■正四面体の幾何学

 重い荷物を運ぶときにコロ(丸太)をつかう.半径rのコロが1回転するとか2πr進む.このとき荷物も2πr移動すると予想されるのだが,コロが1回転して2πr進み,荷物はコロに対して2πr進むから全体で4πr移動するのである.

 2つの同じ大きさの円(半径r)を考える.一方の円が別の定円の周りを回る.動円が定円を1周するとき,円周が等しいのだから1回転すると予想される.ところが実際には2回転するのである.パップス・ギュルダンの定理を使えば動円が定円を1周するとき,重心は4πr移動するから2回転するということがわかるが,パップスの定理をもちだすまでもなくコロと同じ原理であることが理解される.これらは直感を裏切る意外な問題として有名であるが,次の問題はどうだろう.

(問)正多面体の頂点を均等に削り落とす.各辺の中点を結んで頂点を切り落とすと,立方体の場合,立方八面体と呼ばれる6枚の正方形と8枚の正三角形の合計14面からなる準正多面体ができあがる.日本では古くから灯篭などの照明器具などに立方八面体の形をした装飾品が使われ親しまれているので,この立体をご存じの方も多いと思われる.それでは,正四面体の各辺の中点を結んで頂点を切り落とすとどうなるのだろうか?

(答)たいていの人は5個の同じ大きさの正四面体に分割されると答える.正三角形の場合,ミツウロコ型の4個の正三角形に分割されることからの類推なのであろう.ところが,もとの正四面体の表面にある4枚の正三角形と切断面に新たにできる4枚の正三角形の計8枚の正三角形面をもつ多面体ができるのだから正八面体が現れるのである.

 次に,この問題と同じ原理からなる問題であるが,見方を変えて紹介しよう.

(問)同じ大きさの正3角形2個のうち,1個を天地逆転させ,もう1個の正3角形に重ねるとダビデの星が得られる.ダビデの星はイスラエルの国旗にも使われ,ユダヤ人の象徴とされていて,星形の外側と内側にそれぞれ6角形ができる.それでは,同じ大きさの正4面体2個を重ねた場合,その外側と内側にはどのような立体ができるだろうか?

(答)この問題はダビデの星の3次元版で,同じ大きさの正4面体2個による屋根瓦状の相貫体にはケプラーの8角星という名前がつけられている.2つの正4面体を逆向きに抱き合わせた星形8面体「ケプラーの8角星」は,24面すべてが正三角形よりなるものの,星形正多面体には通常加えられず,正多面体からも除外される.正8面体を芯として,このとき,ケプラーの8角星の頂点は立方体の頂点をなすというのが正解である.星形の内側には正八面体ができるのである.最も簡単な複合多面体なので,これが頭の中でイメージできれば答は簡単であるが,勘の働きにくい問題であろう.

 このように正四面体は直感の働きにくい厄介な存在であるが,今回のコラムでは正四面体に関する話題をまとめることにした.三次元空間では三角形は四面体に,正方形は立方体に,正五角形は正十二面体に,円は球に拡張されると考えられるが,その際,外心,内心,重心,傍心は任意の四面体に存在するが,垂心は必ずしも存在しない.

 また,三次元空間において四面体の外接球,内接球の半径をそれぞれR,rとすれば,R≧3rが成り立つ(n次元ではR≧nrとなることが知られている).このように,3次元空間の四面体は2次元平面の三角形の拡張で三角形の性質は四面体に遺伝するが,同様に扱うことができる面と性質が異なる面があるのである.

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【1】球と体積の等しい四面体

 ピタゴラスの定理の応用として,直角三角形の面積が2つの月形の面積の和に等しいというものがあることはご存知でしょう.この結果は非直線図形と直線図形の大きさの間に成り立つ等式としてなかなかの深みが感じれらます.

 ところで,3次元では非平面図形と平面図形の大きさの間に成り立つ等式として,球が四面体と同じ体積になるという見事な例が知られています.正四面体の2組の相対する辺はねじれの位置にありますが,その中点を結ぶ直線はこれらの辺に直交します.中線を結ぶ直線の長さを2rとすると,この正四面体の体積は半径r(直径2r)の球の体積と等しくなるのです.

 このことはカヴァリエリの原理「切り口の面積が等しければ体積も等しい」から簡単に証明できます.中心からxのところを通る平面で切るとどちらも断面積がπ(r^2−x^2)となるので,円の体積も正四面体の体積も等しくなるのです.

 2つの立体がカヴァリエリ合同であり,中心を通る平面できると断面の形は面積πr^2の円と正方形ですから,このことから円積問題が解決されたような気分にさせられてしまうのですが,実はこの正四面体の1辺の長さは2r√πですから問題は解決していないのです.

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 円の正方形化問題(円積問題),すなわち,定規とコンパスだけで円と等積な正方形を作図することはギリシャの3大作図問題の1つとして有名なものですが,実は19世紀になってから作図不能であることが証明されています.

 円積問題は2次方程式:x^2−π=0に帰着しますが,√πがコンパスと定規で作図できたとすると,その平方であるπも同様に作図可能ということになります.しかし,πは超越数ですから√πも超越数なのです.したがって,√πは代数方程式の解とはなりえず,円積問題も作図不能となるのです.

 この問題をn次元に拡張してみましょう.半径1のn次元単位超球の体積は

  Vn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)=π^(n/2)/(n/2)!

と書けます.V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.4次元から6次元までも具体的に書けば,

  V4=π^2/2,V5=8π^2/15,V6=π^3/6

という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.

 このことから,n次元の円積問題はn次方程式:x^n−π^(n/2)/Γ(n/2+1)に帰着されることになり,n次元定規とn次元コンパスを用いたとしても作図は不能と考えられます.

 次に,円と等積な正三角形を作図することを考えてみます.半径1の円の面積はπ,1辺の長さxの正三角形の面積は√3/2x^2ですから,2次方程式:√3/2x^2−π=0に帰着され,この問題も作図不能です.

 それではn次元単体とn次元超球ではどうでしょうか? 三角形の面積は底辺かける高さ割る2であるが,三角錐になると底面積かける高さ割る3,四次元の三角錐なら底体積かける高さ割る4,五次元なら底四次元面積かける高さ割る5・・・.すなわち,正単体の体積を求めるにあたって問題となるのはその高さなのですが,高さを求めるために,n次元正単体の頂点の座標を

  (1,0,・・・,0)

  (0,1,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・

  (0,0,・・・,1)

  (x,x,・・・,x)

とします(稜の長さが√2の正単体).

 これらの座標が与えられたとき,底面

  (1,0,・・・,0)

  (0,1,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・

  (0,0,・・・,1)

の重心は

  (1/n,1/n,・・・,1/n)

ですから,頂点

  (x,x,・・・,x)

との距離(高さ)Hnは,

  Hn=√(1+1/n)

で与えられることになります.

 したがって,漸化式

  Vn=Vn-1×Hn/n

より,

  Vn=√(1+n)/n!

を得ることができるのです.

  V2=√3/2,V3=1/3,・・・

となりますが,V2,V3はピタゴラスの定理を使えば中高生でも簡単に確かめることができるでしょう.

 したがって,n次方程式:√(1+n)/n!x^n=π^(n/2)/Γ(n/2+1)に帰着されるだけで,事情は2次元の円積問題と変わりません.

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【2】デーンの定理

 多面体の分割に関するデーンの定理(1900年)とは

  「正四面体と直方体は(たとえ同じ体積をもっていたとしても)分割合同ではない.」というものです.

 2つの多面体(多角形)が分割合同とは,一方を有限個の小多面体(小多角形)に分割し,それを別の仕方で寄せ集めることにより他方の多面体(多角形)ができることをいうのですが,任意の三角形は長方形と分割合同であることが証明されるので,デーンの定理は2次元と3次元の違いを際立たせていることになります.

 「正四面体と直方体は分割合同ではない」あるいはそのn次元版「等積なn次元正単体とn次元直方体とは分解合同にならない」ことは,二面角δがπとは通約できない,すなわち,0でない整数n1,n2に対して

  n1δ+n2π=0

が成り立たないことを使って証明されます.

 超立方体の二面角はつねに90°ですが,正単体の2面角は,頂点(x,x,・・・,x),底面の中心on-1(1/n,・・・・,1/n),1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))の関係から

  cosδ=1/n

 分割合同であるための必要条件と空間充填形ができるための必要条件は,ほぼ同じと考えられるのですが,空間充填形ができるための必要条件は,二面角δが4直角の整数分の1であることです.

 超立方体の二面角はつねに90°ですから,これによる空間充填形は何次元でも可能ということになります→超立方体による空間充填形(4,3,・・・,3,3,4).

 一方,正単体の二面角は

  cosδ=1/n

ですから,n=2,すなわち,δ=π/3以外のときは4直角の整数分の1になりません.これは正三角形による平面充填形(3,6)に他なりません.

 このことから,n≧3のとき,等積なn次元正単体とn次元直方体とは分解合同にならないことが結論されます.また,デーンの定理から

  「同じ底面積と高さをもつ2つの三角錐は分割合同ではない.」

ことも証明されます.

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 デーンを有名にしたこの定理は,パリの国際数学者会議(1900年)においてヒルベルトが提出した第3問題を直後に否定的に解決したものです.第3問題「分解合同・補充合同でない2つの多面体の存在を示せ」の背景には,ユークリッドの原論にみられる面積と体積の理論を幾何学の厳密な公理の上に再構成しようとしたヒルベルトのプログラム(幾何学基礎論)が潜んでいるのですが,それに対する否定的な解答がデーンの定理というわけです.

 デーンの定理やバナッハ・タルスキーのパラドックスは,平面幾何学の面積の理論には連続の公理を必要とはしないが,体積の理論を作るにはカヴァリエリの原理のような他の超越的な補助手段を採用しなければならないことを意味しています.

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[補]高次元の空間充填形

 双対立方体の2面角は,たとえば,頂点(±1,0,・・・,0)と赤道面の1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))より,

  cosδ=−(n−2)/n

と計算されます.

 n=2のとき90°→正方形による平面充填形(4,4).n=4のとき120°→4次元正16胞体による空間充填形(3,3,4,3).また,この双対(3,4,3,3)も空間充填形ですが,その構成要素は(3,4,3)すなわち4次元正24胞体です.

 以上より,1種類の正多胞体による空間充填形をまとめると,平面充填形3種類,3次元空間充填形1種類,4次元空間充填3種類,5次元以上の空間充填形は1種類ということになります.

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【3】空間のヘロンの公式

 線分と三角形および四面体(三角錐)は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.

 この節で取り上げるのは,四面体についての問題「6辺の長さがa,b,c,d,e,fで,与えられた4面体の体積を求めよ」です.

 2つのベクトルa↑,b↑を基底とする平行体(平行四辺形)の面積は,外積は

  a↑×b↑

3つのベクトルa↑,b↑,c↑を基底とする平行体(平行六面体)の体積は,スカラー三重積

  (a↑×b↑)・c↑

すなわち,外積a↑×b↑とベクトルc↑の内積で与えられます.

 |a↑|=a,|b↑|=bとすれば,平行四辺形の面積は,

  S=absinθ

ですから,

  S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)

    =|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2

    =|a↑・a↑  a↑・b↑|

     |b↑・a↑  b↑・b↑|

 同様に,平行六面体の体積は

  V^2=|a↑・a↑  a↑・b↑  a↑・c↑|

     |b↑・a↑  b↑・b↑  b↑・c↑|

     |c↑・a↑  c↑・b↑  c↑・c↑|

で与えられます.

 これらのように,内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行体の面積・体積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.

 また,座標を使って表せば,n+1個の点の座標に(1,1,1,・・・,1)を加えて作られる(n+1)次の行列式の絶対値になります.

  |S|=|1 x1 y1|   |V|=|1 x1 y1 z1|

      |1 x2 y2|       |1 x2 y2 z2|

      |1 x3 y3|       |1 x3 y3 z3|

                     |1 x4 y4 z4|

 原点が含まれるときは,

  |S|=|x1 y1|   |V|=|x1 y1 z1|

      |x2 y2|       |x2 y2 z2|

                   |x3 y3 z3|

のように展開されます.

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 これらはそれぞれn次元単体の体積のn!倍になりますから,三角形面積,四面体の体積は,

  S’=S/2

  V’=V/6

 また,4辺の長さがa,b,cで与えられた三角形,6辺の長さがa,b,c,d,e,fで与えられた四面体の場合は,

  2^2(2!)^2S’^2=|0  a^2 b^2 1|

             |a^2 0  c^2 1|

             |b^2 c^2 0  1|

             |1  1  1  0|

  2^3(3!)^2V’^2=|0  a^2 b^2 c^2 1|

             |a^2 0  d^2 e^2 1|

             |b^2 d^2 0  f^2 1|

             |c^2 e^2 f^2 0  1|

             |1  1  1  1  0|

となります.

 前者はおなじみの平面三角形のヘロンの公式にほかなりませんが,面積をS’=Δとして,

(4Δ)^2=2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4

  =(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)

ここで,2s=a+b+cとおくと

  Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)

となり,ヘロンの公式が得られます.

 後者が空間のヘロンの公式であり,V’=Δとして

  (12Δ)^2=a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)

         +b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)

         +c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)

       −a^2b^2c^2−a^2e^2f^2−d^2b^2f^2−d^2e^2c^2

 一見複雑ですが,相対する線分の2乗の積に,他の線分の2乗の和から自分自身の2乗を引いた量をかけた和が

  a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)

 +b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)

 +c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)

であり,4個の三角形の周辺3本の2乗の積の和が

  a^2b^2c^2+a^2e^2f^2+d^2b^2f^2+d^2e^2c^2

です.

 この公式はオイラーの公式とも呼ばれるものですが,複雑であり平面三角形のヘロンの公式のように因数分解できません.ただし,4面の面積が等しい等積四面体=4面が合同な鋭角三角形よりなる四面体(バンの定理)の場合,

  72Δ^2=(−a^2+b^2+c^2)(a^2−b^2+c^2)(a^2+b^2−c^2)

と因数分解した形で表されます.

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