■格子上の確率論(その8)

 つい最近出版された

  池田信行・小倉幸雄・高橋陽一郎・真鍋昭治郎「確率論入門・1」培風館

は他の教科書には書かれていない面白い話題を盛り込んだ良書です.決して,一朝一夕に書かれたものではなく,内容的にみても日々丹精して累積した原稿を整理した学術書と思われます.初歩的なことからわかりやすく書かれてあるし,それに何より応用面に配慮されているところがよいと感じられます.

 わが国の統計の教科書はきわめて教科書的であってどの本をみても内容的に似たりよったりでさしたる特徴がなく,知識の羅列に堕落しているものが大部分といえますが,そのような出版環境のなかで,この本に巡り会えたことは幸運でした.

 「酔歩」に大部を割いているため2巻からなる分厚い本になってしまいましたが,確率論の教科書で取り上げられるのは初出だと思われる記述も多く,いまから「確率論入門・2」の刊行が待ち望まれます.

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【1】d次元立方格子上のランダムウォーク

 d次元対称単純ランダムウォークは,確率1で出発点に戻れるだろうか? という問いに対しては

 a)d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまう

 b)d=1,2のときは再帰的である(すべての道はローマに通ず)

 しかし,再帰的とはいってもいつかは原点に帰るということであって,その戻るまでの時間の期待値は∞です.これを零再帰的と呼び,戻れるとはいっても戻りづらいことがわかります.3次元ランダムウォークの場合,たとえ無限に歩き続けたとしても,出発点に戻ってくる確率はおよそ0.34にすぎません.3次元では進める方向が多すぎて,偶然に出発点に戻ってくるのはそう簡単なことではないのです.

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【2】その他の2次元格子上のランダムウォーク

 2次元正方格子上の酔歩は再帰的ですが,その他の2次元格子ではどうでしょうか? 結論だけをいうと

正方格子  u2n 〜 (πn)^(-1)

三角格子  u2n 〜 √3/2(πn)^(-1)

六角格子  u2n 〜 3√3/2(πn)^(-1)

カゴメ格子 u2n 〜 2√3/3(πn)^(-1)

 すなわち,再帰的ということになります.これらの結果は,斜交座標を導入すると直交座標と同一視できることから得られますが,詳細については,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版を参照されたい.

[補]同じ大きさの正3角形2個のうち,1個を天地逆転させ,もう1個の正3角形に重ねると星形6角形ができます.これはダビデの星と呼ばれて,イスラエルの国旗にも使われ,ユダヤ人の象徴とされています.星形6角形では内側に正6角形ができますが,外側を6個の正3角形が取り囲んでいます.

 この星形6角形に対応するグラフが「カゴメ格子」です.カゴメ格子は正三角形と正六角形が互いに隣接した周期的な格子で,竹細工の篭の結び目にみられることからその名前が由来しています.カゴメ格子は,日本人が最も愛好した文様のひとつですが,ちなみにカゴメは世界でも通用する呼び名とのことです.

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【3】平面グラフの曲率

 正多角形は無限に多く存在しますが,それでは,「互いに合同な正多角形を隙間も重なりもないように並べて平面を完全に埋める仕方が何通りあるでしょうか?」この問題は昔から知られていて,それが3種類に限ることは以下のようにして証明されます.

 正多角形の中で平面をタイル張りのように隙間なく埋めつくすことができる平面充填形では,各頂点に正p角形がq面が会するとすると,正p角形の一つの内角は2(1−2/p)×90°であり,一つの頂点の回りの内角の和はこれがq個集まって四直角ですから,

  2q(1−2/p)=4,すなわち,

  1/p+1/q=1/2   (p,q≧3)

  (p−2)(q−2)=4

で,この条件を満たす(p,q)の組は(3,6),(4,4),(6,3)の3通りしかありません.したがって,平面充填形は正三角形,正方形,正六角形の3通りあり,正三角形,正方形,正六角形配置の3つだけです.このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみでしょう.

 それらの内部を除いた頂点と辺からなるグラフをそれぞれ「三角格子」,「正方格子」,「六角格子」と呼びます.また,三角格子と六角格子は互いに双対格子になっています.

[補]1種類の正多角形を使った3通りのタイル張り(プラトンの平面充填形)はわかりましたが,それでは2種類以上の正多角形を使ったらどうでしょうか(アルキメデスの平面充填形)? それを全部求めてみよといわれたらちょっと大変ですが,じつは,アルキメデスの平面充填形は全部で8種あります.アルキメデスの平面充填形の例としては,カゴメ格子があるというわけです.

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 2次元の平面の中に正多角形は無限に多くあるのに反して,3次元の空間には無限に多くの正多面体は存在しません.平面充填形は,面数が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますが,平面充填形の場合と同様にして,正多面体の各面を正p角形,各頂点にq面が会するとすると,頂点の周囲は4直角未満ですから,不等式

  2q(1−2/p)<4,すなわち,

  1/p+1/q>1/2   (p,q≧3)

  (p−2)(q−2)<4

が正多角形となる必要条件です.このような整数の組は(p,q)=(3,3),(3,4),(3,5),(4,3),(5,3)の5通りで,それぞれ,正4面体,正8面体,正20面体,正6面体,正12面体に対応します.すなわち,正多面体は正4・6・8・12・20面体の5種類あって5種類しかないことはプラトンの時代にはすでに見つけられていて,それらがプラトンの自然哲学で重要な役割を演ずるところから,正多面体はプラトンの立体(Platonic solid)とも呼ばれています.

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【4】酔歩の再帰性

 各頂点が一定の個数qのp角形で囲まれている平面グラフは(p,q)正則と呼ばれています.三角格子は(3,6)正則,亀甲格子(六角格子)は(6,3)正則平面グラフです.各頂点の周りに7個の三角形がある(3,7)正則平面グラフはもし正三角形ののタイル貼りによって作ろうとすれば60°×7=420°>360°となって,平面をはみ出してしまうことになります.

 2次元格子は

  H=4−(p−2)(q−2)>0,=0,<0

の値によって大きく様子が異なり,それに応じて酔歩の再帰性も非常に異なるものになります.その意味でHは正則平面グラフの曲率と呼ばれます.

 H=0となるのは(p,q)=(3,6),(4,4),(6,3)の3通りの場合に限られ,いずれも平面上のグラフとなり,酔歩はすべて再帰的です.

 H>0となるのは(p,q)=(3,3),(3,4),(3,5),(4,3),(5,3)の5通りの場合に限られ,いずれも正多面体の頂点と辺を平面上に投影して得られる有限グラフとなり,酔歩はすべて再帰的です.一般化された結果を示すと,被覆変換群がZ^2と同型のと格子上の酔歩は再帰的となります.

 (3,7)正則グラフの場合にはH<0となりますが,一般にH<0のときには道の数が指数関数的に増大するので,出発点に戻る可能性は低く非再帰的になることが証明されています.2次元正則グラフ上の酔歩が常に再帰的であるとは限らないのです.

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【5】レヴィ分布

 酔歩モデルの調べるための統計量として,平均初通過時間の概念が導入されます.原点を出発した酔歩者が別の地点(±X)に到達するまでの時間と定義されますが,別の見方をすれば酔歩者が±Xの範囲の中にとどまっていられる平均時間ともいえます.

 確率密度関数

  f(x)=1/√(2π)x^(-3/2)exp(-1/2x)

は一般的にはfirst passage time distribution of Brownian motionの名称で通っています.しかし,定まった訳語がないため,ここではレヴィ分布と呼ぶことにしました.レヴィ分布は自由度1のχ^2分布の逆数の分布として,あるいは半正規分布(自由度1のχ分布)においてxを1/√(x)とおいて得られます.また,この分布に関しては再生性が成り立ちます.

 その期待値E[x^a]はa>=1/2に対して無限大になりますから,コーシー分布と同様に平均値も分散ももちません.レヴィ分布の分散は発散しますが,4分位偏差sに関して

  s^(1/2)=s1^(1/2)+s2^(1/2)

が成り立ちます(stable distribution).すなわち,同一の2つのレヴィ分布にしたがう変数の和の分布の4分位偏差は個々の変数の4分位偏差の2倍となることが示されています.

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 コーシー分布以外の確率分布では,レヴィ分布が平均値をもたない分布として知られています.

 話は少し脱線しますが,2つの正規変数の和の分布は別の正規分布に従います.これを正規分布は加法に関して不変(invariant)であるといいます.このとき,和変数の分散σ^2は個々の変数の分散σ1^2とσ2^2の和と等しくなります.すなわち,

  σ^2=σ1^2+σ2^2

です.

 正規分布では標準偏差σを4分位偏差sで置き換えても

  s^2=s1^2+s2^2

は成立します.加算は2乗の世界(分散)で成立し,1乗の世界(標準偏差)では成立しません.このような加算が成り立つ分布は正規分布が唯一です.

 コーシー分布は標準偏差・分散をもたない分布をして知られていますが,quantile(fractile)の存在は保証されます.コーシー分布も加法に関して不変で,コーシー変数の和の分布は再びコーシー分布になります.そして,4分位偏差に関して

  s=s1+s2

すなわち,1乗の世界での加算が成り立ちます.

 同様にして,レヴィ分布については1/2乗の世界での加算

  s^(1/2)=s1^(1/2)+s2^(1/2)

が成り立ちます.以上まとめると

  s^k=s1^k+s2^k

  k=2 :正規分布

  k=1 :コーシー分布

  k=1/2:レヴィ分布

となります.

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