■統計力学序説

 n個の箱にr個の玉を入れる問題を考えます.箱を空間の小領域,玉を気体の分子と見立てて,ボルツマンは統計力学(Maxwell-Boltzmann統計)を構成しました.MB統計では箱も玉も区別でき,箱には玉が何個もはいると考えます.その場合の数は1つの玉の入れ方がn通りで,玉がr個ですから全部でn^r通りの入れ方があります.しかし,このように考えると,黒体輻射の実験がどうしてもうまく説明できませんでした.

 そこで,量子力学の世界では、粒子(玉)はひとつひとつ区別できないと考えます。箱の区別はできるが玉の区別がつかないと仮定すると,n個の箱に区別できないr個の玉を入れる入れ方は重複組合せnHr通り=n+r-1Cr通りあることになり,新たな統計力学が構成されます.この統計力学はBose-Einstein統計と呼ばれ,光子や中性子がうまく当てはまります.BE統計にしたがう素粒子はボゾン(boson)と呼ばれます.

 さらに,箱も玉も区別できず,そのうえ1つの箱には玉は1つしか入らないものとするパウリの排他則を仮定すると重複のない組合せnCr通りとなり,Fermi-Diracの統計が得られます.FD統計にしたがう素粒子に電子や陽子があり,それらはフェルミオン(fermion)と総称されます.

 ひとつの状態あたりの粒子数の分布は,

[1]MB統計・・・1/exp(x)

[2]BE統計・・・1/(exp(x)−1)

[3]FD統計・・・1/(exp(x)+1)

で表されます.

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 熱せられた物体からはさまざまな波長の電磁波が放射され,それは熱放射と呼ばれます.どのような波長の電磁波がどんな強さででてくるのか,これを熱放射のスペクトルといいます.エネルギーの量子化の概念は,熱放射に関連してプランクが提唱したのですが,これをきっかけにして量子力学の概念が体系化されたことはあまりにも有名です.あらためて,そのエピソードを記述してみます.

 1893年,ウィーンは物体の温度と放射される電磁波の波長の積は一定になるという関係を導きました.さらに,1896年,熱放射のエネルギーを式を物体の温度と放射される電磁波の波長の関数として分布式を計算しましたが,この分布式は長波長側(赤外線領域)で実験結果と食い違っていることが判明しました.一方,イギリスのレイリーとジーンズの式は,波長の長いところでは実際のスペクトルとよくあうのですが,短い波長に対しては計算したエネルギーの強度は際限なく大きくなってしまい,まったく実験とあわないのです.

 そこで,プランクは早速見直しにとりかかり,全波長領域にわたって測定結果と一致する式を導出することに成功したのです(1900年).プランクは式を導出する過程で熱放射のエネルギーは不連続の値を取るという条件を設定したのですが,このような条件を設定しないと,計算の途中で式が無限大に発散するからです.これがエネルギー量子仮説ですが,プランクは自分の息子に「私はニュートンに匹敵する発見をしたらしい」と語り,量子仮説の重大さを訴えたことが伝えられています.

 熱放射に関するプランク分布は,数学的にみるとゼータ関数・ガンマ関数と関連しています.プランク分布の確率密度関数

f(x)=cx^3/[e^x-1] c=1/[Γ(4)ζ(4)]=15/π^4

は物理的には3種類ある統計力学のひとつ:BE統計の代表的な現象を表す分布として知られています.

 ガンマ分布と似ていますが,分母から1を引いた式になっていることがミソとなって,ゼータ関数が登場してきます.また、分母から1を引いた形は無限等比級数

1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)

を思い起こさせますが,実はそれがhνの整数倍nhνと深く関係するエネルギーの和であることを示しているのです.ベルヌーイ数{Bn}の指数型母関数x/[e^x-1]と非常によく似た形で与えられるといったほうがわかりやすいかもしれません.

 この分布をさらに拡張させると,一般化プランク分布が得られます.その確率密度関数は,以下の式で表されます.

f(x)=cx^n/[e^x-1] c=1/[Γ(n+1)ζ(n+1)]

このように,一般化プランク分布にはゼータ関数やガンマ関数が出現しますが,上記のプランク分布は3次元(n=3)の場合に相当します.また,2次までの積率は

μ1'=(n+1)ζ(n+2)/ζ(n+1)

μ2'=(n+1)(n+2)ζ(n+3)/ζ(n+1)

となりますが,さらに高次の積率は

integral(0,∞)x^n/[e^x-1]=Γ(n+1)ζ(n+1)

から求めることができます.

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 関数f(x)としてsinxやxの無限積分を考えると前者は不定,後者は発散してしまいます.一方,これらの関数にexp(-x)を掛け合わせたf(x)exp(-x)を無限積分すると収束します.x>0のとき,ガンマ関数

  Γ(s)=∫(0-∞)x^(s-1)exp(-x)dx

の存在が知られているルーツにもこのような理由があるからです.

 すなわち,exp(-x)は無限積分において不定や発散する関数を収束させる働きをもっていることが理解されます.このことより,exp(-x)の代わりにもうひとつの変数sを含んだexp(-sx)を考え,

  F(s)=∫(-∞-∞)f(x)exp(-sx)dx

とおくと,無限積分の後,xの関数はsの関数に変換されます.この操作をラプラス変換と呼びます.

 ラプラス変換において変数sは複素変数であり,フーリエ変換はラプラス変換におけるパラメータsの実部が0である場合に相当します.応用面でいうと,フーリエ変換の理論はそれがつくられた時点から物理現象を説明するための手段でしたし,現在でもさまざまな工学分野,CTスキャンなどの医療分野になくてはならない理論になっています.なぜフーリエ変換がCTスキャンなど医療用画像にとって重要なのかというと,短い周期をもつ成分(高調波成分)を無視してもとの図形を再現しても,その周期に対応した微細な構造が失われるだけで,再現された画像に大して悪影響はないということに起因しています.

 また,関数f(x)に対して,積分

  h(s)=∫(0-∞)x^(s-1)f(x)dx

が存在するとき,これを関数f(x)のメリン変換といいます.exp(-x)のメリン変換はガンマ関数Γ(s)であることより,ガンマ関数の定義も1種のメリン変換ですし,また,メリン変換において,xをexp(-x)に置き換えれば1種のラプラス変換になっていることがわかります.

 ガンマ関数の定義式より

  ∫(0-∞)x^(s-1)exp(-nx)dx=Γ(s)n^(-s)

ですから,ディリクレ級数Σann^-sについて

Σann^-s=1/Γ(s)∫(0,∞)(Σanexp(-nt))t^(s-1)dt

が得られます.

 この式は,ディリクレ級数f(s)=Σann-sと同じ係数をもつベキ級数F(z)=Σanz^nは,メリン変換

  f(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)F(exp(-t))t^(s-1)dt

によって互いに結ばれていることを意味します.

(例)ζ(s)=Σ1/n^sにおいてF(exp(-t))=Σexp(-nt)=1/(exp(t)-1)

φ(s)=Σ(−1)n-1/ns=(1-2^(1-s))ζ(s)において

F(exp(-t))=Σ(−1)n-1exp(-nt)=1/(exp(t)+1)

L(s)= 1/1s −1/3s +1/5s −1/7s +・・・

においてF(exp(-t))=1/(exp(t)+exp(-t))

 したがって,

Γ(s)ζ(s)=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx

Γ(s)ζ(s)(1-2^(1-x))=∫(0-∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx

L(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)t^(s-1)/(exp(t)+exp(-t))dt

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