■波と粒子とソリトンと

 物理学が発展するにつれて自然は理解しやすいものになっていくとは限らない.電子は粒子であると思われていたのが同時に波であるとか,光も波であると同時に粒子であるとか実にパラドキシカルである.

 粒子と光はまったく違うカテゴリーの概念であると思われるのだが,これらは古典的な概念をはるかに超える存在であった.光は粒子であるか波動であるかという論争があったが,量子力学では粒子であり波であるという2重性が唱えられる.wavicle (wave+particle) という用語は定着したものとはいえないが,もともと波でも粒子でもなく,実験方法によって波のような属性,粒子のような属性を表す存在なのである.

 ソリトンとは何か? 波は空間的に拡がったもの,粒子は集中したもの,波は重なり合い互いに通過する性質があるが,粒子は衝突して方向が変わるものである.ソリトンは両方の性質を備えもち,衝突しても形が変わったり壊れたりしない.

 現在の知識では,非線形性ゆえにソリトンがエネルギーを伝え,エネルギーの流れを高める役をしていると解釈される.津波や神経の電気信号パルスなどはエネルギーや運動が集中して安定化したもので,ソリトンと関係があるといえるだろう.

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【1】非線形波動

 普通の波の理論(線形波動)では波の重ね合わせの原理が成り立つが,重ね合わせの原理に従わない波が非線形波動である.

 ソリトンは19世紀に発見されている浅水波を記述する非線形のKdV方程式の研究から始まった.1895年,オランダのコルテヴェーグとド・フリースは浅水波の運動を記述する方程式(KdV方程式)を発表した.これは1次元力学系を伝わる非線形の波動方程式である.

 KdV方程式の積分方法(逆散乱法)が発見され,この方程式は孤立波解と周期波解をもつことがわかった.孤立波解は

  η=Hsech^2√(3H/4h^3)(ξ−(v0H/2h)t)

で表される.波高の小さい浅水波は水深をhとして,v0=√ghの速さで進むのに対して,波高Hの孤立波はv=√g(h+H)の速さで進むことを示していて,ソリトンは小さな波よりも速く伝わることが明らかにされた.

 孤立波解がsech^2で特徴づけられるのに対し,周期波解は

  dn^2(2Kν)−E/K   (ヤコビの楕円関数dnと完全楕円積分K,E)

によって特徴づけられる.dn^2はsech^2の重ね合わせΣsech^2である.波の山に比べて波の谷が平たい波になるが,たとえば海の波は非線形波動の特徴をよく示しているのである.この波は楕円関数cnを用いて記述されるので,正弦波sinusoidal波にならってcnoidal波(クノイダル波)と呼ばれる.

 そして周期波の山を中央におき,波長を無限大にすれば非線形の孤立波を導くことができる(尺度変換).母数kが小さいとk→0の極限では

  snκ→sinκ,cnκ→cosκ,dnκ→1

であり,周期波は正弦波に近いのだが,k→1の極限をとると

  snκ→tanhκ,cnκ→sechκ,dnκ→cnκ→sechκ,E/K→0

となり,ソリトンの式になるのである.

 正弦波以外の周期的な波を見いだすことができるかという問題に対しては,ヤコビの楕円関数やテータ関数がその候補になるが,その研究が粒子性をもった孤立波(ソリトン)の発見に繋がったのである.現在,KdV方程式や非線形格子の運動をソリトンの集まりとして表す方法は逆散乱法だけでなく,いくつか考えられている.

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【2】ヤコビの楕円関数とテータ関数

 この節ではヤコビの楕円関数について補足説明することにします.ヤコビは,第1種不完全楕円積分

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

ω=F(z)=∫(0-Z)f(x)dx

に対して,正弦関数をまねてF^(-1)(ω)をsnω=F^(-1)(ω)と定義し,

sn^(-1)z=∫(0-Z)f(x)dx

を得ました.

 また,三角関数にならって

cnω=√(1-sn^2ω),dnω=√(1-k^2sn^2ω)

と定義しました.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数ですが,少し複雑な三角法と思えばよく,三角関数同様,ヤコビの楕円関数からはいろいろな加法公式を導き出すことができます.

 なお,第1種不完全楕円積分において,k→0とすると,

K(0)=∫(0-Z)f(x)dx=sin^(-1)z

k→1とすると,

K(1)=∫(0-Z)f(x)dx=tanh^(-1)z

ですから,snωはsinωとtanhωの中間に位置していることがわかります.

 実際にベキ級数展開を求めると,

snω=ω-(1+k^2)/6ω^3-(3+2k^2+3k^4)/40ω^5+・・・

が得られます.

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 ヤコビの楕円関数sn,cn,dnを三角関数に対応する2重周期関数とするならば,ヤコビのテータ関数は指数関数に対応する擬2重周期関数です.ヤコビのテータ関数

  θ3(z)=1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)

は指数関数(周期関数)に対応しているのですが,ヤコビはテータ関数を使うことによって,ヤコビの楕円関数(二重周期関数)を表すことにも成功しています.

 ヤコビが定義したテータ関数はθ3を含めて4つあります.

  θ4(z)=Σ(-1)^nq^(n^2)y^(2n)

     =1+2Σ(-1)^nq^(n^2)cos(2nπz)

  θ2(z)=Σq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)

     =2Σq^((n+1/2)^2)cos(2n+1)πz

  θ1(z)=1/iΣ(-1)^nq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)

     =2Σ(-1)^nq^((n+1/2)^2)sin(2n+1)πz

 qの指数は整数Zや半整数Z+1/2の2乗ですが,このことから整数あるいは半整数のつくる1次元格子上の2次形式と理解することができます.そして,整数・半整数,交代・非交代の組合せから4つのテータ関数が定義されるというわけです.

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【3】可積分系とテータ関数

 微分方程式を解くことを「積分」するといいます.17世紀にニュートンが解明したケプラー運動(2次曲線)をはじめとして,三角関数で解ける調和振動子,楕円関数で解ける単純振り子,コマの運動方程式(コワレフスカヤ)など,19世紀には様々な解ける=積分できる力学系が知られていました.

 19世紀半ばにリュービルはこれらの力学系の本質が「保存量」の存在にあることを見抜き,可積分系の明確な定義を与えました.例えば,軌道に沿ってエネルギーが変化しない系(保存系)を表わす関数をハミルトン関数といい,物理の世界では運動の全エネルギーを表わすものとして有名です.力学系が保存系であるとすると,系は求積法で解けるというのがリュービルの定理というわけです.

 自由度1の系は可積分です.しかし,自由度が2以上の系は線形の体系を除き積分不可能です.多自由度系で可積分なものとしては重心を支えられた剛体の自由回転(オイラー),軸対称のコマ(ラグランジュ)がよく知られています.これらの解はテータ関数(したがって楕円関数)を用いて表すことができます.また,コワレフスカヤは新たな可積分系としてある特別な回転する剛体(コワレフスカヤのコマ)を得たのですが,この解は2変数テータ関数で与えられます.

 一般的にいうと解析的に解ける(可積分系)は極めて特殊な場合だけであって,3体以上の体系は可積分系でなくカオス系になります.戸田格子は可積分な非線形格子として知られています.

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 [参]戸田盛和「ソリトンと物理学」サイエンス社