■二分法の対立(その6)

 19世紀末までは決定論的な世界像が支配的であったのに対し,確率論的な世界像が体系的に展開されるようになったのは,まさに20世紀前半の偉大な成果です.

 二分法の対立はいろいろな分野で見られることであって,今回のコラムでは,決定論的と確率論的の例を拾い出してみたい.

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【1】重力の謎

 ニュートン力学の示すところでは,一つの原因が一つの結果を生み,もし初期条件さえわかれば宇宙空間・未来永劫にわたっての結果も予測可能という決定論的思想を生み出しました.ニュートン力学成立以降の約200年間,それは疑われることがありませんでしたが,今世紀になり確率論的自然観に基づいた統計熱力学や量子力学などの新しい大きな波が押し寄せ,現代の科学や自然観を形成してきたことはご承知のとおりです.20世紀の物理理論でもっとも革命的なものは,「量子論」と「相対性理論」といえましょう.

 「量子論」も「相対性理論」もある極限の性質としてニュートン力学を含んでいます.プランク定数をゼロとしてよい極限で量子論はニュートン力学になるし,光速度に比べて遅い速度の極限では特殊相対性理論はニュートン力学に,また,一般相対性理論は重力を無視した極限で特殊相対性理論になります.このように,より進んだ理論が旧来の理論をひとつの極限として含むという考えは,それ以後の新理論を構築する上での参考になっています.

 重力の謎はニュートンにより終止符が打たれたかに思えましたが,そのとき新しい問題はすでに始まっていたのです.惑星の運動,潮汐現象,自転軸の歳差運動などの数学的な公式の解明の一方で,万有引力の原因たる生成・維持・伝播機構など重力の物理的本質についてはなお未解決の難問になっていて,なぜ万有引力が誘導されるかということは全く神秘につつまれたままであったのです.ニュートンの「万有引力の法則」は天体力学の基礎をなし,人工衛星の軌道の決定のような事柄においては今日でもまだその役割を果たしているのですが,今世紀の初めにアインシュタインの「一般相対性理論」(1916年)に置き換えられることになりました.

 アインシュタインは重力をニュートンが理解したように離れたところから作用する力というのではなく場の性質と考えました.すなわち,重力場では物質が存在するとそのまわりの時間・空間が曲がると考えて,重力現象が時空の曲率に比例すると仮定し,非ユークリッド幾何学を用いて重力場の性質を説明しています.ニュートンは宇宙空間が3次元ユークリッド空間であると想定していたのに対し,アインシュタインは重力場の強さが空間の歪みに依存することを説明するために,コペルニクスが宇宙の中心としての地球の位置を否定したようにユークリッド空間が幾何学において果たしていた中心的役割を排除し,空間が変化する曲率をもつリーマン幾何学(楕円幾何学)に重力の解明への道筋を見いだしたのです.

 自然をより正確に記述するために新しい数学を開発しなければならない場合もあります.ニュートンが自ら発見した物理法則を表現するために,微分積分を開発したのは有名ですが,アインシュタインは重力場の新しい理論を打ち立てるために,それまで単なる数学的試みと考えられていたリーマン幾何学を発掘したのです.したがって,アインシュタインの一般相対性理論(物質は空間の曲がりを決め,空間の曲がりが物質の運動を決めるという理論)は重力に関する幾何学的理論であり,楕円幾何が正しい限りにおいて正しいものになります.一見,非ユークリッド幾何学は常識外れのようですが,この方法が現実的で応用力があるというのは何とも不思議なところです.

 また,重力場の方程式は,宇宙は無限であるというより有限だが境界がない世界であることを意味しています.これらの着想はまさにコペルニクス的大転回であり,これまで考えられた宇宙モデルの中でもっとも偉大な概念といってもいいでしょう.アインシュタインの重力方程式では,ニュートン力学では記述することができない重力理論,例えば,重力波の伝播なども予測されていて,ニュートンを超える重力理論はこの方程式にまとめられています.一般相対性理論の完成後,アインシュタインはそれを拡張した統一場理論へと進むことになりました.アインシュタインにとって,ニュートンの理論はその第1近似に過ぎなかったのです.

 一般相対論はアインシュタインにとって最終結果であると思われました.なぜなら,これによって重力と時空が統一されたからです.ところが,宇宙の起源に関するアインシュタインの静的模型は,フリードマンがアインシュタイン方程式が不安定であることを示し,ハッブルが宇宙の膨張を示したことによって早急に破棄されることになりました.理論は破棄されるためにあること,アインシュタインの相対性理論はまさにそれを示しています.

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【2】カオス

 「カオス」という語は日常に使う意味とは対照的に,自然科学の中では特定の意味「無秩序の中に存在する秩序」をもっています.すなわち,カオスの本質は

a)完全に非周期性でかつ完全に決定論的であること

b)初期値の選び方に大きく依存すること

であって,乱雑(ランダム)との間には明確な一線で画されます.

 気象現象のように,カオスは一見秩序的な振る舞いをしない予測不可能な振る舞いをするランダム現象のようですが,実は決定論的な方程式によって記述されていて,その解は初期値により完全に決定されているものです.言い換えれば,複数の相互作用をもっているために非常に複雑でいかなる予測も許さない無秩序に見える現象で,ランダムネスを真似た決定論的システムであるがゆえに予測不可能なものと言い換えてもよい現象です.

 変な挙動を示す場合には,その系は例外なく非線形方程式に支配されていて,初期条件のわずかな違いに敏感に反応します.線形微分方程式に相互作用を表す非線形項を一つだけつけ加えた非線形微分方程式でも数学的には解けないことが証明されていて,コンピュータによって数値解が求められます.非線形方程式の解き方の研究は最近急速に進んでいますが,一般の非線形方程式の系統的な解き方はまだ知られていません.おそらく,今後もありえないことでしょう.ただし,非線形性は応用上重要な役割を演じており,カオスに対しては状況に応じてそれに最適な規則を取りだすことさえできればうまく対応できると考えられていて,すでに種々の応用範囲も創案されつつあります.

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【3】まとめ

 ニュートン力学は「ある時刻での宇宙のあらゆる情報が与えられれば未来はすべて計算できる.」,「世界全体を複雑で巨大な時計仕掛けとみなし,この仕組みを完全に知れば今から世の終わりまですべて見通せるはずである.」という決定論的思想・古典力学的自然観を生み出しました.しかし,実際には三つの天体の運動でさえ誰も予見できないのです.

 ポアンカレによって,簡単な決定論的方程式に従う対象でも未来予測が不可能なことがあることが指摘されたことにより,決定論的プロセスと非決定論的プロセスとの境目はなくなり,決定論と非決定論という二分法は意味を失い,もはや成立しないものになりました.

 この事実は決定論的自然観に変革をもたらすものであり,新たに誕生した非決定論的自然観の中からハイゼンベルクの不確定性原理や物質本体の確率論的解釈をもとにした量子力学的自然観が登場します.ニュートン力学の不満な点を克服するのが統計力学や量子力学であり,これがやがて新しい突破口にもなっていくのですが,今日では,ニュートン的な考え方では捉えきれない非線形現象,カオス現象,フラクタルな現象などがさまざまな分野で発見されており,非線形現象を解析する数学の確立と進展が要請されています.決定論は神話に過ぎず,原則的に自然はカオティックであるのです.

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