■がん細胞の形(中川宏「多面体木工」増補版に寄せて)

 あらゆる学問は分類に始まるといっても過言ではありません.似通ったものを寄せ集め,ひとつのまとまりとして把握し,似ていないものから区別する.分類学とはある特徴に注目して種類をまとめていき,雑然としたものをスキのない整然とした体系に作り上げていく作業過程といえます.

 わたしは腫瘍組織の診断学にたずさわっていますが,これもがん細胞を正常細胞から区別する分類学と考えることができます.しかし,がんか正常かどちらか判断できないものが残ってしまうことはしばしば経験されることです.分類学とは連続的に変化するものを恣意的に分断するという行為であって,ある程度の変異はあるが連続的に変化しているように見え,中間的な値をもつような対象を取り扱うときには自ずと限界があるのです.

 このようにお互いに極めてよく似ていて,ちょっと見ただけでは簡単に区別がつかないような対象をコンピュータに自動診断させる試みは人工知能研究の有力な分野として古くから研究されていますが,いまだに威力を発揮していないようです.コンピュータも往々にして失敗する.まだまだ人間のように直観や融通がきかないということなのでしょう.

 ところで,わたしは商売柄「がん細胞はどのような形をしているのか?」という質問をよく受けます.即座に「14面体」と答えることにしているのですが,これは決してあてずっぽうとか予想・予言の類ではありません。

 ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象ですが,多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られています.本稿ではその科学的根拠について述べていくことにします.

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【1】形の物理学(科学者の目と詩人の心)

 構築模型の例として,雪がなぜ六角形をしているのだろうかという問題を考えてみよう.六花という異名をもつ雪では,水分子の結晶構造が六角を基本とするからこれがひとつの内因になっていることは間違いない.しかし,この六角形の基本単位を次々につけ足していったときに全体として六角形になるとは限らない.四角形にも不定形にもなり得るので他に理由を求めなければならないのだが,雪が六角形をとるという「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.

  [参]小林禎作「雪ななぜ六角か」筑摩書房

 この原理を初めて見知ったひとはその形の美しさにまず驚くとともに,やがてナゼ?という疑問をもつに違いない.不思議さに魅せられたならばすでに「形の物理学」の問題領域である.

 多細胞からなる生体の構築の原理も然りである.生体の構築が遺伝情報とはまったく別の原理に基づいてどうしてこのような形にならざるを得ないか,ある原理からどの程度理論的に誘導できるかという点に対しては,これまでほとんど手のつけようがなかった問題領域である.

  [参]諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店

はそのような問題領域に対して,独自の視点から企画された著書である.あまり知られていない一冊ではあるが,科学者の目で自然を洞察し,詩人の心をもってペンを走らせたと思われる良書である.これから説明する「空間分割と14面体」は諏訪先生の研究の受け売りであること,本稿の記述内容も同書に負うところが大きいことを申し添えておきたい.

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【2】細胞組み上げの局所条件

 多細胞生物では細胞は密集し,それぞれの細胞の位置が決定されている.このような細胞の組み上げでは1点に4個の細胞が会し,1本の線の周りに3個の細胞が合するという普遍的な特色が認められる.立方格子を作るような形の積み上げでは1頂点に集まる多面体の数は8個になり,空間分割の局所条件は満足されないのである.

 多数のピンポン玉を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみても空間は多面体によって分割される.その際にも1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合する.逆にいえば,1本の辺は3個の多面体に共有され,1個の頂点は4個の多面体に共有される.これは生物であろうと無生物であろうとに関わりなく,すべて構造物について例外なく通用する物理学的な過程なのである.

 生体の構造は極めて精緻で複雑なものである.神秘に満ちた生体の構造にはDNAの差に基づくものが存在する半面,DNA情報の差にも関わらず共通になるものがあることを示している.これにより生物と無生物を境してきた壁が消失することになるが,このことは大きな驚きをもって受け容れなければならないことであろうと思う.

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【3】分割多面体の幾何学的性格

 このような簡単な自然の摂理からどのようなことが理論的に誘導されるのだろうか? v,e,fをそれぞれ頂点,辺,面の数とする.面は多かれ少なかれ曲面となるのが通例であるから,多面体は面が曲面であっても辺が曲線であってもかまわないという前提をおいて考えてみよう.

 分割された空間から1個の多面体を分離して考えてみると,1個の頂点に3本の辺が集まり,1辺は2個の頂点を結ぶから

  2e=3v

また,オイラーの多面体定理

  v−e+f=2

により,

  v=2(f−2),e=3(f−2)

 つまり,面の数fが与えられれば頂点の数vと辺の数eは一義に決まり,頂点の数は必ず偶数になることがわかる.とはいっても,面の数は一義的には決まらず,統計的にしか扱えないのであるが,面の数fはほぼ14をピークとする分布を示すことが認められている.たとえば,植物細胞についての観察結果では全体の74%が12〜16面であり,56%が13〜15面(平均13.96面)という値が得られている.

 そこで,f=14なる多面体について調べてみると

  v=2(f−2)=24,e=3(f−2)=36

つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではないが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pf=2e,qv=2eより,その平均辺数pと平均会合面数qは

  p=2e/f=5.14・・・

  q=2e/v=3

を得ることができる.

 このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが示唆される.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致しているのである.

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【4】空間分割と14面体

 1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合するというのが空間分割の局所条件であるが,その局所条件を満足させ得る多面体は何であろうか?

 f=14の単一多面体による空間分割を考えると,まず,切頂八面体とその変形,すなわち8個の六角形と6個の四角形の面をもつものがあげられる(4^66^8).これは1887年にケルビンが石鹸の泡による空間分割の力学的研究から誘導したものである.

 ケルビンの14面体(α14面体)は長い間空間を隙間なく分割しうる単一の多面体で,空間分割の局所条件を満足する唯一のものであると信じられてきた.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することである.ところが,曲面の存在を許せば空間分割の局所条件を満たしながら空間を隙間なく充填しうる14面体がもう1種類あることを1968年になってウィリアムズが報告している.この間,実に1世紀近い年月の隔たりがある.

 この14面体(β14面体)は8個の五角形,4個の六角形,2個の四角形の面をもつ(4^25^86^4).β14面体はα14面体の2つの[4,6,6]型頂点を連結した屋根状部分を90°回転させて[5,5,5]型頂点に組み替えたものと考えることができる.幾何学的性質の単純さはα14面体に劣るが,α14面体はまったく5角形の面をもたないから,β14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができるだろう.

 また,α型でもβ型でも空間分割の局所条件を満足し,位相幾何学的な面の数は14になる.この結論は重要である.空間分割の局所条件を満足させる多面体は14面体であり,それ以外にこの条件を満足する単一多面体は存在しないことを明確に示すからである.たとえば,12面体だけで空間分割の局所条件を満足させながら空間を隙間なく分割することは不可能なのである.

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【5】安定な空間分割

 空間分割の局所条件は,1つの細胞のある方向の移動を他の3つの細胞が支持して止めるというメカニズムの表れと理解することができる.すなわち,このことは安定な力学的平衡が得られるための条件であることは直観的にも明らかであろう.立方格子状配置では1つの細胞の格子線方向の移動は他の1つの細胞が支持して止めるので力学的に不安定なのである.

 そこで,空間分割の局所条件を安定な空間分割という観点から考えてみることにする.まず,平面分割の問題を掲げる.

[Q]正多角形は無限に多く存在するが,それでは,互いに合同な正多角形を隙間も重なりもないように並べて平面を完全に埋める仕方が何通りあるか?

[A]平面充填形が正三角形,正方形,正六角形の3種類に限ることは昔からよく知られている.このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,正三角形と正方形による平面分割は頂点だけで接している多角形があるので,ボロノイ分割に対して安定とはいえない.点のわずかな動きによって,ボロノイ分割が激変してしまうからである.したがって,ボロノイ分割の意味で安定なものは六角形による平面充填だけということになる.

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 それでは,3次元ではどうだろうか? 立方体以外の単一多面体による空間分割(空間充填体)としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっている.立方体(f=6),菱形十二面体(f=12),切頂八面体(f=14)はよく知られた空間充填立体であるが,単独空間充填形となる多面体はこればかりではない.

 平行多面体とは平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の空間充填多面体であって,立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.これら5種類の図形(平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.

 このうち6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.また,切頂8面体(f=14)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12)→菱形12面体(f=12)→6角柱(f=8)→立方体(f=6)ができると考えることができる.

 このうち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのであるが,立方体や菱形十二面体は切頂八面体の辺を点に縮めることによって得られるので,頂点や辺だけで接している多面体を生じるというわけである.

 なお,平行移動のほかに回転や鏡映操作も許せば,β14面体,別宮利昭の切頂四面体(6,7,8面体),工藤滋の三角錐,中川宏の六面体なども空間充填可能である.ちなみに現在は4≦f≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸f面体が存在することが判明している.

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【6】表面積は小さく,体積は大きく

 空間分割のひとつの例として石鹸の泡によるものがあり,昔から物理学者の研究の対象になってきた.石鹸の泡による空間分割に結びつく物理的作用はいうまでもなく表面積を極小化しようとする力(表面張力)であるから,ここでは細胞膜を作る素材の総量を一定なものと仮定してみよう.最小の素材の下で得られるべき利得を最大にすることは商業上重要というだけでなく,生物学分野でも合目的的な構築原理である.

 等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなる.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見した.

 ケルビンの14面体(4^66^8)は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答であったが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっている.

 もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見した.それは同じ体積の2種類の多面体による空間充填であって,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものである.

 もちろん,この12面体は正十二面体ではないし14面体もケルビンの14面体ではない.そして,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の場合と同様に辺や面には微妙な曲がりが含まれている.また,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられる.

 そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのである.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのであるが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となる.

 なお,水和物の世界では,単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4),2種類以上の多面体(曲面)の組合せによる空間充填としてはウィアの12面体・14面体の組合せ以外にも12面体(5^12)と16面体(5^126^4)の2種類の組合せ,12面体(5^12),12面体(4^35^66^3),20面体(5^126^8)の3種類の組合せの知られている.

 ともあれウィアの極小曲面が最も境界面積が小さな形になっているかという問題はまだ解決されていない.「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあり,それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのである.

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【7】n次元空間分割とボロノイベクトル

 オイラーの多面体定理が物理的作用と結びつくと,興味のある幾何学的効果が出現するのであるが,石鹸の泡細胞に対して,オイラーの多面体定理を使うと

[1]2次元では泡細胞は6角形を中心とした分布をなし(面数の平均は<6),すべての泡細胞が6辺以上の辺をもつことは不可能である

[2]3次元では泡細胞は14面体を中心とした分布をなし(面数の平均は<14),すべての泡細胞が14面以上の面をもつことは不可能である

ことが証明される.

 2次元の泡細胞の多くは六角形であり,3次元の泡細胞の多くには14面体であることはわかったが,4次元の泡細胞がどのような形になるのかを知る人は(たとえいたとしても)非常に少ないであろう.また,[2]の証明は[1]よりもかなり難しくなり,4次元ともなると証明可能かどうかもわからないが,かなり煩雑なものになることは想像がつく.その点,ボロノイベクトルを使うとこれらのことが簡単に証明されるうえ,高次元への拡張も容易に行える.

 ボロノイ細胞の決定に関与するベクトルをボロノイベクトルと呼ぶことにすると,n個の独立なベクトル

  v1,v2,・・・,vn

あるいは,それらの和が

  v0+v1+v2+・・・+vn=0

を満たす1次従属なベクトルv0を加えたn+1個のベクトル

  v0,v1,v2,・・・,vn

でボロノイ細胞を決定することができる(v0をひとつ追加して考えることで,重要な進歩をもたらすことができる).

 ボロノイベクトルは,vと−vを同じベクトルと考えると

  m0v0+m1v1+m2v2+・・・+mnvn   (miは0または1)

で表すことができるのだが,miは同時に0または1であってはならない.また,たとえば,3次元の場合(v0+v1+v2+v3=0)では

  v0+v3=−(v1+v2)

のようにそれを表すベクトルは2つずつある.したがって,ボロノイベクトルは

  (2^(n+1)−2)/2=2^n−1

個あることになる.

 −1を掛けたものを含めると2(2^n−1)個あり,ボロノイ細胞の2(2^n−1)個のn−1次元平行面に対応する.そのため,2次元格子の多くについてボロノイ細胞は6角形,3次元格子の多くについてボロノイ細胞は14面体となるのである.

 このことは高次元の場合に一般化できて,4次元格子では30胞体,5次元格子では62房体になる.fkをn次元多胞体のk次元面の数とし,

  (f0,f1,・・・,fn-2,fn-1)

を構成要素とするn次元平行多胞体で,n−1次元胞数fn-1を求めると

 fn-1(n−1次元面の数)

n=2   f1=6

n=3   f2=14

n=4   f3=30

n=5   f4=62

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【8】ボロノイ細胞の形

 n次元ボロノイ細胞の決定に関与する基底ベクトルは2^n−1個あり,したがって平行多面体の面の数は最大で2(2^n−1)個であることはわかったが,面の形はどうなるのだろうか?

 ボロノイベクトルにはボロノイ細胞のn−1次元超平面の中心を通過するもの,ボロノイ細胞の角(n−2次元超平面,・・・)を通過するなどがある.角を通るベクトルもごくわずかのところでボロノイ細胞のn−1次元面に関与していないだけなので,面心を通るベクトルと少なくとも同じ程度に重要である.

 たとえば,vi(i=1-n)はn−1次元面の面心を通るのだが,v0は2次元でも3次元でも頂点(0次元面)を通る.組み合わせ的方法によって,ボロノイベクトルが通る位置とその数を求めてみよう.

[1]2次元の場合(v0+v1+v2=0)

点:v0

辺:v1,v2

[2]3次元の場合(v0+v1+v2+v3=0)

点:v0

面:v1,v2,v3

辺:v1+v2,v2+v3,v1+v3・・・この図形には平行な辺(1次元面)が3組ある

[3]4次元の場合(v0+v1+v2+v3+v4=0)

点:v0

胞:v1,v2,v3,v4

面:v1+v2,v1+v3,v1+v4,v2+v3,v2+v4,v3+v4・・・この図形には平行な面(2次元面)が5組ある

辺:v1+v2+v3,v1+v2+v4,v1+v3+v4,v2+v3+v4

[4]n次元の場合(v0+v1+v2+・・・+vn=0)

 gkをn次元ボロノイベクトルのk次元面の数とし,構成要素を

  (g0,g1,・・・,gn-2,gn-1)

とすると

gn-1:nC1=n

gn-2:nC2=n(n+1)/2・・・この図形には平行なn−2次元面がgn-2組ある

g1 :nCn-1=n

g0 :nCn=1

計  :2^n−1

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 ボロノイ細胞のn−1次元面の数は2(2^n−1)個あり,それらの形はn−2次元面の退化・非退化によって決まってくる.この図形には平行なn−2次元面がn(n+1)/2組ある.

 3次元の場合,6組の平行な辺によって切頂八面体が定められることになるのだが,

点:v0             → 六角形

面:v1,v2,v3        → 六角形

辺:v1+v2,v2+v3,v1+v3 → 四角形

となり,4組(8枚)の六角形面と3組(六枚)の四角形面からなる14面体が得られる.3次元空間を充填するとき,切頂八面体は各頂点の周りに4個ずつ集まる.1点に4個の多面体が会すると頂点や辺だけで接している多面体がなくなり,ボロノイ分割に対して安定となる.

 4次元の場合は

点:v0                         → 切頂八面体

胞:v1,v2,v3,v4                 → 切頂八面体

面:v1+v2,v1+v3,v1+v4,v2+v3,v2+v4,v3+v4→六角柱

辺:v1+v2+v3,v1+v2+v4,v1+v3+v4,v2+v3+v4→六角柱

となり,5組(10個)の切頂八面体と10組(20個)の六角柱からなる30胞体となる.これはケルビンの立体の4次元版で,各頂点の周りに5個ずつ集まる.

 切頂八面体(466)×10と正六角柱(644)×20からなる4次元空間充填図形の諸計量は,

  V=120,E=240,F=150,C=30

  1つの頂点の周りに集まる胞数は(466)×2,(644)×2

となる.

 ついでにいうと,4次元格子のボロノイ細胞は2次元の六角形(3組の平行な頂点をもつ図形)や3次元の切頂8面体(6組の平行な辺をもつ図形)にあたる素の形(10組の平行な2次元面をもつ図形)が3つ(残り2つ)あるため3次元の5種類から52種類へと急増するそうである.5次元格子では素の形だけで222種類,その辺を点に縮めると膨大な数になるのでリストアップはいまでも完成していない.

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【9】あとがき

 本稿の【2】〜【4】は四半世紀前に書かれた「病理形態学原論」の第4章,第5章に則しています.「原論」の読後,私は目からうろこ状態になったのですが,14面体が得られる理由について考えてみると,実はこれも安定な空間分割から必然的に決定されるので,図形の性質というよりは容れ物(空間)の性質といってもよいでしょう.

 がん細胞に対しても「原論」同様の考察をおこなってみると,がん細胞と正常細胞にはDNAや血管系の構築パラメータに基づく差が存在する半面,遺伝子の差にも関わらず共通になるものがあることを示していて,それゆえがん細胞は(正常細胞も)14面体といえるのです.

 私の知る限り,「原論」はこの種の研究としてはもっとも完成度の高いもので,その理論的解析はすでに行き着くところに行き着いているという感さえあり,今日でも若い学徒たちへの入門書として極めて高い価値をもっていると思われました.また興味深いことに,諏訪先生の研究は問題点は何か,それをどう解決すべきかという実際的な問題意識から出発して発展した形態学的研究のもっとも顕著な例の1つであるということです.諏訪先生はすでに故人となられましたが,本稿の記述が先輩医学者とその著書から得た知識のまったくの受け売りであるとしても,きっと了承して下さるに違いありません.

 諏訪紀夫先生にとって,ケルビンがβ-14面体を導けなかったという事実は驚きの種だったようで,このことに関して「病理形態学原論」の中で「これはケルビンが力学的立場から14面体を誘導したためで,もし彼が位相幾何学的な観点から出発していたら,ただちに2通りの14面体を発見していたであろうと思う.」と興味深いコメントを述べています.

 ケルビン卿の銘言に「数学者とは

  ∫(-∞,∞)exp(-x^2)dx=√π

を1+1=2のように自明だと思っている人である」とありますが,その彼に対して「直観をもっと信頼し十分に洞察していれば必ずやβ-14面体に行き着いたはずだ」とは並の人間にはなかなかいえないことでしょう.

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 【7】【8】では「原論」から離れ,n次元格子の幾何学的分類をボロノイ細胞を使って考えました.ボロノイベクトルのアイディアを用いると,n次元空間充填図形の基本形が2(2^n−1)面体になることをイメージできるようになります.

 ところで,配置が完全に規則的である格子と完全にランダムな点の配置は対極にあります.しかし,n次元空間分割では1点にn+1個の多面体が会するという局所条件が大きな要因となるため,統計学的な意味でのランダムな配置からは大きくずれ,数学的な扱いが容易な構造となっていることがわかりました.わたしがここで得た教訓は「一見規則性がないように見える対象であっても,完全なランダムネスではなく,意外に扱いやすい.」ということでした.

 ともあれ,石鹸の泡など種々の形態は生物・非生物の壁を越えて一般的な自然法則にしたがって形成されることを諒として頂ければ,諏訪先生そして本稿の目的は達せられたものと思います.

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