■書ききれなかった形の話(その3)

 円を円と交わらない軸を中心にして3次元空間内で回転させるとトーラス(円環面)が得られる.半径bの円を半径aで回転させたトーラスの場合,

  表面積=円周長2πb×円周長2πa=4π^2ab

  体積=断面積πb^2×円周長2πa=2π^2ab^2

で表すことができる.すなわち,体積・表面積とも太さと長さの積で表せるというわけである(パップスの定理).

 円周率が2つ入っているが,この意味はトーラス面は環状に並べられた円であることにほかならない.トーラスの体積・表面積の解答を自力で見つけて感動を覚え,それが次の興味に繋がったという経験をお持ちの読者も少なくないだろう.トーラスを同心円の積層であることを自力でみつける姿勢は必要であろうし,わかるということの喜びを体験することができるのである.

 ところで,楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,トーラスの断面には4種類あることはギリシャ人によって知られ研究されていた.今回のコラムでは円環曲線に関する話題を取り上げたい.

===================================

【1】カッシーニ曲線

 2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか.

(答)はカッシーニ曲線.

  {(x+a)^2+y^2}{(x−a)^2+y^2}=c^2

  (x^2+y^2)^2−2a^2(x^2−y^2)=c^2−a^4

  r^4−2a^2r^2cos2θ+a^4=c^2

 2次の多項式f(x,y)=0すなわち楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線(4次の多項式)はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.cの変化に応じて曲線はいろいろと移り変わるのですが,前述の4種類とは凸卵形,つぶれた卵形(変曲点をもつ繭形),8の字型,2つに分かれたペアの卵形です.

 円環曲線はギリシャ人によって知られていたのですが,17世紀に再発見されました.カッシーニ(1625-1712)は偉大な天文学者で,土星にはホイヘンスの発見した衛星タイタンのそばにさらに4個の衛星があること,土星の輪には隙間があり,2個の輪からなっていることを発見しました.この隙間はカッシーニの空隙と呼ばれています.

 カッシーニはまた木星と土星が自転していることを証明したり,地球と太陽の距離を正確に測定しました.しかし,ニュートンの重力理論には反対の立場をとり,ケプラーの楕円軌道論に反対して凸卵形を提案しました.カッシーニの凸卵形はこのとき提案された4次曲線なのです.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[補]卵形線の4頂点定理

 曲線全体が常に接線の片側にあるとき,その曲線を凸閉曲線あるいは卵形線と呼びます.このことは曲率κ(s)が符号を変えないことと同値です.平面上の閉じた曲線が凸曲線であるかどうかといった大域的な形状に関する性質も,曲率という局所的に計算できる量を用いて確かめることができるというわけです.

 そして,曲率κ(s)が極大値あるいは極小値をとる点,すなわち,κ’(s)=0となる点を頂点といいます.別の言い方をすると,通常のなめらかな曲線上では曲率円は曲線の2次近似となるのですが,頂点とは曲率円が3階微分以上に過剰に近似されてしまう特別な点のことと解釈されます.

 「単純閉曲線上には頂点が少なくとも4個存在する」というのが4頂点定理です.円の場合はκ(s)は定数ですから,すべての点が頂点ということになります.また,楕円の場合は

  κ(t)=ab/(a^2sin^2t+b^2cos^2t)^(3/2)

ですから,x軸,y軸との交点だけが頂点となります.楕円の場合が頂点数が最小になるというわけです.

 4頂点定理は「単純閉曲線上に曲率円が曲線の内側にある点が少なくとも2つ,曲線の外側にある点が少なくとも2つ存在する」とさらに精密化することができます.また,球面単純閉曲線についても4頂点定理は成り立ち,その応用としてテニスボール定理「球面単純閉曲線が球面を同じ面積の領域に2分するならばその曲線は少なくとも4個の変曲点をもつ」が知られています.

===================================

【2】ベルヌーイのレムニスケート

 定数cが2定点間の距離の半分aの2乗に等しいとき,レムニスケート(連珠形あるいは双葉曲線)と呼ばれます.カッシーニの卵形線の特別な場合がレムニスケートなのですが,レムニスケートは8の字形(8を90°回転した形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2−y^2),極座標系ではr^2=2a^2cos2θとなります.

 とくに2定点を(−1/√2,0),(1/√2,0)と定めると,レムニスケートの方程式は極座標で書くとr^2=cos2θ,直交座標で書くと(x^2+y^2)^2=x^2−y^2となります.したがって,極座標による式のほうが,直交座標による式よりかるかに簡単です.極座標はベルヌーイの時代より前にもときどき使われていたのですが,極座標を広範囲に使用し,多くの曲線に適用してさまざまな性質を最初に見つけたのは,ヤコブ・ベルヌーイでした.

 レムニスケートの弧長lは

l=∫(0-r){1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)dr

=∫(0-r)2a^2/{4a^4-r^4}^(1/2)

とくに,a=1/√2とおくと,

l=∫(0-r)1/{1ーr^4}^(1/2)

となります.このようにして,ベルヌーイはレムニスケートの弧長を

f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)

u=F(z)=∫(0-z)f(x)dx

と表しました.これがレムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.

 一般に,

  f(x)=1/(P(x))^(1/2)

  F(z)=∫(0,z)f(x)dx

において,P(x)を2次の多項式とするときは対数あるいは円関数(三角関数)になりますが,P(x)が重根をもたない3次,4次の多項式の場合は,初等関数をいくら組み合わせても得られない関数が登場します.3次でも4次でもx=1/tとおけば

  dx/{x(x-a)(x-b)(x-c)}^(1/2)=-dt/{(1-at)(1-bt)(1-ct)}^(1/2)

となりますから,本質的には同じものです.また,P(x)を5次以上の多項式とするとき,当該の関数は超楕円積分,超楕円関数と呼ばれます.

 P(x)を3次,4次の多項式とするとき,F(z)は楕円積分,その逆関数F^(-1)(z)は楕円関数と命名されています.歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.F(z)の逆関数であるレムニスケートサインsl(u)を求めてみることにしましょう.

 実際に1/(1-x^4)^(1/2)を2項展開し,さらに項別積分すると

F(z)=z+1/10z^5+1/24z^9+5/208z^16+・・・

この逆関数のべき級数展開は

sl(u)=u-1/10u^5+1/120u^9+11/15600u^13+・・・

=u(1-1/10u^4+1/120u^8+・・・)

=ug(u^4)

となります.

 また,

∫(0-1)f(x)dx=1.311028・・・=ω

とおくことにしましょう.4ωがレムニスケートの全長です.すなわち,レムニスケートサインは周期4ωをもつことがわかります.円に類比すると,レムニスケートの定数(レムニスケート周率)ωは円に対する円周率πと同じ役割を演じていることになります.さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数(n=22^m+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[補]円と双葉のあいだには?

 円の4分の1周の長さを求めるのに,y=(1-x^2)^(1/2)に対し,

  ∫(0,1)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx

を計算すると,これは

  ∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx

となります.そこで

  f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)

  2∫(0,1)f(x)dx=3.141592・・・=π

となり,これをπの定義とし,完全円積分と呼ぶことにします.

  F(z)=∫(0,z)f(x)dx

は不完全円積分ですが,これから

  sinω=F^(-1)(ω),cosω=F^(-1)(π/2-ω)

と定義すると,逆正弦関数

  sin^(-1)z=∫(0,z)f(x)dx

が得られます.

 ところで,

  ∫1/(1-x^2)^(1/2)dx

は円,

  ∫1/(1-x^4)^(1/2)dx

はレムニスケートに対応していましたが,周長が

  ∫1/(1-x^3)^(1/2)dx

  ∫1/(1-r^3)^(1/2)dx

で表される曲線はどのようなものになるでしょうか?

 この円と双葉の中間に位置する幾何学的対象物は,微分方程式

  (1+(dy/dx)^2)^(1/2)=1/(1-x^3)^(1/2)

  dy/dx=(x^3/(1-x^3))^(1/2)

あるいは

  {1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)=1/(1-r^3)^(1/2)

  dθ/dr=(r/(1-r^3))^(1/2)

を満たさなければなりません.

 直交座標より極座標を考える方が自然と思えるので,極座標の方で示しますが,r^3=tとおいて微分方程式を解くと,不完全ベータ関数

  θ=1/3∫t^(-1/2)(1-t)^(1/2)dt

が得られます.しかし,これでは正体がつかめません.そこで,試行錯誤的に求めてみることにしました.

 まず,候補にあげられたのが

  r=cos(aθ)  (正葉曲線,バラ曲線)

です.この曲線では,a=1のとき,

  1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)

となります.

 これまでの結果から,

  r=cosθのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)

  r^2=cos2θのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^4)

がわかったわけですから,求める曲線は

  r^(3/2)=cos(3/2θ)

に違いありません.計算してみると,確かに

  1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^3)

が得られました.

 大ざっぱにプロットしてみたところでは,三つ葉型曲線の半分になるのですが,r^(3/2)=cos(3/2θ)がどのような曲線になるのか,各自が実際に描いてみることをお勧めします.また,この曲線が直交座標でどのように書けるか,直してみるのも面白いかもしれません.

 なお,グランディのバラ曲線:r=acosnθはn=1のとき円,n=2のとき(x^2+y^2)^1/2=2a^2(x^2−y^2)で4葉形,一般に花びらの数mはnが奇数のときm=n,nが偶数のときm=2nとなります.

===================================

【3】レムニスケートと2重周期関数

 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式exp(2πi)=1よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.複素数変数の単周期関数は,対応点を同一視することによって無限の長さをもつ円筒と見ることができます.

 いま,レムニスケート積分

f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)

u=F(z)=∫(0-z)f(x)dx

において,(強引に)xが純虚数とします.するとs=ix,ds=idxより

F(iz)=iF(z)

が得られます.この逆関数をとれば,

sl(iu)=isl(u)

これより,レムニスケートサインでuにiuを代入すると,レムニスケートサインは第2の周期2iωをもち,もっとも単純で非自明な2重周期関数が得られたことになります.すなわち,楕円積分の逆関数である楕円関数を複素領域に拡張すると,必然的に二重周期をもつことになるのです.

 アーベルはレムニスケートサインが複素変数の有理型関数に拡張できることを明らかにし,一変数二重周期の複素関数(一般2重周期関数),すなわち,  f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)

を満たすような関数を発見しています.レムニスケートの2重周期性は

  1-x^4=(1-x)(1+x)(1-ix)(1+ix)

より周期平行四辺形が正方形になる特別の場合に相当します.また,ヤコビの楕円関数sn(z)は,

K=∫(0-1)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)dx

L=∫(0-1)1/{(1-x^2)(1-l^2x^2)}^(1/2)dx l^2=1-k^2

とおくと,4Kと2iLの2つの周期をもっています.一般2重周期関数では,正方形・長方形は一般の平行四辺形に置き換えられます.

 なお,楕円積分を経由せずに,楕円関数を直接複素領域で二重周期をもつ有理型関数として定義することも可能です.つまり,二重周期関数の別名が楕円関数というわけです.このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが,楕円曲線は複素数射影平面(4次元)内の曲面とみたとき,ドーナツ面と同相(示性数1)でドーナツ面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,周期平行四辺形の対辺の対応点を同一視することにより,ドーナツ面が作られ,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.

===================================

【4】ヤコビの楕円関数とテータ関数

 ヤコビは第1種不完全楕円積分

f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)

ω=F(z)=∫(0-Z)f(x)dx

に対して,正弦関数をまねてF^(-1)(ω)をsnω=F^(-1)(ω)と定義し,

sn^(-1)z=∫(0-Z)f(x)dx

を得ました.また,三角関数にならって

cnω=√(1-sn^2ω),dnω=√(1-k^2sn^2ω)

と定義しました.

 関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数ですが,少し複雑な三角法と思えばよく,三角関数同様,ヤコビの楕円関数からはいろいろな加法公式を導き出すことができます.

 なお,第1種不完全楕円積分において,k→0とすると,

K(0)=∫(0-Z)f(x)dx=sin^(-1)z

k→1とすると,

K(1)=∫(0-Z)f(x)dx=tanh^(-1)z

ですから,snωはsinωとtanhωの中間に位置していることがわかります.

 実際にベキ級数展開を求めると,

snω=ω-(1+k^2)/6ω^3-(3+2k^2+3k^4)/40ω^5+・・・

が得られます.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ヤコビの楕円関数sn,cn,dnを三角関数に対応する2重周期関数とするならば,ヤコビのテータ関数は指数関数に対応する擬2重周期関数です.

 まず,テータ関数の導入と定義にあたって,複素平面上の関数で,

  (1)f(z+1)=f(z)

  (2)f(z+τ)=ω(z)f(z)

を満足するものと考えることにします.(1)はfが周期Zをもつこと,(2)はτZは周期とはならないが,それに近いものであることを意味します.リウヴィルの定理により,2重周期を有する正則な関数は定数しかないので,2重周期性を少し緩めて定数でない関数を求めようという発想です.

 これがヤコビのテータ関数θ3(z)の定義ですが,三角関数を用いると

  θ3(z)=Σq^(n^2)y^(2n)

       =1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)

とも表されます.テータ級数はベキが平方数であるような交代級数であることがわかります.

 ヤコビのテータ関数は指数関数(周期関数)に対応しているのですが,ヤコビはテータ関数を使うことによって,ヤコビの楕円関数(二重周期関数)を表すことにも成功しています.さらに,ヤコビは二変数四重周期の関数

  f(z+a+b,w+c+d)=f(z,w)

を発見しています(2変数テータ関数).

===================================

【5】可積分系とテータ関数

 微分方程式を解くことを「積分」するといいます.17世紀にニュートンが解明したケプラー運動(2次曲線)をはじめとして,三角関数で解ける調和振動子,楕円関数で解ける単純振り子,コマの運動方程式(コワレフスカヤ)など,19世紀には様々な解ける=積分できる力学系が知られていました.

 19世紀半ばにリュービルはこれらの力学系の本質が「保存量」の存在にあることを見抜き,可積分系の明確な定義を与えました.例えば,軌道に沿ってエネルギーが変化しない系(保存系)を表わす関数をハミルトン関数といい,物理の世界では運動の全エネルギーを表わすものとして有名です.力学系が保存系であるとすると,系は求積法で解けるというのがリュービルの定理というわけです.

 自由度1の系は可積分です.しかし,自由度が2以上の系は線形の体系を除き積分不可能です.多自由度系で可積分なものとしては重心を支えられた剛体の自由回転(オイラー),軸対称のコマ(ラグランジュ)がよく知られています.これらの解はテータ関数(したがって楕円関数)を用いて表すことができます.また,コワレフスカヤは新たな可積分系としてある特別な回転する剛体(コワレフスカヤのコマ)を得たのですが,この解は2変数テータ関数で与えられます.

===================================