■4次元正120胞体の3次元投影

 正120胞体は4次元における3次元正十二面体対応物であり,120個の胞(正十二面体)を各稜のまわりに3個ずつ集めたものである.そのプロフィールは

  境界多面体   正12面体     頂点数  600

  境界面p      5       辺数  1200

  頂点に集まる面q  3       面数  720

  辺に集まる胞r   3       胞数  120

とまとめられる.

 このように正120胞体を言葉で説明するのは易しいが,とはいっても3次元空間ではその姿を見ることはできないし,これを理解するのがいかに難しいかわかるだろう.端的にいって,人間の直観や勘が働くのはたがだか3次元空間までで,次元が大きくなるに従い,配位は非常に複雑となり,われわれが3次元空間でイメージするものとは大きく異なってくる.すなわち,高次元では幾何学的直観が効かないので,多胞体は理解するのが難しい対象ということなのである.

 4次元正120胞体を3次元空間内に直投影するには点(a,b,c,d)から点(a,b,c)だけを取り出すことになるが,そうすると3次元空間内に多面体を外殻として内部にも稜をもった立体模型として写し取られる.その際,中心には面,稜,頂点を置くこともできるのだが,ここで考えるのは面心図,線心図,点心図ではなく胞心図である.

 中心となる正十二面体の周りに扁平な十二面体(ここではα体と呼ぶことにする)を12個を互いに接するように集め,できたくぼみにもっと扁平な十二面体(β体)を20個を入れる.さらにそのくぼみに12面体(γ体)を12個を置く.これらは隙間なく密集し,中心部分にあるものほど大きく実形に近いし,外殻に近づくほど扁平になる.

 このα体は正五角形を2枚を両極に置き,その間につぶれた五角形(δ面)10枚を置いてできるちょっとつぶれた12面体,β体は両極にδ面を3枚ずつ,側面にもっとつぶれた五角形(ε面)を互い違いに6枚置いたもっとつぶれた12面体,γ体は正五角形2枚とε面10枚でできるもっとつぶれた12面体として構成することができる.

 このようにして,中川宏さんは4次元正120胞体の木工胞心模型を作られた.木工であるから折り紙で作る場合とは違って高い精度の要る仕事だと思われるが,素晴らしい出来映えにびっくりさせられた.今回のコラムでは中川さんの正120胞体模型を紹介したい.

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【1】正120胞体胞心模型の計量

 [参]石井源久・山口哲「高次元図形サイエンス」,京都大学学術出版会

によると,胞心模型の側面となる各多角形のほとんどは3次元空間内を回転する正十二面体の平面図がそのまま実形として現れる特徴をもつという.

 胞心模型は,結局,外形が正五角形12枚と扁平な六角形30枚からなる凸多面体となるのだが,実際,この扁平な六角形は正十二面体の投影図に現れる不等辺六角形であって,この六角形にはβ体とγ体が2つずつ側面を重ね合わせながら乗っていて,4つの扁平な五角形が六角形に退化したものと考えることができるのである.

 そこで,辺の長さが1の正十二面体の外形が六角形になるように2次元平面上に直投影してみると,そこにはつぶれた五角形(δ面)ともっとつぶれた五角形(ε面)が現れる.五角形ABCDEの頂点の対辺をそれぞれabcdeで表し,a=1とすると,

          δ             ε

  a 1 1

  b (42-18√5)^(1/2)/(6-2√5) (50-22√5)^(1/2)/(6-2√5)

  c (20-8√5)^(1/2)/(6-2√5) (42-18√5)^(1/2)/(6-2√5)

  d (20-8√5)^(1/2)/(6-2√5) (42-18√5)^(1/2)/(6-2√5)

  e (42-18√5)^(1/2)/(6-2√5) (50-22√5)^(1/2)/(6-2√5)

  (42-18√5)^(1/2)/(6-2√5)=0.866025

  (20-8√5)^(1/2)/(6-2√5)=0.951056

  (50-22√5)^(1/2)/(6-2√5)=0.587785

      δ     ε 

  A 180-2θ 2φ

  B θ+φ 180-(θ+φ)

  C 180-φ 90+θ

  D 180-φ 90+θ

  E θ+φ 180-(θ+φ)

ここで,

  d=(3−√5)/2,D=(−1+√5)/2

  tanθ=1−d   (θ=31.7175°)

  tanφ=D/(D−d)  (φ=69.0949°)

で与えられる.→コラム「正多面体の木工製作(その3)」参照

 これをもとにして,α体,β体,γ体のそれぞれに現れる二面角(°)を計算すると

  α体:121.717,120,108

  β体:144,120,108,90

  γ体:148.282,144,60

と求められる.

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【2】正120胞体の胞心模型は切頂菱形三十面体である

 胞心模型は,結局,外形が正五角形12枚と扁平な六角形30枚からなる凸多面体となる.いいかえると,菱形三十面体の五辺が集まる頂点だけを切り取った形である.正120胞体胞心模型は切頂菱形三十面体であるというわけであるが,この多面体は正二十面体群の対称性を有している.

 また,扁平な六角形は対角線の長さの比が黄金比1:τ

  τ=(√5+1)/2=1.618

の菱形の辺を切頂比

  1/(1+τ)=0.381966

すなわち1:τなる内分点で切り取った形である.

 これまでの中川さんとの議論の中で,頂角72°の菱形からなる菱形六面体を黄金比切頂1/τすると球に内接する八面体が得られることや対角線の長さの比が白銀比1:√2の菱形12枚からなる菱形十二面体の四辺が集まる頂点だけを切頂比2−√2で切り取ると内接球をもつ切稜立方体が得られることがわかっているが,はたしてこの切頂菱形三十面体は球に内接・外接するだろうか?

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 ところで,複合多面体とはいくつかの多面体を中心がすべて一致するように重ね合わせたもので,多面体が同じくらいの大きさならば,互いに交わったり,ある面が他の面を突き抜けたりします.

 同じ大きさの正4面体2個を重ねた場合,その外側と内側にはどのような立体ができるか考えてみましょう.上から見ても,前から見ても,横から見ても,同じ6角形に見える3次元図形を想像されますが,ところが,外側に立方体(正方形6面),内側に正8面体(正3角形8面)が正解なのです.

 立方体と正8面体,正12面体と正20面体の相貫体について考えてみると,立方体と正8面体の相貫体は,外側を菱形12面体(直交する対角線の比が1:√2の菱形12面)が,内側には立方8面体(正方形6面+正3角形8面)が入っています.正12面体と正20面体の相貫体では,外側を包む立体が菱形30面体(直交する対角線の比が黄金比になっている菱形30面),内側には12・20面体(正5角形12面+正3角形20面)という多面体が内包されているのです.(正多面体とその双対多面体との共通部分は,正8面体,立方8面体(6・8面体),12・20面体です.)

 したがって,菱形十二面体は立方体と正八面体,菱形三十面体は正十二面体と正二十面体を合成した立体ということができます.菱形十二面体の稜は立方体の対角線方向(4方向)を向いていて,対角線の長さの比が1:√2の菱形からなる12面体ですが,菱形三十面体の稜は正二十面体の6本の主対角線方向にあり,対角線の比が黄金比の菱形多面体になるというわけです.

 3種類の相貫体−−正4面体と正4面体,立方体と正8面体,正12面体と正20面体−−について調べてみると,それぞれの立体の間に双対関係があり,3種類の相貫体の外側にできる立体と内側にできる立体−−立方体と正8面体,菱形12面体と立方8面体,菱形30面体と12・20面体も互いに双対関係をもっていることがわかります.そして,これらもやはり相貫体をつくることができ,そしてまたそこに現れてくる外側と内側の立体も双対関係になっています.頂点と面に関しての双対性にはうまくできているなと感嘆させられます.自然界の法則性,自然が作るきれいな関係の1例といえましょう.

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 複合多面体の直交する2本の稜が菱形面の対角線となっていることから, 菱形三十面体は1辺の長さの比が1:τの正十二面体と正二十面体の相貫体の(菱形十二面体は1辺の長さの比が1:√2の立方体と正八面体の相貫体の)外殻となることがわかりました.

 この後の詳細は省きますが,この問題は球に内接するときの切頂比をtとすると

  at^2+bt+c=0

  a=35−15√5

  b=−20+8√5

  c=−15+7√5

なる2次方程式に帰着され,その解は

  t=1/√5=0.447214

より,正120胞体の胞心模型は球には内接せず,正五角形の頂点の方が不等辺六角形の頂点より遠いことがわかりました.

 同様に,球に内接する切頂菱形十二面体の切頂比は

  3t^2-4t+1=0 → t=1/3

と求められました.したがって,それぞれt=1/√5,t=1/3の場合は球に内接します.また,菱形三十面体,菱形十二面体は球に外接しますが,これらを切頂した場合,正五角形面,正方形面は不等辺六角形面よりも高く,切頂菱面体は球には外接しないことも計算されます.

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【3】菱形多面体

 合同な菱形だけでできている多面体について考えます.どのような菱形でも平行6面体を作ることができるのですが,この菱面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれています.以下ではこの2種類の菱形六面体を除いて考えることにします.

 ケプラーは複合多面体から菱形十二面体,菱形三十面体を発見し,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしたのですが,実はあと2つ,1885年,フェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体(第2種)があります.

 菱形三十面体からあるゾーン(菱形の連なった帯)を抜き取って押しつぶすと菱形二十面体,菱形二十面体からあるゾーンを抜くと菱形十二面体(第2種)になるので,これらは各面の対角線の長さの比が黄金比の菱形からなる一連のゾーン多面体と考えることができます.

 すなわち,黄金平行多面体は5種類あり,これらはコクセターによりA6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられています.黄金菱形をある方向に平行移動させたものがA6,O6であり,それをさらに平行移動させるとB12が,続いてF20が,最後にK30が生まれます.したがって,A6とO6は3次元の,B12は4次元の,F20は5次元の,K30は6次元の立方体とそれぞれ同等になります.

 また,B12の中には2つずつのA6とO6が,F20の中にはひとつのB12と3つずつのA6とO6が(いいかえればF20の中には5つずつのA6とO6が),K30の中にはひとつのF20と5つずつのA6とO6が(いいかえればK30の中には10個ずつのA6とO6が)それぞれ入っていることになります.

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 ここで新たな問題が派生します.正120胞体の胞心模型全体は菱形三十面体の中にピッタリはいるのですが,A6とO6をうまく切るとα体,β体,γ体が得られないものでしょうか?

 そこで,A6とO6の二面角を求めてみることにしました.鋭角(acute)m個と鈍角(obtuse)n個が集まる頂点をamonで表すことにすると,

  A6:a3=2,a1o2=6

  O6:a2o1=6,o3=2

となりますが,二面角はそれぞれ

  A6:72,108

  O6:144,36

と計算されました.

 このうち108°はα体とβ体に,144°はβ体とγ体に実現されていますから,A6とO6をうまく切るとα体,β体,γ体が得られるかもしれませんね・・・.

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