■多元環とリー群(その3)

【1】有限単純群の分類

 単純群とは,自分自身と単位群だけからなる自明なものを除いて,正規部分群を含まない群をいいます.

 位数nを与えると,|G|=nとなる単純群の個数は0,1,2であって,0の場合が圧倒的に多く,単純群の個数は少ない,すなわち,それはある意味で,整数における素数のような存在の基本的な群といってよいのですが,単純群に帰着できるものが,数学的に最も興味ある群の性質と考えられ,かくして単純群を分類しつくすことが,群論の最も基本的な課題となったのです.

 単純群の分類問題はブラウワーが提唱し,ザッセンハウスの論文(1936)により本格的に始動します.単純群は

  (1)素数位数の巡回群

  (2)5次以上の交代群

  (3)リー型の単純群

  (4)散在型単純群

の4種類に分かれるのですが,今日では有限単純群の分類は完成し,合計18の無限系列と26個の散在群に限ることがわかっています.

 単純群には18の無限族があります.素数位数の巡回群Cnと交代群An(n≧5)以外に,(分類の仕方によって若干変わってくるのですが)6つの族が古典群の研究からわかり,残りの10個の族はあるリー代数から構成されます.しかし,この分類にあてはまらない単純群が26個あり,バーンサイドによって,散在型群と呼ばれています.

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[1]素数位数の巡回群

 無限個ある.ただし,無限系列のうち,素数位数の巡回群は可換群であって,ほかと性格が異なるので除外することが多い.すなわち,単純群といえば非可換単純群を指す.

[2]5次以上の交代群

 無限個ある.n≧5についてAnは単純群となるが,5次以上の代数方程式に代数的解法がない(=方程式の係数間の加減乗除とベキ根ととるという操作によって得られない)のは,この性質の基づくことが,アーベル・ガロア理論から明確になった.そのとき使われたアイデアが群と呼ばれる概念で,対称変換群の性質により,この難問がこともなげに解けてしまうのである.

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[3]リー型の単純群

 無限個ある.A型からG型まで7種類あるとしてよく,さらにまた16種類に細分することができる.

 ドイツのキリングとフランスのカルタンのよる単純リー群(詳しくは複素コンパクト型単純リー群,古典線形群はみな含まれる)の分類の成功が大きな影響を与えた.既約ルート系の分類の基づいて,複素単純リー代数の分類を行ったものがカルタンの分類定理であり,それは『いかなる複素単純リー代数もAk(k≧1),Bk(k≧2),Ck(k≧3),Dk(k≧4),E6,E7,E8,F4,G2の型のものに限られる.』というもので,Ak,Bk,Ck,Dk型の複素単純リー代数は古典型,E6,E7,E8,F4,G2の型のものは例外型と呼ばれる.

 階数1のルート系はA1の1種類に限られ,既約である.また,階数2のルート系はA1×A1,A2,B2,G2の4種類に限られる.A2型,B2型,G2型のルート系は既約であるが,A1×A1型のルート系は既約でない.階数nの既約ルート系は,Ak(k≧1),Bk(k≧2),Ck(k≧3),Dk(k≧4),E6,E7,E8,F4,G2の型のいずれかなのである.

 ここで,複素単純リー代数の階数と次元との関係を表にしておく.

  (1)Ak(k≧1) 同次特殊線形群,k(k+2)次元

  (2)Bk(k≧2) 直交群,2k+1変数の2次形式,k(2k+1)次元

  (3)Ck(k≧3) 斜交群,2k変数のパッフ形式,k(2k+1)次元

  (4)Dk(k≧4) 直交群,2k変数の2次形式,k(2k-1)次元

  (5)E6      78次元

  (6)E7      133次元

  (7)E8      248次元

  (8)F4      52次元

  (9)G2      14次元

(カルタンによりコンパクト単純リー群は,例外的なものを除き,A型,B型,C型,D型の4系列をなしていることが知られているが,そのうちの2系列

  B型   SO(2n−1)(n≧2)

  D型   SO(2n)  (n≧3)

は回転群である.B型とD型はそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何に対応している.なお,n=4が例外であることがこのことからもみてとれる.)

 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのがクラインのエルランゲン・プログラム「空間内の距離を変えない変換は,群(合同変換群)をなす.幾何学とは合同変換群で不変な図形の性質を研究する分野である.」である.

 単純リー群には9つの型がある.それらはA,B,C,Dと名づけられた4つの無限系列とE6,E7,E8,F4,G2と名づけられた5つの例外群であった.キリングやカルタンの研究は面白い幾何学がどれだけできるかという設問に対する解答でもあり,大ざっぱにいえば,A型が複素ユニタリ幾何,B型とD型がそれぞれ奇数次元と偶数次元の実ユークリッド幾何,C型が4元数上の幾何学,5つの例外型は8元数上の幾何学に対応しているのである.

 4つの古典群,5系列の例外群,さらにそのうちで対称性をもつA,D,E6,D4の4系列,疑似対称性をもつB2,G2,F4の3系列で16系列,素数位数の巡回群と交代群も含めて総計18系列に細分される.

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[4]散在型単純群

 代数群などの分野からは発見され得ないし,古典群,交代群のように無限系列にはいっていないという意味で,散在型単純群と呼ばれる単純群が26個ある.

 一番小さいのが,11個の文字の上の置換群であるマシュー群M11(位数:7920),一番大きいものが,モンスター(位数:2^46・3^20・5^9・7^6・11^2・13^3・17・19・23・29・21・41・47・59・71)で,モンスターの位数はなんと54桁にものぼる.

 26個の散在型単純群の歴史は,実に100年にわたっている.マシュー群と呼ばれている5種類の単純群M11,M12,M22,M23,M24が発見されたのは1860〜61年である.マシュー群の発見以後,100年あまりの空白期を経て,ジャンコーが1965年6番目の散在型単純群J1を発見する.

 これを皮切りに,それから10年という短い間に有限単純群の残りの20個,鈴木群(イリノイ大学),原田群(オハイオ大学),コンウェイ群,ベビーモンスター群,モンスター群,・・・が次々と発見されてしまった.この段階では,結合法則の検証にコンピュータが使用されているが,モンスターは計算機に載せて計算できるような代物ではない.

 美しい怪物は,1973年,イギリスのケンブリッジ大学で誕生し,コンウェイによりモンスターと命名・愛称された.モンスターを線形群の中に埋め込むとすると,最低でも196883次の行列GL(196883,R)が必要になる.すなわち,196683次元空間上の線形変換の集まりとして初めてモンスターを捉えることができるのである.

 モンスターの発見と構成は26個の散在型単純群の中でも特異な位置を占めていて,26個の散在群のうち,20個がモンスターの部分群として現れるのである.

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