■フラクタル幾何学と掛谷の問題

 ハウスドルフ測度Hはルベーグ測度Lを一般化したものになっていて,n次元単位球の体積をvnとすれば,

  L=2^(-n)vnH=2^(-n)π^(n/2)/Γ(n/2+1)H

の関係があることが知られている.

 2^nは1辺の長さが2の超立方体の体積であるし,

  vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)

は半径1の単位超球の体積である.すなわち,この式からハウスドルフ測度Hは円被覆,ルベーグ測度Lは正方形被覆と関係しているということが読みとれるであろう.

 そこで,フラクタル幾何学に関連する話題として「掛谷の問題」を紹介しておきたい.1917年,掛谷宗一は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」という問題を提出した.

(凸図形の場合)

 (例1)線分ABをAの回り180°回転した半円:面積π/2

 (例2)ABを中点Oの回りに360°回転した円:面積π/4

 (例3)ルーローの三角形(正三角形の各頂点を中心として他の2頂点を通る円弧を描いてできる定幅図形):面積(π−√3)/2

 実は,凸領域となる最小の領域は,高さが1の正三角形(面積√3/3)であることが藤原松三郎によって予想され,1921年,パルによって証明された.

(単連結図形の場合)

 それでは,凸領域でなくてもよいとしたとき,解はどうなるのだろうか? この問題は多くの予想を生み出した.たとえば,デルトイドでは長さが一定の線分をデルトイドに接しながらスムーズに1回転させることができるのである.

 (例4)直径3/2の円を固定しておいて,その円に直径1/2の円を内接させて転がしたときにできるデルトイド:面積π/8

 デルトイドは19世紀の幾何学者シュタイナーがシムソン線の包絡線として研究した図形で,シムソン線というのは三角形の外接円上の任意の1点から3辺に下ろした垂線の足を結ぶ直線のことである.また,ハイポサイクロイドの面積は

  S=(n−1)(n−2)πa^2/n^2

となる.

 単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドと予想され,掛谷自身,π/8が最小値であると予想したし,多くの数学者も答はデルトイドではないかと予想していた.ところが,これらより面積が小さい図形が考えだされた.デルトイドが3個の尖点をもっていることに着目すると,5個の尖点,7個の尖点,・・・をもつ図形を考えることができる.

 たとえば,5個の尖点をもつ図形の場合,その面積はデルトイドの面積の約3/4になるが,尖点の個数を増やしたとしても面積を際限なく減らすことが不可能である.

 単連結となる最小の領域は,面積π/8のデルトイドではなく,別の星状図形であることがブルームとシェーンベルグにより発見された(1963年).この形はフーコーの振り子を1万回振らせたときの形に似ているらしいのであるが,その面積はπ/11よりも小さくなる.

 その後,カニンガムによって与えられた最小の星形掛谷集合の面積の下限はπ/108と(5−2√2)π/24の間にあることが示されている(1971年).すなわち,その面積はπ/11以上にはならないし,π/108以下にはできないこと,そして下限は(5−2√2)π/24以下であるというわけであるが,単連結図形による掛谷の針の問題にはまだ未解決な部分が残されているのである.

(一般図形の場合)

 単連結というのは内部に穴がひとつもない図形である.次に,その条件さえも緩めたらどうなるだろうか? 実は,単連結でなくてもよいとしたとき,ベシコビッチによって「前後を方向転換できるいくらでも面積の小さい図形を作ることができる」ことが証明され,掛谷の針の問題は意外な顛末を迎えた(1927年).ベシコビッチの証明は直観に反していて,予想外であるうえ,常識ではとても受け入れられものではない.多くの数学者にとっても予想が裏切られる結果になったわけで,その驚きはいかに大きかったであろうかと推察される.

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