平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.
このうち6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.また,切頂8面体(f=14)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12)→菱形12面体(f=12)→6角柱(f=8)→立方体(f=6)ができると考えることができる.
これら5種類の図形(平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.
===================================
【1】ボロノイ細胞
まず,簡単な縄張りのモデルを考えてみよう.草原のいくつかの巣穴にネズミが一匹ずつ棲んでいるとする.個々の縄張りが単独で存在するとき,縄張りはほぼ円であると考えることができるが,個体密度が次第に高くなってくると,縄張り所有者は互いに侵入者を追い払おうとするから,縄張り間に境界ができる.二匹のネズミの力に差がないとき,境界線は隣り合った2つの巣穴を結ぶ線分の垂直二等分線になる.そして,個体密度が十分高くなると,結局,棲息地はいくつかの凸多角形で分割されることになる.
このように,はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれる.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれているし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.
この多角形モデルは領域の中心を占める対象が形成する勢力圏をモデル化したものであり,空間の次元が3,4,・・・にも拡張することができ,3次元では多面体,4次元では多胞体によって空間分割されることになる.
また,勢力に差があれば垂直二等分線ではなく,強いほうにふくらんだ境界曲線ができるし,領域の中心を占める対象が母点ではなく,線であったり面であったりすると,それぞれの条件に対応したデフォルメされたボロノイ図を考えることができる.
===================================
【2】2次元格子のボロノイ細胞
1次元格子は直線上に等間隔に並んだ点の集合であり,すべての1次元格子は点の間隔が違うだけで,本質的には同じものである.しかし,2次元格子には基本的な種類が2つある.ひとつは等間隔に並んだ横列の各点の真上に他の横列の点があるもので,もうひとつは横列の点を水平方向にずらしたものである.すなわち,2次元格子の形は平行四辺形(正方形,長方形,菱形を含む)になるが,その格子点の各点に対して垂直二等分線を引くと,すべて合同なディリクレ領域ができる.
どのような2次元格子であっても,そのディリクレ領域は4角形あるいは6角形になる.2次元の格子の多くについて,ボロノイ細胞は六角形であり,辺を点に縮めることによって四角形になるというわけである.
無限に多くの2次元格子があるが,その対称性を考えると,本質的な配置は,正方形,長方形,菱形,二等辺三角形あるいは正三角形を2つ貼り合わせた平行四辺形状配置の5つしかない.それに対応するディリクレ領域も,正方形,長方形,切頂菱形(ソロバン珠型),長6角形(亀甲型),正6角形の5種類に限られることになる.
===================================
【3】3次元格子のボロノイ細胞
ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できる.2次元ディリクレ領域は5種類だったが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類あり,そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかない.
ついでにいうと,4次元格子のボロノイ細胞は2次元の六角形や3次元の切頂8面体にあたる素の形が3つあるため52種類へと急増する.5次元格子では素の形だけで222種類,その辺を点に縮めると膨大な数になるのでリストアップはいまでも完成していない.また,ボロノイ細胞の面の数fは原始的な格子に対するものが最大で,2(2^n−1)個である.
n=2 → f=6
n=3 → f=14
n=4 → f=30
n=5 → f=52
===================================
【4】球充填格子とルート系
ところで,このような格子が球充填問題の解を与える.同じ大きさの球を最も密に詰め込む方法は,8次元まではよく知られていて
A1,A2,D3,D4,D5,E6,E7,E8
である.
ルート格子Anはn+1個の整数からなり,その和が0であるベクトル(x0,x1,x2,・・・,xn)の集合,Dnはベクトル(x1,x2,・・・,xn)の成分がすべて整数でかつそれらの和が偶数となる格子で,チェス盤を考えればよい.
E8格子はベクトル(x1,x2,・・・,x8)において,成分がすべて整数であるかすべて半整数であるかであって,それらの総和が偶数.E7格子はE8に含まれるベクトルで,x1+x2+・・・+x8=0を満たすもの.E6格子はE8に含まれるベクトルで,x1+x8=x2+・・・+x7=0を満たすものの集合である.ノルムが2のベクトルで生成される整格子はルート格子An,Dn,En(の直和)である(ヴィットの補題).
n ルート 格子点間距離 球充填密度
1 A1(Z) 1 1
2 A2 4√(4/3) =1.075 0.906
3 A3 6√2 =1.122 0.740
4 D4 8√4 =1.189 0.619
5 D5 10√8 =1.231 0.465
6 E6 12√(64/3)=1.290 0.373
7 E7 14√64 =1.346 0.295
8 E8 √2 =1.414 0.254
n ルート 球充填密度
2 A2 π/2√3=0.906(ラグランジュ1773,ガウス1831)
3 A3 π/3√2=0.740(ガウス1831)
4 D4 π^2/16=0.617(Korkine,Zolotareff,1872)
5 D5 π^2/15√2=0.465(Korkine,Zolotareff,1877)
6 E6 π^3/48√3=0.373(Blichfeldt,1925)
7 E7 π^3/105=0.295(Blichfeldt,1926)
8 E8 π^4/384=0.254(Blichfeldt,1934)
歴史を振り返ってみると,n<3はガウス(1831年),n=4,5の場合は1870年代にコルキンとゾロタレフ,n=6,7,8は1935年までにブリチェフェルドにより解決された.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子Λ24(Leech格子)として知られるようになったものに基づいて,24次元空間の格子状詰め込みを構成したのですが,この詰め込みにおいては,なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています.そして,τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています.
球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論,ルート系,誤り訂正符号(応用代数学),有限単純群などの理論と関係し,最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています.とくに,24次元リーチ格子:Λ24の発見により,データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが,通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり,純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう.
===================================