■5回対称性と準周期的結晶

 5回対称性を示す結晶はあり得ない−−−と少し前までは思われていたのですが,実際に5回対称性を示すものには黄鉄鉱やフラーレンC60,また,ホウ素の単体の中には変わり種がたくさんあり,正20面体上にホウ素原子が12個ずつ結合したものなどがあります.ウィルスや準結晶なども5回対称性が自然界に実在する例です.

 少し前までは自然界にあり得ないとされていた正20面体がウィルスや準結晶に実在することがわかったように,存在するのに見落としている形は案外多いのかもしれません.コラム「正多面体の木工製作(その5)」で取り上げたねじれ立方体,ねじれ12面体は他の準正多面体に較べて格段に複雑で,座標の決定や作図も容易ではありませんが,これらの多面体はそれぞれ正8面体群,正20面体群に属し,面角も古典的結晶学の規則にかなっていますから自然界に存在する可能性はあります.

 今回取り上げる「花形十二面体」にもその可能性ありかも・・・と思えるのですが,以下に中川宏さん製作の「花形十二面体」の木工模型を掲げます.Mathematica V2,V3のロゴとして双曲空間における正12面体が使われていますが,花形十二面体はそれにそっくりです.

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【1】平面充填

 まず,正多角形でない多角形による平面充填形について考えてみましょう.ただし非凸な多角形による平面のタイル張り問題は難しいので,ここでは正多角形ではない不規則な凸多角形に限ってみます.

 三角形と四角形の場合は凸でなくてもよいのですが,どんな形の三角形,四角形でも平面を過不足なく敷きつめることができます.凸六角形では本質的に異なる3つのタイプの六角形だけが平面を埋めつくします.また,凸な多角形では七角以上になるとどんな型のものもうまくいきません.

 五角形は特に興味津々です.正五角形はどうしても隙間があいてしまいますが,凸五角形では,ホームベース形も含めて,現在,14種の平面充填形が知られています.六角形に関しては3種類以外のものは存在しないことが示されていますが,五角形に関しては14種ですべてかどうかはまだ証明されていません.

 このような問題はとかくとり漏らしやすいもので,見逃されているものがあるやもしれません.1975年にはほとんど数学を学んだことのない主婦ライスが「サイエンティフィック・アメリカン」誌の記事に触発されて,五角形で平面を敷き詰めるパターンでそれまで知られていないものを3種類も発見したほどですから・・・.

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 周期的な平面充填に対して,平行移動の周期がない非周期的平面充填についても多くの研究がなされています.最初に発見された非周期的タイルの集合は20426個の原型から構成されているものでした(1966年).

 その後,より少ない原型からなるものが発見され,現在のところ,1974年にイギリスの数理物理学者ペンローズの発見した2種類の菱形を組み合わせて平面を非周期的に敷きつめるものが最も構成要素の少ないものです.ペンローズタイルと呼ばれるこの敷きつめかたは,正五角形のような5重の対称性がありますが,隙間を生じません.

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【2】空間充填

 平面上の敷き詰めに引き続いて,3次元空間の敷き詰め<結晶>についてみていきましょう.結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.

 なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは,同じ形の多角形のタイルで床を敷き詰める場合を考えると分かります.それは5角形や7角形またはそれ以上の辺数の多角形ではあり得ないし,正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.

 3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.

 ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それまで知られていた結晶格子はすべて正四面体,立方体,正八面体から導かれていたのですから,それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.

 この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.最近まで,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.

 ペンローズタイルと同様にして,2種類の菱面体(太った菱面体とやせた菱面体)でともに合同な面をもつものを用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができます.これら2種類の菱面体は各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]の黄金六面体です.黄金菱面体には2種類あり,細めで尖ったほうがacute(A6),太めで平たいほうがobtuse(O6)と呼ばれています.

 なお,1993年に,1種類の凸多面体の非周期的な仕方だけで空間全体を完全に埋めつくすことができる立体「二重プリズム」が英国の数学者コンウェイによって発見されました.その面は4個の合同な三角形と4個の合同な平行四辺形からなっていて,2個の傾斜した三角プリズムを接合したものとみなせます.「二重プリズム」のように平面全体を一種類だけで非周期的に埋めつくすことのできる図形はまだ知られていません.

[補]周期的とは平行対称性をもつもの,準周期的とは平行対称性がないもののうち,鏡映対称性あるいは回転対称性をもつもの,非周期的とは鏡映対称性も回転対称性ももたないものを指す用語です.

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【3】平行多面体による周期的空間充填

 平行多面体による3次元空間の充填を考えると,1種類による周期的充填図形すなわち平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体として,立方体,正六角柱,菱形十二面体,長菱形十二面体,切頂八面体があります.以上の5種類を併せてフェドロフ(ロシアの結晶学者)の平行多面体といいます.6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致しています.

 平行多面体による空間充填は結晶構造と深く関係していて,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類あり,そして,これから決まる本質的なディリクレ領域(ボロノイ領域)は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかないというわけです.

 これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないのですが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以です.なお,2次元格子は5種類あり,それから決まるディリクレ領域も5種類あります.

[補]平行多面体のうち正多面体と同じ対称性をもつ立体は,プラトン立体では立方体,アルキメデス立体では切頂8面体,大菱形立方8面体,大菱形12・20面体,アルキメデス双対では菱形12面体,菱形30面体があります.また,これらの平行多面体から得られるねじれ立体には,正方形からは正4面体,切頂8面体からは正20面体,大菱形立方8面体からはねじれ立方体,大菱形12・20面体からはねじれ12面体があります.

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【4】黄金菱形多面体による非周期的充填

 3次元空間の周期的充填に対して,非周期的充填には5種類の黄金平行多面体によるものが知られています.

 ケプラーは,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,対角線の比が白銀比になっている菱形を12個組み合わせてできる菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしたのですが,実はあと2つ,1885年,フェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体第2種があります.

 黄金菱形平行6面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute ,太めで平たいほうがobtuse と呼ばれていますが,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.

 これらはコクセターにより,A6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられていて,それぞれ3次元から6次元までの立方体の投影の外殻になっています.すなわち,黄金平行多面体は5種類あり,黄金菱形をある方向に平行移動させたものがA6,O6であり,それをさらに平行移動させるとB12が,続いてF20が,最後にK30が生まれます.

 したがって,A6とO6は3次元の,B12は4次元の,F20は5次元の,K30は6次元の立方体とそれぞれ同等になります.また,B12の中には2つずつのA6とO6が,F20の中にはひとつのB12と3つずつのA6とO6が(いいかえればF20の中には5つずつのA6とO6が),K30の中にはひとつのF20と5つずつのA6とO6が(いいかえればK30の中には10個ずつのA6とO6が)それぞれ入っていることになります.

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 K30は10個ずつのA6とO6でできるのですが,ところで,20個のA6でできる多面体に「花形十二面体」があります.中川宏さんに木工模型を作っていただいたのですが,桔梗の花に似た凹60面体であって,中川さんのお話では山頂を結ぶと正12面体,峠を結ぶと20・12面体,谷底を結ぶと正20面体になっているとのことです.

 すなわち,この多面体は5回対称性を有しているのですが,花弁の中心を通る軸が5回対称軸,尖った頂点を通る軸は3回対称軸,花弁の縁の窪みを通る軸が2回対称軸になっているそうです.「花形十二面体」は小川泰先生がペンローズ格子(3次元版)について研究中に見つけられて,命名された多面体とのことでまさしく「黄金の華」です.

[補]3次元の複合正多面体には5種類あります.2個の正四面体が集まるもの(ケプラーの八角星)を除く,5個の正四面体,10個の正四面体,5個の立方体,5個の正八面体が集まるものは正20面体と同じ回転対称性をもっています.5個の立方体よりなる複合正多面体に数種類の多面体を貼り合わせても「花形十二面体」ができます.

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【5】まとめ

 5回対称性をもった正多角形や正多面体は2次元平面や3次元空間を充填しません.しかし,一定の間隙を許すことにすると平面や空間を無限に連結することができます.4次元空間内で,正120胞体あるいは正600胞体を連結すると周期的にも非周期的にも無限に連結するのですが,その場合,3次元空間内への投影は3次元空間を周期的にも非周期的にも被覆することができます.なお,5次元以上の空間には5回対称性をもった正多胞体は存在しません.

 2種類の黄金平行多面体を用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができるのですが,この黄金平行多面体による充填図形の平面への投影はペンローズ・パターンと呼ばれる準周期性平面充填となります.すなわち,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.

 一般にn次元平行多胞体は1種類(あるいは何種類か)でn次元空間を周期的に充填するのですが,それを3次元空間内や2次元平面上に平行投影して適当に隠線処理すると平行多面体や平行多角形による非周期的な充填図形が得られることになります.その際,正10角形を構成する2種類の菱形で構成される準周期性平面充填をペンローズ・パターンというのですが,それに対して,正8角形を構成する2種類の菱形(正方形を含む)で構成される準周期性平面充填はアンマン・パターンと呼ばれるタイル貼りになっています.

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