■古典的月運動論

 ドローネーの月運動論の公式は多くの項を計算しなければ満足のいく答えに到達できない級数公式であるが,月の軌道の傾きとその変化,楕円軌道による距離と速度の変化,太陽が月の運動に与える摂動の影響などを考慮に入れた数学的に整備された理論であった.

 280項の計算で3カ所も誤ったというべきか,わずか3カ所しか誤りがなかったというべきかはともかくとして,以後,月の位置の予報精度が上がったことは事実であり,ドローネーの方法は現在でも人工衛星の軌道計算に応用されている.

 ドローネーの20年もかけた月運動の研究の後で申し訳ないのだが,今回のコラムでは古典的な月運動論の公式を紹介したい.ちなみにこの公式は小生の高校入試のとき出題されたものであり,小生にとっては記憶に残る問題となっている.全部で5分もかからないで解答が完了したはずであるが,ドローネーに対してはまことに恐縮至極である.

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【1】月のサイクル

 例えば,新月(満月)から次の新月(満月)までにかかる時間は,星に対して月が同じ位置に戻るのにかかる時間よりも約2日長い.これは朔望月(29.5日周期)が月の位相の変化と関係しているのに対して,星に対する月の位置に関係している恒星月(27.3日周期)が常にずれていることを意味している.

 また,恒星年(365.2日周期)は太陽が星のある位置から再び元の位置に戻るのに要する時間である.これらの重要な月の周期を結びつける簡単な代数式を導いてみよう.

 恒星月は背景にある星に対して,月が地球の周りを1周するのにかかる時間であるから,恒星月の周期をT1とすると1日で360°/T1動くことになる.しかし,地球が太陽の周りを回る軌道に沿って常に動いているため,月は朔月(望月)から次の朔月(望月)までの間に,360°よりもわずかに多く動かなければならず,朔望月の周期をT2とすると,余計に回る角度は360°/T1×(T2−T1)である.

 また,恒星年の周期をT0とすると地球は1日で360°/T0(約1°)動くことになるから,この間,地球が太陽の周りを360°/T0×T2回ることになる.

 簡単な幾何学的関係から両者は等しいことがわかる.

  360°/T1×(T2−T1)=360°/T0×T2

より

  1/T2=1/T1−1/T0

 したがって,月の位相で決まる朔望月の周期T2は,恒星月の周期T1よりもわずかに長いことになる.実際にT0=365.2,T1=27.3,としてT2を求めてみると

  T2=T0T1/(T0−T1)=29.5057

となって,T2=29.5と一致する.

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【2】月の運動を記述するニュートンの法則

 前節に掲げた計算は,月の特徴的な周期を数値的に結びつける公式であるが,ニュートンが導いた関係は恒星年・恒星月のみならず,近点月・交点月の周期を結びつけるものであった.

 月は地球の周りを楕円軌道で回っているのだが,近点月は地球に最も近づく点から次に近づく点までに要する時間であり,周期はT3=27.5日である.また,地球の軌道と月の軌道を交点を考え,月が昇交点(降交点)から次の昇交点(降交点)までに動くのに要する時間T4が交点月(27.2日周期)である.

 ニュートンは,m=T1/T0の比を使って

  T3/T1−1=+3/4m^2

  T4/T1−1=−3/4m^2

としたが精度が悪く,のちにクレローとダランベールはニュートンの式に第2項以降をつけ加えて

  T3/T1−1=+3/4m^2+255/32m^3+・・・

  T4/T1−1=−3/4m^2+9/32m^3+・・・

と修正した.

 しかし,月に働く太陽の引力によって交点を結ぶ線と長軸線は長年かけてゆっくり移動していく.交点を結ぶ線は西向きに18.61年,長軸線は東向きに8.85年かかって1周するのでさらに複雑になってしまうのである.

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