■ボロノイ細胞と平行多面体(その10)

 球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみましょう.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるのですが,その場合,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければなりません.

 このような移行はどのようにしたら可能になるのでしょうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのでしょうか? 今回のコラムでは,最密充填から最疎被覆への状態移行の問題を取り上げたいと思います.

 以下に,「中川宏の空間充填六面体」4個を併せると「工藤滋の空間充填三角錐」ができるという模型を掲げます.工藤の空間充填三角錐や中川の空間充填六面体は菱形十二面体,切頂八面体にまたがる重要な空間充填多面体ですが,中川さんが示唆してくれたアイディアは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれそうです.

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【1】平面における円の最密充填と最疎被覆

 平面充填形には正三角形格子,正方格子,正六角形格子の3種類あるのですが,平面上において,円形が互いに重なり合わないように配置したり,平面を完全に覆いつくす配置問題を考えるとき,正三角格子がきわだった役割を果たします.

 最密な円充填密度は

  d≦π/√12=0.9068・・・

最疎な円被覆密度は

  D≧2π/√27=1.209・・・

で与えられますが,等号は,円の中心が正三角格子の頂点におかれたとき,すなわち,各々の円が正六角形の頂点で6個の他の円と接している場合および切断されている場合に成り立ちます(蜂の巣型).

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【2】空間における球の最密充填と最疎被覆

 一方,空間における球の配置を考えると,球の中心が面心立方格子を形成したとき,球の最密充填であることが証明されています.

  d≦π/√18=0.74048・・・

 ところが,球による空間の最疎被覆は面心立方格子ではありません.面心立方格子型配置では

  2π/3=2.094・・・

それに対して,体心立方格子型配置では

  5√5π/24=1.463・・・

とかなり小さくなることがわかります.

 球の最密充填はケプラーやガウスによって既に知られていたのですが,最疎な球被覆問題は球の中心が体心立方格子をつくるときであることが証明されたのは,1954年になってからのことなのです.

  D≧5√5π/24=1.463・・・

 面心立方格子のボロノイ多面体は菱形12面体,体心立方格子のボロノイ多面体は切頂8面体です.平面では充填配置も被覆配置も正六角形配置になっていたのですが,平面における正六角形の役割を菱形12面体がすべて引き継いでいるわけではないのです.その理由は,平面では正六角形は円に内接および外接するのに対して,菱形12面体は球に外接するが内接しない,一方,切頂8面体は球に内接するが外接しないことに起因しています.そのため,ある問題では球に外接する多面体が重要になり,別の問題では内接する多面体が重要になるのです.

 冒頭に掲げた球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程では,最密充填から最疎被覆への状態移行が問題になると思われます.ところが,平面の場合とは異なって,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければなりません.

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[補]ところで,3種類ある平面充填形は,空間充填形の退化したものと見なされます.実際,空間充填形である立方体の断面には,正三角形,正方形,正六角形が現れることから,そのことを理解することができます.それと同様にして,空間への凸多面体の分割は4次元胞体の退化したものと見なされます.菱形12面体は4次元超立方体(あるいは正24胞体)の3次元空間への投影,切頂8面体は6次元超立方体の投影として得られます.

 ここで,空間を体積が等しい凸多面体で,平均表面積ができるだけ小さくなるように分割せよという問題が生じます.この問題はかなり長い間,菱形12面体による空間分割が解だと考えられていたのですが,これに対して,体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなることが,1887年,ケルビン卿によって発見されています.

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【3】表裏の逆転

 3次元空間の四面体は2次元平面の三角形の拡張ですから,三角形の性質は四面体に遺伝しますが,同様に扱うことができる面と性質が異なる面があります.たとえば,外心,内心,重心,傍心は任意の四面体に存在しますがが,垂心は必ずしも存在するとは限りません.

 工藤滋の空間充填三角錐は等積四面体=4面が合同な鋭角三角形より四面体です.等積四面体では重心・外心・内心が一致します.内接球と各面の接点は各面の外心であり,傍接球と各面の接点は各面の垂心となります.4つの傍接球の半径は等しく,内接球の半径の2倍です.また,1頂点から対面に引いた垂線の足はその面の外心に対してその面の垂心と対称な位置(ド・ロンシャン点)にあります.

 冒頭に掲げた中川宏の空間充填六面体4個を併せると工藤の空間充填三角錐ができるという模型は,四面体の6辺の垂直二等分面は同一点(外心)で交わることを示しています.

 また,中川の六面体の正方形面と小凧型面が切頂八面体の表面になります.工藤の三角錐に組み換えられると切頂八面体の表面になっていた部分が内側に隠れてしまい,反対に切頂八面体の内部にあった小凧型面と不等辺四角形面が表面に現れます.切頂八面体の中心点が工藤の三角錐の4頂点になるという表裏逆転現象が起こっていることが理解されるでしょう.

 最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならないのですが,その際,

  菱形12面体(v=14,e=24,f=12)

  切頂8面体 (v=24,e=36,f=14)

ですから,球の並進運動と同時に空間の連続的な回転運動が起こらなければなりません.

 2つの代表的な空間充填間の相転移のメカニズムとして,このような劇的な変化を想定することができるのですが,中川宏さんはこの様子を生物の発生において神経板から神経管に移行する過程で神経外胚葉の表と裏が完全に入れ替わるという現象にたとえておられます.

 菱形十二面体と切頂八面体の間の相互移行が可能な立体蝶番返しを作ることができれば直接このことを示すことができるのですが,そうでなくとも中川さんが示唆してくれたこのアイディアは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるはずです.

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