■因数分解の算法(その18)

 今回のコラムでは

[参]東京理科大学数学教育研究所編「数学トレッキングツアー」教育出版

[参]東京理科大学数学教育研究所編「数学トレッキングガイド」教育出版

を参考にして,不等式や因数分解に関する雑多な話題を取り上げることにする.

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【1】Mathematicaによる証明

 まず,

  算術平均の幾何平均≧幾何平均の算術平均

の不等式から始めたい.Mathematicaの達人・阪本ひろむ氏にお願いして,3変数の算術平均の幾何平均≧幾何平均の算術平均の不等式

  (a^2+b^2)(b^2+c^2)(c^2+a^2)/2^3≧(ab+bc+ca)^3/3^3

を調べてもらったところ,素直に計算してくれてtrueを返してきた.Mathematicaが計算してくれた部分の証明は不明であるが,便利なパッケージがあってそれが結構使えることに感嘆するのみである.

 しかし,4変数版

  (a^2+b^2+c^2)(a^2+b^2+d^2)(a^2+c^2+d^2)(b^2+c^2+d^2)/3^4≧(abc+abd+acd+bcd)^4/4^4

は数時間たっても計算が終わらず,その後,徹夜稼働で結果を待ったが,システムのメモリーを使い果たしエラー終了となったそうだ.コンピュータは残念ながら不調であったが,人間ならば3変数でも4変数でもヘルダーの不等式を使ってうまい証明を与えることができるのだが,・・・.

 このような不等式をコンピュータに自動証明させるためには,前提となる基本定理が与えられていればコンピュータは自分の目的に都合のよいように変形しうまくあてはめて証明に至るはずである.このような試みは人工知能研究の有力な分野として古くから研究されているのだが,コンピュータも往々にして失敗する.まだまだ人間のように融通がきかないということだろう.

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【2】中・高校生のための因数分解

 x^2−5x+6は因数分解できるが,x^2+1は複素数を使わない限り因数分解できない.したがって,因数分解を見つけるには典型例を記憶しておくという原始的な方法が最も近道のようである.代表的なところでは

  a^2−b^2=(a+b)(a−b)

  a^2+2ab+b^2=(a+b)^2,a^2−2ab+b^2=(a−b)^2

  x^2+(a+b)x+ab=(x+a)(x+b)

  a^2+b^2+c^2+2(ab+bc+ca)=(a+b+c)^2

  a^3+b^3=(a+b)(a^2−ab+b^2),a^3−b^3=(a−b)(a^2+ab+b^2)

  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)=1/2(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}

 また,高校数学のカリキュラムからは消えているのだが,

  a^4+a^2b^2+b^4=a^4+2a^2b^2+b^4−a^2b^2

 =(a^2+b^2)^2−a^2b^2=(a^2+ab+b^2)(a^2−ab+b^2)

この因数分解のミソは適当に余分な項を加減していることである.

 ところで,

  一松信「数学とコンピュータ」共立出版

を読んで知ったことであるが,是非ここで紹介(受け売り)しておきたい.

 中学校の課題研究の際,Mathematicaに「x^4+1を因数分解せよ」と入力しても「因数分解できません」と返ってきた.x^4+2,x^4+3も同様である.ところが,x^4+4に対しては

  x^4+4=(x^2+2x+2)(x^2−2x+2)

という結果が返ってきて驚かされた.さらに,x^4+5,x^4+9,x^4+16,x^4+25,・・・と試みても「因数分解できません」という結果であったが,根気強く続けて,x^4+64では

  x^4+64=(x^2+4x+8)(x^2−4x+8)

とうまくいった.

 よくよく理由を考えてみると,一般式

  (x^2+c)^2−(bx)^2=x^4+(2c−b^2)x^2+c^2

 =(x^2+bx+c)(x^2−bx+c)

において,2c=b^2の特別な場合になっていること.また,この変形はあまりに技巧的で高校数学のカリキュラムからも消えているのだが,それを数式処理システムを使って発見的に得ることができたことなど,数式処理システムの効用についてのエピソードであるが,数式処理システムが数学研究のみならず,数学教育にも有効と考えられる所以である.

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【3】大学生のための因数分解?

 そもそもこのシリーズは

  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd

は因数分解不可能であることから始まって,秘かに回を重ねてきたものである.

  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2

  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2

を並べて書くと,両者とも右辺には多項式Pkを重みとする平方の和の形

  ΣPk(ai−aj)^2

が現れていることに気づかされるだろう.前者ではPk=1,後者ではPk=(a+b+c)/2となっているというわけである.それではせめて多項式の平方の和の形に表せないだろうか?

 ヒルベルトの定理は多項式の平方の和となることを保証してくれる.たとえば,

  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd

 =(a^2−b^2)^2+(c^2−d^2)^2+2(ab−cd)^2

は3個の多項式の平方の和である.

 フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式を用いると

  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd

 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−d)^2

  P1=(2(a^2+ab+b^2)+(a+b)(c+d)+2cd)/6

  P2=(2(a^2+ac+c^2)+(a+c)(b+d)+2bd)/6

  P3=(2(a^2+ad+d^2)+(a+d)(b+c)+2bc)/6

  P4=(2(b^2+bc+b^2)+(b+c)(a+d)+2ad)/6

  P5=(2(b^2+bd+d^2)+(b+d)(a+c)+2ac)/6

  P6=(2(c^2+cd+d^2)+(c+d)(a+b)+2ab)/6

で与えられるから,この表し方は1通りではないことがわかる.

 ともあれ,フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式により,算術平均と幾何平均の不等式

  a^4+b^4+c^4+d^4≧4abcd

が証明されるのである.

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【4】ベクトルの積の大きさ=ベクトルの大きさの積

  (a^2+b^2)(c^2+d^2)=(ab+cd)^2+(ad−bc)^2

                =(ac−bd)^2+(ad+bc)^2

はラグランジュの恒等式(あるいはフィボナッチの等式)と呼ばれるもので,一般に

  (Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=1/2Σ(aibj−ajbi)^2 あるいは(i<j)として

  (Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=Σ(aibj−ajbi)^2

と書ける.

 コーシー・シュワルツの不等式

  (Σai^2)(Σbi^2)≧(Σaibi)^2

はラグランジュの恒等式から自明であろう.この有名な不等式は角の余弦値は1以下であることの幾何学的表現と解釈することができる.

 ラグランジュの恒等式は,複素数を使って

  z1=a+bi,z2=c+di

  z1z2=(a+bi)(c+di)=(ac−bd)+(ad+bc)i

  |z1z2|=|z1||z2|

と表すことで証明できる.この公式は2つの整数がともに平方数の和の形をしているなら,その2数の積も平方数で表されることを示している.

 ついでに言うと,三角不等式

  |z1+z2|≦|z1|+|z2|

  (a^2+b^2)(c^2+d^2)−(ac+bd)^2≧(ad−bc)^2≧0

と表すことで証明できる.

 また,4平方和問題

  (a^2+b^2+c^2+d^2)(p^2+q^2+r^2+s^2)=x^2+y^2+z^2+w^2

  x=ap+bq+cr+ds,

  y=aq−bp+cs−dr,

  z=ar−bs−cp+dq,

  w=as+br−cq−dp

とおくと成り立ち,4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていることを示している.

 しかし,3平方和問題

  (a^2+b^2+c^2)(x^2+y^2+z^2)=u^2+v^2+w^2

は2平方和,4平方和の場合のようなわけにはいかない.3平方和の積が必ずしも3平方和とならないからである.

  |a|・|b|=|c|

すなわち

  (a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)

の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末,フルヴィッツにより証明されている(1898年).

 したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのである.

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