■力学系における2つの定理

 「カオス」という語は日常に使う意味とは対照的に,自然科学の中では特定の意味「無秩序の中に存在する秩序」をもっています.すなわち,カオスの本質は

a)完全に非周期性でかつ完全に決定論的であること

b)初期値の選び方に大きく依存すること

であって,乱雑(ランダム)との間には明確な一線で画されます.

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【1】周期3はカオスを意味する(リー・ヨークの定理)

 1976年,アメリカの物理学者ファイゲンバウムは奇妙ではあるが魅力的な考えを,反復関数

  x,f(x),f(f(x)),f(f(f(x))),・・・

に基づいて発展させ,f(x)が2次式になると,漸化式

  xn+1 =f(xn )

の挙動は極めて複雑になることを指摘しました.たとえば,

  f(x)=kx(1−x)   (0<k≦4)

の形の漸化式はkの値によって漸近挙動が全く異なったものになり,カオスと呼ばれる現象を引き起こします.

  xn+1 =f(xn )=kxn (1−xn )

xn が0と1の間の値をもつものと考えると,この式は人口増加のロジスティックモデルとなります.すなわち,xは人口増加,(1−x)はそれに歯止めをかける傾向を反映する因子です.ここで,

a)0≦k≦1なら,xn の値は初期値x0 にかかわらず0に近づく.

b)1<k≦3なら,xn の値は初期値x0 にかかわらず固定点(k−1)/kに近づく.

c)3<k≦3.56995ならば2^n個の極限値の間を振動する.

  i)3<k<3.44(=1+√6)ならば2つの極限値の間を振動する(周期2のサイクル).

  ii)3.44<k<3.54ならば4つの極限値の間を振動する(周期4のサイクル).

  iii)3.54<k<3.564ならば8つの極限値の間を振動する(周期8のサイクル).

  iv)3.564<k<3.566ならば16の極限値の間を振動する(周期16のサイクル).

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4)k>3.56995(ファイゲンバウム点)のときには挙動はひどく複雑になり,周期的なのか,周期的とすればその周期はいくつかなどはわからないほどでたらめに荒々しく揺れ動くようになります.このような状態がカオスですが,カオスでは最終の人口増加が全く予測できないだけでなく,初期値の選び方に非常に大きく依存します.

 ところが,kの値の所々で単純な周期変動が現れ,たとえば,k=1+2√2のとき周期が3,すなわち3つの極限値の間を振動します.リーとヨークは周期長3が観測されることはすべての可能な周期が現れることを示しています.

Li, Yorke: Period Three Implies Chaos, American Mathematical Monthly 82, 985-992, 1975

 以上のことはパソコンでも簡単に確認できます.ロジスティックモデルでは時間を不連続にした体系(力学系)に限って取り扱いましたが,連続にしてもわずかだけつけ加えればこと足ります.

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【2】シャルコフスキーの定理

 リー・ヨークの定理(1975年)は,シャルコフスキーの定理(周期解共存定理,1964年)に含まれる.

『すべての自然数を

  3>5>7>9>・・・(奇数の無限大)

  >2・3>2・5>2・7>・・・(2×奇数の無限大)

  >2^2・3>2^2・5>2^2・7>・・・(2^2×奇数の無限大)

  >2^m・3>2^m・5>2^m・7>・・・(2^m×奇数の無限大)

  >2^∞・3>2^∞・5>2^∞・7>・・・(2^∞×奇数の無限大)

  >2^∞>・・・>2^m>・・・>2^3>2^2>2>1

の順序に並べる.周期長nをもてばnより右にあるすべての周期長kをもつ.』

 シャルコフスキーの定理は,リー・ヨークの定理が発表された以後広く知られるようになったのであるが,確かに3より右に並んでいる数はすべての自然数を網羅しているから,周期3のサイクルをもてばすべての周期をもつことになる.この定理の証明は不動点定理の応用による.

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【3】まとめ

 リー・ヨークの定理(1975年)の11年前に,シャルコフスキーの定理(周期解共存定理,1964年)が証明されたものの,鉄のカーテンによって西側社会には知られる機会はなかった.1995年に翻訳され,ようやく知られるところとなったが,とはいえ,リー・ヨークの定理も歴史に残ることだろう.

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