■テニスボール定理(その2)

 どのように風が吹こうが地球上のどこかで嵐が起こっているというのが「特異点定理」である.毛の生えたボールをクシでとかしてもかならずどこかにツムジができるのである.

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【1】球面上の渦運動

 台風は典型的な球面上の渦運動であるが,球面上にいくつかの渦が発生したときにはどのような挙動を示すのだろうか? 一般に,渦が3つまでの場合は厳密に可積分である(解ける)が,4つ以上の場合は非可積分であることが証明されている.

 3次元でなく2次元の渦運動としてモデル化しているため,惑星軌道の3体問題は台風の4体問題に相当するのであろう.台風の4体問題の解軌道はカオスとして数学的に特徴づけられることになる.

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【2】ロトカ・ヴォルテラモデル(非線形現象のモデル)

 f(x1 +x2 )=f(x1 )+f(x2 )・・・・・a)

 f(cx)=cf(x)・・・・・・・・・・・・・・b)

を満足するとき,関数fは線形であるといいます.a)の重ね合わせ(加法性),b)の比例関係(斉次性)が満足されるならば,c1 ,c2 を任意の定数とする1次結合c1 x1 +c2 x2 に対し,

f(c1 x1 +c2 x2 )=c1 f(x1 )+c2 f(x2 )

は自明の理です.

 自然界の法則の大部分は微分方程式の形で表現されますが,線形と非線形の違いを簡単にいえば,非線形方程式は未知数の二乗の項を含むこと,線形方程式は一乗の項しか含まないことです.たとえば,dy/dx=yのように1次の項しかない微分方程式は解の重ね合わせが成り立つ,すなわち,解の和もその解となるので線形,dy/dx=y−y^2 のように2次以上の高次項(y^2 など)や交差項(xyなど)を含む微分方程式は解の重ね合わせの原理が成り立たないので非線形です.

 xをある生態系におけるウサギの個体数,これをエサとするキツネの個体数をyとします.それらの変化は被食者と捕食者の生存闘争モデルとして有名なロトカ・ヴォルテラ(Lotka-Volterra)の微分方程式

  dx/dt=ax−cxy

  dy/dt=−by+cxy   (a,b,c>0)

で表されます.この式は,キツネがいなければウサギは微分方程式dx/dt=axにしたがって無制限に増え,ウサギがいなければキツネは微分方程式dy/dt=−byにしたがって死滅していくと仮定し,生物種の相互作用の項をcxyとしてモデル化したものです.すなわち,個体群間の相互作用を表す交差項xyを含む非線形モデルです.

 餌食となるウサギが不足すればキツネの数は減少するが,一方,ウサギの個体数はキツネの減少のせいで増加が可能になる→ウサギの個体数がかなり増加するとキツネの個体数も増加が可能となる→キツネが大量に増えてウサギの個体数は減少するという時間経過をとることが予想されます.

 非線形項を含む3元の微分方程式の解は「カオス」と呼ばれる非常に複雑な挙動を示すことは次項で述べますが,ロトカ・ヴォルテラモデルは交差項xyを含む2元の微分方程式であって,被食者と捕食者の変化は周期的,つまりある時間がたつと初めの状態に戻る非線形現象になります.

[問]ロトカ・ヴォルテラの式で競争関係にある2種類の個体群は,平衡点のあたりで増減を繰り返す周期解をなすことを証明せよ.

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【3】ローレンツモデル(3変数の力学系)

 生態系のロトカ・ヴォルテラ方程式は2変数の力学系と考えることができますが,変数の数が3より大きい力学系に拡張することは容易なことです.地球の表面には10km程度の空気の層があり,そこでの対流は気象現象という複雑な変化を生じます.気象現象のひとつの数学モデルが,1963年,アメリカの気象学者ローレンツにより提出された対流・乱流モデル(天気予報のモデル)です.ローレンツは,天候をシミュレートするために流体の運動を簡単な3個変数を含む非線形微分方程式系(一種の三体問題)にモデル化し,非線形項を含む3次元の微分方程式の解がパラメータのある値を境に対流から乱流へと非常に複雑な挙動(カオス)を示すということを明らかにしました.

  dx/dt=−10x+10y

  dy/dt=−xz+28y−y

  dz/dt=xy−8z/3

 その研究中,ローレンツは,コンピュータを使って最初の計算のときはある数値を0.506127と入力したのですが,検算のときには0.506で打ち切ってしまいました.2本のシミュレーシュンカーブは最初のうち似通った振る舞いをしましたが,時間の経過とともに似ても似つかない結果になってしまいました.初期値はたった5000分の1程度の誤差です.すなわち,ローレンツ方程式による気象計算はパラメータの初期条件に敏感に依存し,小数点以下の数字を四捨五入するかしないかでその後の天候の移り変わりがまったく異なり,解の振る舞いは本質的にクジ運的・確率論的であることから,ローレンツはこれをバタフライ効果−−−1匹の蝶が羽ばたいたことで明日の天気が変わる可能性があること−−−と呼んでいます.

 天文学と気象学は,どちらも私たちの頭上の世界を扱っている点では共通ですが,天文学上の現象は何世紀にもわたって予測できるのに対し,皮肉なことに,明日の天気を正確に予報することですら非常に困難なのです.

 パラメータの値をほんの少しずらした力学系の定性的性質を調べる方法を摂動法といいますが,特定のパラメータの場合のローレンツ系の解軌道を描くと,3次元空間に蝶の羽根を思わせるような8の字状の非常に複雑な往復運動をし,定常状態に達することはありません.この解の軌跡はストレンジアトラクタ(奇妙な引き込み領域:アトラクタとはプロットする点がある不動の対象に引き寄せられていくときの対象を指す)と名付けられています.

 カオスには周期性がないので有限の空間に無限の軌道を描き続けることになり,これを数学らしく言い換えるとローレンツの3次元微分方程式の解はt→∞で有界ではあるが周期的でないということになります.

 気象現象のように,カオスは一見秩序的な振る舞いをしない予測不可能な振る舞いをするランダム現象のようですが,実は決定論的な方程式によって記述されていて,その解は初期値により完全に決定されているものです.言い換えれば,複数の相互作用をもっているために非常に複雑でいかなる予測も許さない無秩序に見える現象で,ランダムネスを真似た決定論的システムであるがゆえに予測不可能なものと言い換えてもよい現象です.

 変な挙動を示す場合には,その系は例外なく非線形方程式に支配されていて,初期条件のわずかな違いに敏感に反応します.線形微分方程式に相互作用を表す非線形項を一つだけつけ加えた非線形微分方程式でも数学的には解けないことが証明されていて,コンピュータによって数値解が求められます.非線形方程式の解き方の研究は最近急速に進んでいますが,一般の非線形方程式の系統的な解き方はまだ知られていません.おそらく,今後もありえないことでしょう.ただし,非線形性は応用上重要な役割を演じており,カオスに対しては状況に応じてそれに最適な規則を取りだすことさえできればうまく対応できると考えられていて,すでに種々の応用範囲も創案されつつあります.

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