■ボロノイ細胞と平行多面体(その7)

 三角形の内角の和が180°であるのは,三角形という図形自身の性質だろうか,それともその三角形が置かれている空間そのものの性質だろうか?

 このシリーズでは,非退化ボロノイ細胞は2次元格子では6角形,3次元格子では14面体となることを示してきた.平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.切頂8面体(f=14)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12)→菱形12面体(f=12)→6角柱(f=8)→立方体(f=6)ができるから,これらは14面体が退化したものと考えることができる.

 別宮や工藤の空間充填は,平行移動だけでなく回転操作も行われているので平行多面体ではない.平行移動だけで空間充填可能な立体が14面体になることは,ボロノイベクトルを使って簡単に証明される.また,このことは高次元の場合に一般化できて,4次元格子では30胞体,5次元格子では62房体になる.このことは図形ではなく空間そのものの性質に負っていると考えられる.

 2次元空間を充填するとき,正六角形は各頂点の周りに3個ずつ集まる.3次元空間を充填するとき,切頂八面体は各頂点の周りに4個ずつ集まる.1点に3個の多角形,4個の多面体が会すると頂点や辺だけで接している多面体がなくなり,ボロノイ分割に対して安定となる.しかし,結果的に安定であるからとはいっても,物理作用(熱力学の第2法則)と結びついているわけではなく,入れ物(空間)の性質の幾何学化であると考えられるのである.

 平行多面体の面数が最大で14面となることが空間の性質であるならば,ボロノイベクトルを用いずともオイラーの多面体定理だけを使って同じことが証明できるはずである.今回はこのことにトライしてみたい.

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【1】オイラーの多面体定理

 凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,

  v−e+f=2   (オイラーの多面体定理)

が成り立ちます.

 量(v−e+f)はオイラー標数と呼ばれます.オイラー標数は幾何学において重要な概念である位相不変量の草分けであり,一般に,図形がいくつかの3角形によって分割されているとき,

  頂点の数−辺の数+3角形の数

は分割の仕方によらず定まり,図形に固有な量になるというものです.例えば,平面図形(多角形)は,1つの面が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますから,オイラー標数は1となり,また,種数(穴の数)gの向き付け可能な閉曲面の場合は2−2gとなることはよく知られています.

 オイラーの多面体定理で示される制限から,単一の凸n角形で平面を敷き詰めるものはn≧7では存在しないこと,2次元以上ですべての頂点の次数が6以上となることは不可能であり,必ず次数が5以下の頂点をもつことなどが導き出されます.

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【2】石鹸の泡のトポロジー

 オイラーの定理が物理的作用と結びつくと,興味のある幾何学的効果が出現してきます.たとえば,2次元的にランダムに配列した石鹸の泡はいろいろなサイズの泡細胞からなっていますが,表面張力の要請から境界長を極小化しようとしますから,接合角度は120度となります(プラトー問題・最小シュタイナー木問題).すなわち,石鹸の泡は各頂点の次数がすべて3である平面図形と考えることができます.

 ここで,次数とは頂点に結合する辺の個数のことで,degで表すことにすると,

  2e=Σdeg(握手定理)

が成り立ちます.石鹸の泡の場合は

  2e=3v     (握手定理)

 また,平面図形(地図)は1つの面が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますから,オイラー標数は1となります.

  v−e+f=1

しかし,外部領域を含めるならば,多面体の場合と同様に

  v−e+f=2

が成り立つのです.

 オイラーの定理と握手定理を応用すると,

  v−e+f=1   (オイラーの定理)

  2e=3v     (握手定理)

したがって,コラム「オイラーの多面体定理をめぐって」の場合と同様の議論

  p~=2e/f=6−6/f→6  (f→∞)

でもって,平均的な泡細胞の形は6角形を中心とした分布をなし,6辺以上の泡細胞を6辺以下の泡細胞と相殺させる必要性から6から遠ざかることはほとんどないに違いないということになります.

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[Q]3次元では泡細胞は14面体を中心とした分布をなし(面数の平均は<14),すべての泡細胞が14面以上の面をもつことは不可能である.

[A]3次元の空間が多面体により分割されるとき,3個の多面体の面が合して1本の稜線を形成し(内容的には同じことであるが)4本の稜線が1点に集まる.集合体から1個の多面体を分離して考えてみると,分割多面体の幾何学的性格で最も重要なものは,多面体のいずれの頂点にも3本の稜が集まるということである.そしてこのような多面体で空間を充填すれば,1個の頂点は4個の多面体によって共有され,そこには必ず4本の稜が集まる形になる.

 各分割多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれvi,ei,fiとする.

  vi−ei+fi=2

分割多面体では1個の頂点に3本の辺が集まり,また1本の辺は2個の頂点を結ぶことから,

  2ei=3vi

また,集合多面体の頂点,辺,面,胞の数をそれぞれV,E,F,Cとすると

  Σ(vi−ei+fi)=2C

 空間分割の面の数などは一義的には決まらず,統計的にしか扱えないので,各多面体の平均頂点数,辺数,面数v1,e1,f1とおくと

  v1C=Σvi,e1C=Σei,f1C=Σfi

  v1C−e1C+f1C=2C

f1≒14が証明したい事柄である.なお,V≠Σvi,E≠Σei,F≠Σfiであることを注意しておく.

 平均的多面体の各面をp角形,各頂点にq面が会するとし,各辺にr個の多面体(p,q)が集まるものとする.境界多面体(p,q)の平均的な頂点数,辺数,面数は(v1,e1,f1)となる.また,頂点に集まる辺の中点を結んでできる多面体はq角形が1つの辺にr面会した多面体(q,r)になっていて,その図形は(v2,e2,f2)で表されるものとする.

 3次元の握手定理は多彩になって

  f1C=2F,v1C=f2V,v2V=2E,e1C=rE=pF=e2V

であるが,仮定により

  q=r=3,v2=4,e2=6,f2=4

であるから

  f1C=2F,v1C=4V,4V=2E,e1C=3E=pF=6V

 これを

  v1C−e1C+f1C=2C

に代入すると

  (2−p/3)F=2C

  f1=2F/C=12/(6−p)

  v1=4V/C=4/(p/6−1)

  e1=6V/C=6/(p/6−1)

 ここで位相幾何学的証明でなく,計量的証明が必要になるのであるが,3次元空間充填であるためには,等式

  cos(π/q)=sin(π/p)sin(π/r)

が成り立たなくてはならない.q=r=3を代入すると

  sin(π/p)=cot(π/3)=√(1/3)

  p=5.1044・・・

  f1=13.398・・・<14

  v1=22.796・・・

となる.

 なお,

  V−E+F−C=0

を用いても,

  f1=2F/C=12/(6−p)

を導き出すことは可能である.厳密にいうと

  V−E+F−C=1

であるが,非常に多くの多面体を統計的に扱うので右辺は0としてかまわない.しかし,V−E+F−C=1を用いればもっとf1≒14に近づくであろう.

 実験的研究から多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことが知られているが,理論的にもかなりよく符合する結果が得られ実験で得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれるのである.

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【3】雑感

 オイラーの多面体定理を利用すると,

  1)どの面も同数の辺で囲まれている.

  2)どの頂点にも同数の辺が集まっている.

という仮定をするだけで,正多角形であるという仮定をまったくせずとも正多面体は5種類しかないことを証明可能になるのですが,本文の証明は一部計量的であり,オイラーの多面体定理だけを使っての位相幾何学的証明ではないのでいささか残念です.なにかうまい手はないものでしょうか?

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  [参]コラム「4次元・5次元を垣間みる」