■最短距離に関する問題

 微分積分の入門書に「平面上に3つの定点A,B,Cがある.この平面上に点Pをとって,AP^2+BP^2+CP^2が最小になるようにせよ」という問題が偏導関数の応用例として載せられています.その点Pは重心です.

 3定点が4定点であっても同じ議論になるのですが,距離の2乗の和に特に具体的な意味があるようには思えません.むしろ,2乗を取り去ったほうが問題としては自然です(最小2乗法の問題はさておき).

 そこで「A,B,C3軒の家に電線をひきたい.電線の長さを最小にするにはどこの柱を立てればよいか」ではAP+BP+CPを最小にする実用価値のある問題になります.今回のコラムではコラム「書ききれなかった形の話(その2)」,「ビリヤード問題」から長さの和を最小にする問題を集めてみました.

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【1】フェルマーの問題

 冒頭の問題は17世紀のフランスの数学者フェルマーがイタリアの物理学者トリチェリに出題したものとして有名な問題で,求める点Pをフェルマー点といいます.

 点Pは三角形ABCの内部にありますが,∠A,∠B,∠C<120°のときには,3頂点に至る距離の和が最小となる点は3辺を等角120°に見込む点です.∠A,∠B,∠Cのいずれかが≧120°のときには,それぞれ頂点A,頂点B,頂点Cになります.

 このフェルマー点Fは頂点と外正三角形の頂点を結ぶ直線の共点として得られます.すなわち,フェルマー点Fを見つけるには与えられた三角形の各辺の上に正三角形を立てて各頂点と結ぶと,これら3本の線は1点Fで交わり∠AFB=∠BFC=∠CFAが成り立ちます.また,フェルマー点Fは3つの正三角形の外接円の交点でもあります.(正三角形のそれぞれの外接円を描くと円の交点が求めるフェルマー点である.)

 このような最短配線問題は最小木問題(問題の発案者シュタイナーに因んで最小シュタイナー木問題)と呼ばれていますが,VLSI回路を設計するときの最も基本的な技術となっています.

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 ところで,この問題の三角形を凸四角形に変えると,不思議なことにとても簡単になってしまうのです.

(Q)凸四角形ABCDの内部に点Pをとり,AP+BP+CP+DPを最小とせよ.

(A)対角線の交点が求める点Pである.

 このことは図を描いてみれば明らかです.ちなみに数学が得意だったフランス皇帝ナポレオンが若い頃に発見したと伝えられている定理が,ナポレオンの定理「任意の三角形の各辺の外側に正三角形を作ったとき,それらの重心を結ぶと正三角形が得られる」です.三角形の各辺の内側に正三角形を作ったときも,それらの重心を結ぶと正三角形が得られます.これらの2つの正三角形の重心は一致し,その面積の差は最初の三角形の面積に等しくなります.

 ナポレオン点は,頂点と外正三角形の中心を結ぶ直線の共点として得られます.一方,第2ナポレオン点は頂点と内正三角形の中心を結ぶ直線の共点として得られます.フェルマー点・ナポレオン点・外心は同一直線上にあり,フェルマー点・第2ナポレオン点・フォイエルバッハの9点円の中心は同一直線上にあります.

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【2】ヘロンの問題

(Q)直線Lの同じ側にある2点F1,F2からの距離の和F1P+PF2が最小になるようなL上の点Pを求めよ.

という問題を考えてみます.

 この問題は「ヘロンの問題」と呼ばれていて「町F1から町F2に行くとき,川岸Lの点Pに立ち寄るものとする.このとき道のりの長さが最小となるような点Pを求めよ.」という実用価値のある寄り道問題ですし,反射光学の問題あるいはビリヤード問題とも考えることができます.

(A)答は簡単に求めることができる.点F2を直線Lに関して対称移動させF0とする.直線F1F0と直線Lの交点が最短距離となる折り返し点Pである.

 この最適な点Pには線分F1PとF2PがそれぞれLとなす角が等しいという性質があります.また,このことは三角形のフェルマー点Fが3つの頂点への距離の和を最小にすること,∠AFB=∠BFC=∠CFAが成り立つこととよく類似しています.

 ヘロンの問題のバリエーションとして「町F1から川の反対側にある町F2に行くとき,川岸Lの点Pに立ち寄り,一定幅dの川を渡るものとする.このとき道のりの長さが最小となるような点Pを求めよ.」などもよく見かける問題です.どこに橋を架けたらいいかという問題ですが,川幅は一定ですから点F1を川幅の分だけ平行移動した点をF0として,F0とF2を結ぶ直線が川のF2側の岸と交わる点に橋を架ければ最短経路であることがわかります.

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【3】アルハーゼンの問題

 ヘロンの問題に対して,「アルハーゼンの問題」とは寄り道するのが川ではなく池となったものです.すなわち

(Q)町F1から川の同じ側にある町F2に行くとき,円形の池岸の点Pに立ち寄るものとする.このとき道のりの長さが最小となるような点Pを求めよ

というものです.

(A)点Pが求められたとして点Pで円の接線を引き,点F2を接線に対して反対側に対称移動した点をF0とする.このとき,F1P+PF0が直線になればよいので,∠F1PF2が点Pを通る円の直径で2等分されるとき最短距離になる.したがって,F1,F2を焦点とし円の接する楕円と求めればよい.

 点Pが存在することは確かですが,では点Pはどうやって求めたらいいのでしょうか.純幾何学的に解くのは難しそうですから,点Pを解析幾何学的に求めようとすると4次方程式の解に帰着されるため,解はもし存在すれば4個あるいは2個,または解なしとなります.

 いずれにせよアルハーゼンの問題とヘロンの問題との違いはアルハーゼンの問題が(特殊な場合を除いて)定規とコンパスだけでは作図不可能な問題ということであって,F1,F2を焦点とし円の接する楕円を作図するという問題は作図問題としては解答不能なのです.

 なお,アルハーゼンの問題の拡張として「町F1から川の反対側にある町F2に行くとき,川岸Lの点Pに立ち寄り,一定幅dの「環状」の川を渡るものとする.このとき道のりの長さが最小となるような点Pを求めよ.」が考えられます.同じ側→反対側,池岸→「環状」の川岸に変わっています.

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 また,円を他の円錐曲線に置き換えて一般化した問題ついては読者の演習問題としたいのですが,楕円ではF1P+F2P=一定であり片方の焦点から出た光線は楕円上で反射して第2の焦点に向かうとか,双曲線ではF1P−F2P=一定で片方の焦点から出た光線が表面にあたって反射するとあたかも第2の焦点から出たように反射するとか,放物線の焦点を出た光は曲線上で反射して曲線の対称軸に平行に進むという幾何光学的特徴はすでにご存知であろうと思います.

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【4】長方形ビリヤードの最短経路

 長方形のビリヤード台を考えます.ある位置からある角度でビリヤードの球を発射させると,何回か壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくる場合があります.n回壁にあった後,同じ状態に戻る場合をn周期軌道と呼ぶことにすると,与えられたnに対して発射角度を求めるというのはおなじみのビリヤード問題です.

(Q)東西南北の4壁にぶつかって戻る経路のうち最短となるものを求めよ.

(A)この問題に対する基本的な考え方は,球を反射させる代わりに,ビリヤード台の鏡像を枠の外に作ってやるというものである.すなわち,軌道自体を折り曲げる代わりに衝突するたびに衝突した辺を軸にビリヤード台自身をひっくり返すのである.

 このような図形を鏡像群と呼べば,鏡像群を貫く直線がビリヤード球の軌跡に対応します.そして,この表示法のもとで長方形の互いに向かい合う辺同士をを同一視するとトーラスが得られますから,トーラスの中で長方形ビリヤードの軌道は単純な直線運動で表されることになります.

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 長方形ビリヤードの周期性について考えると,長方形ビリヤードが周期的となるための条件は軌道方向(tanθ)が有理数であることである(ビリヤード台の縦横比あるいはそれぞれの長さは無理数でもかなわない).軌道方向が無理数の場合,軌道は非周期的となり軌道が領域を埋めつくす.それに対し,周期軌道では軌道が領域を埋めつくすことはない.周期軌道は無数に考えられるが,非周期軌道は周期軌道より圧倒的に多数を占めるのである.

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【5】三角形ビリヤードの最短経路

 1つの3角形を辺に関して次々折り返していって,3角形が互いに重なることなく平面を埋めつくす鏡映三角形による平面充填について考えます.たいていの場合は途中で3角形同士が重なってしまいますが,うまくいくと平面を鏡映三角形で埋めつくすことができます.

 このような平面充填が可能な3角形は

  (6,6,6) → 正三角形

  (4,8,8) → 直角二等辺三角形

  (4,6,12) → 30°,60°,90°の三角形

  (3,12,12)→ 30°,30°,120°の三角形

の4通りあります.このうち,30°,30°,120°の角をもつ三角形は,正三角形格子(3,6)の各面を3個の合同な三角形に分解することによってできるモザイク模様です.「麻の葉」文様と呼ばれるくり返し文様なのですが,日本では古くから装飾工芸品や寄木細工のデザインなどとして用いられていますから,ご存じの方も多いと思います.

 これらはすべて頂角のまわりで鏡像を貼り付けていって1周で鏡像群が元に戻るものですが,ここでは正三角形や頂角が(30°,60°,90°),(45°,45°,90°)の直角三角形のような頂点がすべて有理数×πで与えられるものばかりでなく,無理数×πで与えられるものを含む一般の三角形ビリヤードの周期性について考えてみます.

 鋭角三角形のビリヤード台を考えると,各辺で1回ずつ反射して常に同じ軌道をぐるぐると周り続ける巡回軌道が存在します.また,三角形の内部を2回以上回って最初の点に戻るような巡回軌道は無数に考えられます.

 三角形ビリヤードの場合,球があたる壁を中心として鏡像を貼り付けていくと,6個目の鏡像で最初の三角形を平行移動させたものが登場しますから,このことは任意の位置から特定の角度でビリヤードの球を発射させると6回壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくることができることを意味しています.

 ちょうど1周で最初の点に戻る巡回軌道はあらゆる巡回軌道のなかで最短のものであって,三角形の各頂点から対辺に下ろした垂線の足を結ぶ「垂足三角形」に限られます.

 3辺の長さ和の最小値を与える内接三角形である垂足三角形には「垂足三角形の内角は各垂線によって二等分される」という性質があります.そのため,垂線の足の位置から他の垂線の足の位置に向けてビリヤードの球を発射させると,3回壁にあたった後,最初と同じ位置・同じ角度で戻ってくるのです.

 三角形の内部を2回以上回って最初の点に戻るような巡回軌道でもこの軌道上の各辺はいずれも垂足三角形の辺と平行となります.また,四角形ビリヤードでは,四角形が円に内接し円の中心が四角形の内部にある場合,そのような四角形の内部には巡回軌道が存在しうることが知られています.

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【6】3次元ビリヤード

 それではビリヤード球が立方体の内部で各面で1回ずつ反射して,常に同じ軌道をぐるぐると周り続けることは可能でしょうか? これは可能であって,スタインハウスが発見した例は各面を3×3に分割した升目の角をイス型に巡回するものが知られています.

 また,コンウェイは正四面体において同様の巡回軌道を発見しています.それは各面の中央に正四面体の辺の1/10の長さをもつ正三角形の頂点を通るものです.

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