正方形にすることができるか」(1925年)は,ハサミによる分解合同は不可能であるが,1990年になって選択公理を用いるとおよそ10^50個の破片を使って平行移動のみで可能であることがラスコヴィッチによって証明された.
タルスキーの円積問題(ラスコヴィッチによる可能性の証明)とキリシャ幾何学の円積問題(リンデマンによる不可能性の証明)は混同してはならないが,ある意味,円積問題(円の面積に等しい正方形を作図する)は不可能ではなかったことになる.
===================================