■朝鮮サイコロ・中国サイコロの数理(その4)

 以前,中川宏さんと木工模型が積み木として使えるための条件について議論したことがあるのですが,積み木を組み立てるには頂点同士を繋ぐわけではないので球に内接する必要はなく,面同士を繋ぐという観点からすると多面体のすべての面が球に外接しているということが重要であるという結論でまとまりました.

 サイコロの場合はすべての面のでる確率が等しくなる多面体ですから,

  (1)各面が同形等大

  (2)重心の高さ(各面の中心と重心との距離)が等しい

すなわち,内接球をもつということがひとつの有力な条件だと思います.

 さらに転がり運動中は辺を蝶番のようにして接地しているわけですから,内接球ばかりでなく,

  (3)中接球(稜接球)をもつ

という条件も必要と思われます.中接球は立体の中心と各辺の中点をつなぐ線を半径とする球であり,すべての辺の中点を通ります.

 このように考えると外接球はサイコロの条件にとって重要ではないということになるかもしれませんが,面のでる確率を計算するには外接球をもつ多面体が最も計算しやすいのです.(その2)(その3)では外接球をもつ中心対称な多面体を取り上げたのですが,今回のコラムでは(1)(2)(3)のような観点からサイコロとしての必要条件をもう一度見直してみることにしたいと思います.

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【1】3次元図形・概説

 13種類のアルキメデスの立体(11種類は正多面体と同じ回転対称性と鏡映対称性をもつ,2種類は正多面体と同じ鏡映対称性をもたないねじれ型)は,プラトン立体と同じ回転対称性をもちながら2種類以上の面が規則的に配列されている3次元図形です.

 正多面体(プラトン立体)は球に内接・外接しますが,準正多面体(アルキメデス立体)は球に内接するだけで外接しません.どちらも外接球を描くことができる,つまり,立体のすべての頂点が1つの球に接するようにできるわけですが,正多面体のすべての面に接するような内接球がただ1つ存在するのに対し,準正多面体ではかならず2〜3の内接球が必要になってしまいます.一方,中接球は正多面体にも準正多面体にもあります.準正多面体は外接球と稜接球をもつが内接球はないというわけです.

 また,各辺の中点を頂点とする準正多面体(切頂の深さが辺の中点にある準正多面体)に立方八面体,12・20面体があります.立方八面体の双対は対角線の長さが白銀比になった菱形十二面体,12・20面体の双対は対角線の長さが黄金比になった菱形三十面体です.これらは準正多面体の双対ですから,内接球と稜接球をもちますが外接球はありません.

 ところで,互いに平行な辺がn組ある平行多面体は,n(n−1)枚の面,

2n(n−1)本の辺,n(n−1)+2個の頂点をもちます.平行多面体による3次元空間の充填を考えると,1種類による周期的充填図形として,立方体,正六角柱,菱形十二面体,長菱形十二面体,切頂八面体があります.以上の5種類を併せてフェドロフの平行多面体といいます.

 周期的とは平行対称性をもつもの,準周期的とは平行対称性がないもののうち,鏡映対称性あるいは回転対称性をもつもの,非周期的とは鏡映対称性も回転対称性ももたないものを指す用語なのですが,3次元空間の非周期的充填には5種類の黄金平行多面体による非周期的充填が知られています.これらはコクセターにより,A6(acute),O6(obtuse),B12(Bilinsky),F20(Fedrov),K30(Kepler)と名づけられています.それぞれ3次元から6次元までの立方体の投影の外殻になっているのですが,この黄金平行多面体による充填図形の平面への投影はペンローズ・パターンと呼ばれる準周期性平面充填となります.

 なお,正10角形を構成する2種類の菱形で構成される準周期性平面充填をペンローズ・パターンというのですが,それに対して,正8角形を構成する2種類の菱形(正方形を含む)で構成される準周期性平面充填はアンマン・パターンと呼ばれるタイル貼りになっています.

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【2】サイコロの幾何学

 正多面体,菱形十二面体,菱形三十面体,六角柱のサイコロについて表にまとめると

        同形等大   内接球   中接球   外接球

正多面体     ○      ○     ○     ○

菱形十二面体   ○      ○     ○     ×

菱形三十面体   ○      ○     ○     ×

六角柱      ○      ○     ○     ○

となります.

 正多面体あるいは菱形十二面体,菱形三十面体,六角柱以外の多面体がサイコロになる条件という問題も面白いテーマなのですが,まず中川宏さん製作の朝鮮サイコロ(右)・中国サイコロ(左)のレプリカを掲げます.

 中国サイコロは内接球をもつ切稜立方体で,球に内接はしないが外接します.しかし,三角形面がでない準正多面体[3,4,4,4]とみなすことによって,18枚の正方形面をもつ準正多面体的なサイコロと考えることができます.それに対して,朝鮮サイコロは内接球をもつ切頂立方体であって,四角形面が接地している場合と六角形が接地している場合の重心の高さは同じなのですが,四角形面と六角形面の面積は異なります.

 このことを表にすると

        同形等大   内接球   中接球   外接球

中国サイコロ   ○      ○     △     △

朝鮮サイコロ   ×      ○     ×     ○

となります.

 以上により,朝鮮サイコロは最も風変わりなサイコロという言い方が可能です.逆にいうと内接球と外接球を有する多面体という特異な特徴を有しているといえるわけです.

 内接球と外接球について未整理の状態のまま少し書きますが,正多面体では双方とも存在します.また互いに双対な両者に共通なものとして,稜接球も考えられます.稜接球は準結晶(準周期的充填)がらみで重要になるものと思われます.

 準正多面体は外接球と稜接球をもつが内接球はない,それに対して,準正多面体の双対は,双対のものでは立場が入れ替わるのだから内接球と稜接球をもつが外接球はないと考えることができます.

 さて,一般の多面体となると内接球や外接球は存在するのが稀ですが,それでも与えられた球に対して作ることを考えれば,球面上に勝手に点を打って接平面を作っていけば内接球をもつ多面体は作れます.一方,外接球にすべく,勝手に取った点をつないで線は引けても,面を構成するには相手を選んで線を引かねばならないし,逐次的に行くのも大変です.朝鮮サイコロは2つの球に対して一方は内接,他方は外接するという極めて稀な存在であって,ほかにこのような多面体があるのかどうか正直の所わかりませんでした.

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【3】積み木についての補足

 積み木の問題は,空間充填の問題と密接に関係しています.1種類のn次元正多胞体によるn次元空間の充填について考えてみますが,まず2次元平面上における充填では,正方格子(4,4),三角格子(3,6),六角格子(6,3)の3種類あります.3次元空間では3次元立方格子(4,3,4)のみですが,4次元空間では4次元立方格子(4,3,3,4),正16胞体格子(3,3,4,3),正24胞体格子(3,4,3,3)の3種類となります.5次元以上のn次元空間ではn次元立方格子(4,3^(n-2),4)のみとなります.5次元以上のn次元空間には正五角形や正十二面体に相当する5回対称性をもった正多胞体は存在しません.

 2種類以上のn次元正多胞体によるn次元空間の充填となると,2次元平面上における平面充填図形(アルキメデスのタイル貼り)は8種類あります.カゴメ格子は正三角形と正六角形が互いに隣接した周期的な格子で,竹細工の篭の結び目にみられることからその名前が由来しています.カゴメ格子は,日本人が最も愛好した文様のひとつですが,ちなみにカゴメは世界でも通用する呼び名とのことです.3次元空間の空間充填図形は正四面体と正八面体(1:1)の組合せのみで,この4次元版は正16胞体格子(3,3,4,3)に相当します.5次元以上のn次元空間にはこのような空間充填図形は存在しません.

 アルキメデスの立体による3次元空間充填図形としては,3次元空間において立方格子を作り,そのあと各頂点の周りを切断していくことによってつくることができます.同様に,4次元空間の場合は4次元立方体,正16胞体,正24胞体による空間充填を考えたあと,頂点周りを切断していきます.ところが,中川宏さんの切稜立方体による積み木を考えると

  (1)切頂ではなく,切稜であること

  (2)立方格子ではなく,菱形十二面体格子であること

などが新奇な点であって,私にとっては衝撃的な多面体だったのです.

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