■5次方程式・再訪(その6)

 アーベルとガロアは加減乗除とn乗根を使って,5次方程式には根の公式がないことを証明したのですが,それでは,根号√,3√,4√,・・・という束縛を外すとどうなるのでしょう.

 [参]今野一宏「代数方程式のはない」内田老鶴圃

 (人の努力はなかなか実らないが,決して無駄にはならないものである.)

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【1】5次方程式の解法(エルミートの方法)

 アーベルとガロアが証明したことは一般的な5次方程式が係数の単純な演算を行う公式では解けないということであって,5次方程式が解けないという意味ではありません.1860年頃,ブリオスキ,エルミートらは超越関数である楕円モジュラー関数の5等分値を使って,初めて一般的な5次方程式を解くことに成功しました.

 ヴィエトは三角関数の3倍角公式を使って3次方程式を解いたわけですが,エルミートの方法もそれに似ていて,定数κに対して,楕円関数の5倍角公式

  dy/{(1−y^2)(1−λ^2y^2)}^1/2=dx/5{(1−x^2)(1−κ^2x^2)}^1/2

の定数λを得る方法を開発したのです.

 その際,x^5−x−a=0を解くには,

  A=(1+κ^2)/{κ(1−κ^2}^1/2,a=5^5/4/2・a

とおいて,4次方程式

  κ^4+A^2κ^3+2κ^2−A^2κ+1=0

を解くのであるが,sinα=4/A^2とおくと,tanα/4,tan(α+2π)/4,tan(π−α)/4,tan(3π−α)/4が求める4根となる.

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【2】クラインの見た正20面体(正20面体方程式)

 1870年代のクラインの研究は,正20面体を複素球面に内接させ,頂点,各面の中心,各辺の中点の座標の関係(正20面体方程式)を任意の5次方程式に還元させて,一般の5次方程式と特殊な6次方程式を解くのに成功しています.この5次方程式を多面体を使って調べるというアイディアは,

  クライン「正20面体と5次方程式」シュプリンガー・フェアラーク東京

に紹介されています.

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 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのが,クラインのエルランゲン・プログラム「幾何学とは変換群で不変な図形の性質を研究する分野」である.クラインは3次元空間内の回転対称図形は巡回群か,二面体群か,3種類の正多面体群(正四面体群,正八面体群,正二十面体群)のどれかに分類できることを証明した.

 そして,方程式の根の置換群が正多面体群となるものを研究していたクラインは正20面体の回転群A5が5次方程式の根の置換群と同型であることを証明し,両者の意外な結びつきを「正20面体と5次方程式」の中で正多面体群と方程式論が交差する美しい小宇宙として論じている.

 ところで,根号√,3√,4√,・・・という束縛を外すとどうなるのだろう.ベキ根によって解くとは方程式をz^n=aに帰着させるということであるが,たとえば,媒介変数tを導入してz=exp(t/n),a=exp(t)と書けば,指数関数と対数関数を用いて解を書き下すことができる.

 そこで,5次方程式のよい媒介変数を見つけてその特殊関数によってその方程式を解くことが考えられる.5次方程式を正20面体方程式に帰着し,媒介変数を介して楕円モジュラー関数により解を求めるという方針に従って,楕円モジュラー関数

  J(τ)=(1-240Σn^3q^n/(1-q^n)^3/12^3qΠ(1-q^n)^24,q=2πiτ

  J5(τ)=q^(1/5)Σ(-1)^nq^(5n^2-3n)/2/Σ(-1)^nq^(5n^2-n)/2

を用いると,正二十面体方程式Φ(z)=aの解はJ(z)=a,z=J5(τ)と表される.

 すなわち,5次方程式を正20面体方程式に帰着させれば,正20面体の対称性から保型関数を用いることができる.19世紀の後半,デデキントとクラインは独立に重さ0の保型関数

  j(az+b/cz+d)=j(z)

  ad−bc=1

を構成した.j(z)は最も簡単でよく知られているSL(2,Z)不変な保型関数で,q=exp(2πiz)とおくと,

  j(z)=E4(z)^3/Δ(z)

    =1/q+744+196884q+21493760q^2+864299970q^3+・・・

と展開される.J,J5は楕円モジュラー関数と呼ばれるものであり,

  J(τ)=1/12^3(1/q+744+196884q+・・・)

J5はその5等分値である.

 このようにして,クラインは5次方程式の回転群と楕円関数が絡み合った小宇宙で,5次方程式が特殊な楕円関数を用いて解ける理由を考察し,決定的な答えを導き出したのである.

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