■研究者の責任(その4:ペンタドロンとはなにか?)

 世の中には無限多くの形があるが,話を単純にするためにここでは「結晶」に限定しよう.結晶は230種類あることが知られている.実際,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.(結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.)

 230種類にせよ219種類にせよ,これでもかなりの数だが,少し目線を引いて結晶格子を遠くからみてみよう.じっと眺めていると面白い事実に気づく.いつも特定の形の凸多面体が現れるのである.ここで現れる結晶格子に対応する本質的な配置はディリクレ領域と呼ばれるものであるが,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる形(平行多面体)になっている.

 平行多面体についての第1の問題は,まずどれだけの種類があるかであるが,ロシアの結晶学者フェドロフによって,5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体−−しかないことが証明されている(1885年).これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.

 それでは第2の問題は何かというと,平行多面体元素問題

[Q]何種類か凸多面体を用いて,すべての平行多面体を作りたい.その種類の最小数は何か?

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【1】驚くべき答

[A]答えは驚くべきことに「1」となる.この問題は平行多面体にアフィン合同なものをどれかひとつ作れればよいという意味であるが,ペンタドロンσはそのひとつの答えとなっている.σ2,σ4も元素の定義を満たすから,その形は一意には定まらない.

 この事実の証明は非常に簡単である.実際に構成することができるからだ.しかし,ペンタドロンももつ意味は非常に深淵である.この世の中のすべての形がたった1種類の多面体から生み出されているといってもよいからである.

 平行多面体はペンタドロン元素からできている・・・2008年の発見から5年以上経過しして,ペンタドロンの論文がやっと出版された.タイトルは

  “Geometry-Intuitive,Discrete, and Convex”

   Bolyai Society Mathematical Studies Vol.24 (2013)

SPRINGER から本の形で出版されたので廉価ではない.さらに,イメージミッション社からペンタドロン模型が発売されたのでお知らせしたい.

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【2】理由が知りたい

 なぜ,かくも都合のいいことが起こったのか,その本質を知りたいという人は少なくないだろう.実はこんなに都合のいいことが起こるのは3次元の特異性に負っているのであって,4次元でも5次元でも決して起こり得ない現象なのである.

 そのことを理解して頂くために,高次元でも普遍的に存在するn次元空間充填多胞体を2種類を構成する.それらは体心立方格子型空間充填をもたらす2^n+2n胞体とミンコフスキーによって発見された空間充填2(2^n−1)胞体である.

 3次元の切頂八面体(14面体)は,すべての次元を通じて唯一,空間充填2^n+2n胞体,かつ,空間充填2(2^n−1)胞体という性質をもつ多面体であるという事実が,3次元平行多面体の元素数が1であることと密接に関係しているのである.

  2^3+2・3=2(2^3−1)=14

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【3】正多面体の元素定理に関するQ&A

[Q]5種類ある正多面体の元素数はいくつになるだろうか?

[A]この問題は正多面体そのものを再構成できる元素数はいくつかという問題であり,平行多面体の場合とは分解合同の意味合いが多少異なる設問である.そのため,証明方法も自ずと異なっていて,デーン不変量の線形独立性が焦点となってくる.証明の概略だけを示すと,・・・

[1]実際に4種類の元素をα,β,γ,δとすると正四面体はα8,正20面体はβ24,正八面体はβ24γ24,立方体はα8β12γ12,正12面体はα8β12γ12δ12で構成されることを示すことができる.

[2]4種類の元素があればすべての正多面体を構成できる(十分条件)ことを示したあとは,どうしてもそれだけの元素が要るという必要条件を示すことによって,正多面体の元素数は4であるという結論が主張できる.

 α,β,γ,δは正多面体に共通する元素の実例であるが,その形は一意には定まらない.

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[Q]正多面体の元素の面数の最小数はいくつになるだろうか?

[A]4種類の元素はすべて四面体にすることができる.これは「自明な下限」であって,これ以下に面数を引き下げることはできない.

 面数最小という条件の下でも,さらに体積最小という条件を付加しても,その形は一意には定まらないのであるが,この4種類の元素で正多面体5種類と平行多面体5種類を構成できるものが見つかった.もっと正確にいうと,2元素で正四面体,正八面体,立方体,平行多面体を構成することができる.さらに2元素加えると,すべての正多面体と平行多面体を構成することができる.立方体は正多面体でもあり,平行多面体でもあり,両者の共通集合をなす.

 結局,正多面体元素定理と平行多面体元素定理は融合された形になったが,各々の結論

[1]正多面体の元素数は4である

[2]平行多面体の元素数は1である

は融合したあとも不変である.

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[定理]6種類ある4次元正多胞体の元素数は4である.

[定理]3種類あるn(≧5)次元正多胞体の元素数は3である.

 3次元と4次元は正多面体の元素数が減少する特殊な次元といえる.これらは

  n=3のとき,2(n+1)=2^n

  n=4のとき,2・2n=2^n,2^n+2n=24

などが成り立つという幾何学的な事情に負っているのである(24は4次元正24胞体の胞数の意).

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