■マクドナルド恒等式入門(その2)

【1】シューア対称多項式

 ここでは最も重要な対称多項式であるシューア対称多項式を導入する.

 シューア対称多項式sλ(x)は,n個の変数x=(x1,x2,・・・,xn)が与えられたとき,l(λ)≦nなる分割に対して定義されるn変数対称多項式で,次のような行列式の比として定義される.

  sλ(x)=det(xi^(λj+n-j))/det(xi^(n-j))

det(xi^(n-j))= |x1^(n-1) x1^(n-2)・・・x1^0|

           |x2^(n-1) x2^(n-2)・・・x2^0|

           |・・・・・・・・・・・・・・・|

           |xn^(n-1) xn^(n-2)・・・xn^0|

det(xi^(λj+n-j))= |x1^(λ1+n-1) x1^(λ2+n-2)・・・x1^λn|

             |x2^(λ1+n-1) x2^(λ2+n-2)・・・x2^λn|

             |・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・|

             |xn^(λ1+n-1) xn^(λ2+n-2)・・・xn^λn|

 分母はファンデルモンド行列式だから,差積Π(xi−xj)に等しい.

  det(xi^(n-j))=Π(xi−xj)

また,分子はxの交代式なので,差積で割り切れて全体として対称多項式になる.したがって,sλ(x)は|λ|=Σλi次の斉次対称式となる.l(λ)>nに対してはsλ=0と約束する.

 n=3の場合,定義にしたがって計算すれば

  s(1)(x)=x1+x2+x3

  s(1^2)(x)=x1x2+x1x3+x2x3

  s(21)(x)=(x1+x2)(x1+x3)(x2+x3)

などが得られる.

 また,シューア対称多項式の内積の直交性

  〈sλ,sμ〉=δ   (クロネッカーのδ)

は,シューア対称多項式が直交多項式の理論の枠内で捉えることができることを示している.

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 sλ(x)はヤング図形に対応する母関数であって,単項式の非負整数係数の1次結合として表せることが知られている.n≧3とすれば

  s(3)(x)=m(3)(x)+m(21)(x)+m(1^3)(x)

  s(21)(x)=m(21)(x)+2m(1^3)(x)

  s(1^3)(x)=m(1^3)(x)

 一般に,

  sλ(x)=mλ(x)+ΣKmμ(x)   (μ<λ)

  sλ(x)=mλ(x)+(それより低い順序のモノミアル)

において,Kは非負整数という形になっている.このことから一般のsλ(x)がn変数対称多項式のなす空間の基底であり,任意の対称多項式がこれらの1次結合で一意に表されることがいえるのである.

 次に,n変数のシューア多項式sλをベキ和多項式prで表してみよう.すると

  s(1)=p1

  s(2)=1/2p2+1/2p1^2

  s(1^2)=−1/2p2+1/2p1^2

  s(3)=1/3p3+1/2p2p1+1/6p1^3

  s(21)=−1/3p3+1/3p1^3

  s(1^3)=1/3p3−1/2p2p1+1/6p1^3

などとなる.これらの公式はシューア多項式を「変数の数nに依存しない形に表現できる」とても便利なものになっていて,n→∞のときの無限個の変数の極限を考えたシューア多項式すなわちシューア関数の定義に用いることができる.

 同様に,モノミアル対称多項式mλをベキ和多項式prで表せば(とりあえず3次まで),

  m(1)=p1

  m(2)=p2

  m(1^2)=−1/2p2+1/2p1^2

  m(3)=p3

  m(21)=−p3+p2p1

  m(1^3)=1/3p3−1/2p2p1+1/6p1^3

この両辺は無限変数の多項式でも成り立つことに注意されたい.対称多項式の無限変数版は対称関数と呼ばれ,変数の数nに依存しない形が望まれるのである.

 シューア関数は組合せ論と表現論の関わりにおいて別格の扱いを受けているばかりではなく,数理物理の諸問題などに頻繁に現れる.たとえば,自由電子系に対する任意の励起状態はシューア対称多項式によって記述可能である.

 以下に述べるジャック多項式,マクドナルド多項式はシューア関数の変形であり,内積のβ変形がジャック多項式,(q,t)変形がマクドナルド多項式となる.

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【2】ジャック対称多項式

 シューア多項式は一般線形群の表現の指標として自然に現れるが,有理数係数のなす対称空間の基底となるもうひとつの例として,ジャック多項式がある.

 それは結合定数βがパラメータβとしてはいった形で,たとえば,3変数の場合,

  J(3)(x)=m(3)(x)+3β/(2+β)m(21)(x)+6β^2/(1+β)(2+β)m(1^3)(x)

  J(21)(x)=m(21)(x)+6β/(1+2β)m(1^3)(x)

  J(1^3)(x)=m(1^3)(x)

と求まる.

 パラメータβを1(自由電子の場合)とするとシューア多項式sλ,β=0とすると単項対称多項式mλ,β→∞とすると基本対称式eλの定数倍になることが見て取れるだろう.

 相互作用をもつ系の場合,一般に相関関数の計算を厳密に行うことはとても困難で近似計算するしかないが,その点,ポテンシャルに三角関数解を仮定したカロジェロ-サザーランド模型(量子可積分系)は解析的な結果を期待することができる価値のある模型である.

 ジャック対称多項式も,直交多項式

  〈Jλ,Jμ〉=δ

であり,また,カロジェロ-サザーランド模型では

  Δ(x,β)=Π(1−xi/xj)^β

が基底状態

  Jλ(x,β)Δ(x,β)

が励起状態を表していて,量子可積分系の理論に自然に現れるものである.ジャック多項式はまたビラソロ代数という無限次元リー代数の表現論においても現れることが知られている.

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【3】マクドナルド対称多項式

 ジャック多項式のqアナログを考えると

  Δ(x,β)=Π(1−xi/xj)^β

がヒントになって

  Δ(x,q,t)=Π(xi/xj;q)∞(xj/xi;q)∞/(txi/xj;q)∞(txj/xi;q)∞

が得られる.

 q=tとするとシューア多項式,t=q^βとしてq→1とするとジャック多項式となる.マクドナルド多項式はジャック多項式の兄貴分であって,ジャック多項式にパラメータを加えて拡張し,固有値が縮退しないような状況を実現しているのである.

 シューア,ジャック多項式での理論の多くは,マクドナルド多項式に対しても成り立つ.すなわち,直交多項式

  〈Pλ,Pμ〉=δ

であり,また,

  Pλ(x)=mλ(x)+ΣKmμ(x)   μ<λ

である.

 3次までの例を計算すると

  P(1)=p1

  P(2)=(1−q)(1+t)/2(1−qt)p2+(1+q)(1−t)/2(1−qt)p1^2

  P(1^2)=−1/2p2+1/2p1^2

  P(3)=−1/3・(1−t^3)/(1−t)・(1−q)(1−q^2)/2(1−qt)(1−q^2t)p3+1/2・(1−q^3)(1−t^2)/(1−qt)(1−q^2t)p2p1+1/6・(1−q^2)/(1−q)・(1−q^3)/(1−q)・(1−t)^2/(1−qt)(1−q^2t)p1^3

  P(21)=−1/3・(1−t^3)/(1−t)・(1−q)/(1−qt^2)p3−1/2・(1−t^2)/(1−t)・(q−t)/(1−qt^2)p2p1+(2+q+t+2qt)/6・(1−t)/(1−qt^2)p1^3

  P(1^3)=1/3p3−1/2p2p1+1/6p1^3

 実はこれはAn-1型離散系という特定のルート系に対応するマクドナルド多項式であって,それ以外のルート系に付随したマクドナルド多項式も考えることができる.そしてそれらを統一的に扱う枠組みとして提唱されたのが,アフィン・ヘッケ代数である.多変数の直交多項式に対しては,アフィン・ヘッケ代数という代数構造が重要な役割を果たすのである.

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【4】おわりに

 これらの対称多項式において無限個の変数の場合を考えたものが,シューア関数,ジャック関数,マクドナルド関数である.本稿ではこれらの共通点すなわち

 (1)モノミアル多項式を用いて展開される対称多項式

かつ

 (2)多変数の直交多項式

であるという数学的側面について説明してきたのだが,とはいっても天下り的であって,相違点や物理的背景についてはほとんど何も説明しなかった.

 そのため,不満に感じておられる読者も多いかと思う.参考文献を追記しておきたいのだが,詳細については

  [参]三町勝久「ダイソンからマクドナルドまで」群論の進化・第4章,朝倉書店

  [参]白石潤一「量子可積分系入門」サイエンス社

を参照されたい.

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