■ヒーウッドの公式について

 今回のコラムのテーマは,種数gの閉曲面上の地図の彩色数に関するヒーウッドの公式(必要条件)の導出です.

 コラム「オイラーの公式と四色定理」で取り上げた種数gのトーラスの彩色数に関するヒーウッドの公式

  H(g)=[{7+√(1+48g)}/2]  [・]は切り捨て関数

は√gのオーダーになっていて,2次不等式

  x^2−7x+12(1−g)≧0

の解となっていることが見てとれます.皮肉なことにg=0を代入するとx≧4になりますが,これはもちろん「四色問題の解」ではありません→[補].

 この公式の導出を試みたのですが,単に「どの領域も少なくともp個の領域で囲まれている」と仮定し,オイラーの公式

  v−e+f=2−2g

に代入して矛盾を引き出すという方法では何度も同じ公式の周りをたらい回しにされたあげくヒーウッドの公式に近づくことができませんでした.

 種数gのトーラス上の地図において,どの領域も少なくともp個の領域で囲まれていると仮定すると

  pf≦2e

また,このような問題を解くにあたっては,すべての交点で3本の境界線が会している地図だけを考えればよいので,

  3v≦2e

これらをオイラーの公式に代入すると

  v−e+f≦2/pe−e+2/3e=e(2/p−1/3)

これが矛盾を引き起こすためには

  e(2/p−1/3)<2−2g

でなければなりませんが,どうしてもgの2次式に帰着されないのです.目敏い人ならこの議論が堂々めぐりの論理(トートロジー)であることに気づかれたことでしょう.pをgによって定義し,gをpによって定義しているからです.

 それで,一松信先生にお伺いしたところ,もう少し積極的にp色必要という条件を使って,上記の2次不等式を導く必要があるとのことでした.また,ヒーウッドの公式はたいていの2次閉曲面について正しい彩色数を与えますが,クラインの瓶(g=0,向き付け不能)だけは6色必要であるという例外です.本来のトーラス(g=0)も隣接する領域が6個ある場合が例外で,それがなければ6色で彩色可能といった事実が知られているそうです→[補].なお,十分性のリンゲルとヤングスの研究は単行本になって出版されておりますが,非常に多くの場合分けしてひとつひとつ調べるという手法だそうです.

 以下,

  H(g)=[{7+√(1+48g)}/2]

と同値な

  H(χ)=[{7+√(49−24χ)}/2]

について,一松信先生よりご教示された証明を紹介いたします.

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【1】目標

 面上の多角形分割で,面数F,頂点数V,辺数Eとするとき,オイラー標数

  χ=F+V−E・・・・・・・(1)

の閉曲面(向きづけられるか否かは不問)上の地図は,辺で境される国を別の色で塗るという条件下において,ヒーウッドの数

  H(χ)=[{7+√(49−24χ)}/2]  ([・]は切り捨て)

色あれば塗り分けられる(十分条件).

[注1]この公式は本来χ<0の場合にのみ有効である.ただし結果的にχ=1(射影平面)とχ=0で向きづけられる曲面(輪環面)では必要十分な正しい値(それぞれ6と7)を与える.χ=2(球面)のときには4を与えるが,これは「偶然の一致」であって四色問題の解ではない(∵上の公式を導くときχ<0という条件を本質的に使っている).

[注2]これは十分条件であって,必要条件(どうしてもそれだけの色がいる)ではない.結果的にはχ=0で向きづけられない曲面(クラインの瓶)以外の曲面ではすべて正しく必要十分な色数を与えている.クラインの瓶は唯一の例外で公式の値は7だが,実は6色で必要十分である.必要性は部分的(χの特別な値の例)には19世紀末から知られていたが,最終的にはヤングスとリンゲルとが共同研究して1968年に完全に証明された.

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【2】証明

[1]第1段階

 まず,地図を次のような標準地図に限定しても一般性を失わない.すべての頂点にはちょうど3個国が会している(4個以上が1点に会することはない).−−−それには4個以上が1点に会していたら,その点の近くに新しい1国を作って地図を修正すればよい(必要なら後にその国をつぶしてもとに戻す).

 したがって,面(国)の数をF,頂点数をV,辺数をEとするとき

  3V=2E・・・・・・・(2)

としてよい.

[注]χ=F+V−E・・・・・・・(1)

オイラー標数の定義.この基本量の値は曲面を定めれば一定であることは曲面(2次元多様体)のトポロジーの基本定理で,これは既知とする.向きづけられる場合はχ=2−2g(gはgenus(示性数,種数))であり,彩色数などと関連するのはある意味では自然な話である.

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[2]第2段階

 N色で十分であることは,F>Nのとき必ずN−1辺以下の国があることを示せばよい.(F≦NならN色で塗り分けられるのが自明である.)N−1辺以下の国があれば,一時,その国を隣接する国の1つと合併させる.そうすると辺の数が1つ減るから,Fに関する数学的帰納法によってF−1国以下の地図でよいと仮定して(N国以下なら自明)とりあえず塗り分ける.その後,もとの国を独立させたとき周りにN−1国以下しかないから,N−1色で十分なので,残った色をその国に与えればF国のときも正しい・・・という形で数学的帰納法による証明ができる

[注]互いに接するN国があるか否かは必要性の証明には不可欠だが,十分性の証明には不必要である.

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[3]第3段階

 少しわかりにくい条件だが次の補助定理を証明する.

  「オイラー標数の閉曲面上の標準地図に対して,ある正の整数Nがあり,F>Nである任意の整数Fについて,不等式

  NF>6(F−χ)・・・・・・・(3)

が成立する.」

という条件があれば,F(>N)国からなる標準地図中に必ずN−1辺以下の国がある.

証)結果を否定すると,すべての国がN辺以上だから,のべNF本以上の辺が2回数えられるので

  NF≦2E・・・・・・・(4)

である.(2)を(1)に代入すると

  χ=F+V−E=F+2/3E−E=F−1/3E

であり,

  F−χ=E/3≧NF/6

すなわち,6(F−χ)≧NFを得る.これは条件(3)の不等式と矛盾する.

系)したがって,その標準地図ではN色で塗り分けられる(第2段階の帰納法).

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[4]第4段階

 条件(3)を満たす最小のN0を求める.χの正負によって場合分けがいる.

(i)χ>0のとき,N0=6とすれば明らかである.

[注]χ=1のときには実際に6色が必要十分である.χ=0のときには6−1=5辺以下の国があるという事実は正しく,6色で十分なことが導かれる.ただしこれは不完全な結果である.ケンペの方法によって5色で十分なことが証明できる.4色で十分という四色問題はこれとは別の大問題(大定理)である.

(ii)χ=0のときN0=7が最低である.実際向きづけられるときには7色が必要十分である.

(iii)χ<0のとき(このときが本題),N≧7でなければならない.(3)を(N−6)F>−6χ>0と置き換える.N−6>だからFが大きいほど有利である.したがって,F>Nである最低のF=N+1について成立すればよい.

  (N−6)(N+1)+6χ>0

とすると,Nに関する2次不等式

  N^2−5N+(6χ−6)>0

を与える.N>0だから,この解は

  N>{(5+√(25−4(6χ−6))/2}={(5+√(49−24))/2}

を得る.

 Nは整数である(本当に大きい)から,最低の値は

  N0=[右辺+1]=[{7+√(49−24χ)}/2]

[注]具体的な数値を示すと次の通りになる.

  g(向きづけられるときのg)

  N0(ヒーウッドの数):[4]は機械的な計算(前述の注参照)

χ : 2  1  0 −1 −2 −3 −4 −5 −6 −7 −8 −9 −10

g : 2     1     2     3     4     5      6

N0:[4] 6  7  7  8  9  9 10 10 10 11 11  12

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【補】四色問題

 平面上の四色問題では,地図が平面ではなく球面上に描かれているものとすると,外部領域は他の領域と何の違いもないことになります.したがって,外部領域を塗っても塗らなくても構わないことになり,平面上の四色問題は球面上の四色問題と等価と考えることができます.

 ヒーウッドは五色定理を鮮やかに証明できても,四色定理を証明することはできませんでした.したがって,平面・球面上の四色問題よりも先に,トーラス上の地図の塗り分けには7色必要であることが証明されたことになります.

 ヒーウッドの式はgが正の数の場合にしか適用できないのですが,仮にg=0を代入するとH(0)=4となって,穴のあいていないトーラスすなわち球の表面に置かれた地図を塗り分けるために必要な色の数を正しく導き出すことができます.しかし,残念ながらこれは偶然の一致であり,ヒーウッド予想の証明から四色定理を導くことはできません.

 トーラス面上の7色問題など大きい種数gに対するヒーウッドの公式は,平面上の四色問題が証明されるよりもかなり前に証明されているのですが,種数0の場合,つまり平面的集合の場合が最も難しいという事実は注目すべき事です.

 四色問題の証明では,地図を電気回路とみなして

  4f2+3f3+2f4+f5−f7−2f8−3f9−・・・=12

の条件の下の放電(電荷の移動)に帰着させる(放電法)のですが,この手続きにはどうしてもコンピュータが必要になりました.アペルとハーケンの後も放電法の改良が続けられ,1994年,ロバートソン,サンダース,シーモア,トーマスの4人が新たな1章をつけ加えました.

 しかし,これとて基本的にはアペル,ハーケンと同じコンピュータ路線なのです.確かにコンピュータを使った証明を美しいあるいはエレガントな数学と呼ぶことはできないかもしれません.コンピュータを使わない証明にはこれまでにないようなまったく新しいアイディアが必要になると思われるのですが,そうしたアイディアは今日もなお登場していないのです.

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【補】位相幾何学的射影平面

 ゴム膜でできた長方形の4辺(または2辺)を適当に貼り合わせることを考えてみましょう.そして,長方形を時計回りに順に一周するようなラベルをつけることにします.

 すると,1組の対辺だけを向きを保ったまま張り合わせる操作はa0a^(-1)0と書くことができます.a0a^(-1)0によって円環ができあがります.a0a0すなわち1組の対辺を向きを逆にして張り合わせる操作によって,メビウスの帯ができあがります.円環の境界は2本の円周ですが,メビウスの帯の境界は1本の円周です.

 同様に,abb^(-1)a^(-1)からは球面,aba^(-1)b^(-1)からは輪環面(トーラス),abab^(-1)からはクラインの壷,ababからは射影平面が得られます.

 クラインの壷と射影平面は3次元ユークリッド空間の中では描けません.また,イメージするのは難しいのですが,射影平面はメビウスの帯と円板とを縁に沿って貼り合わせたものと同相です.

 円環,球面,輪環面は表から裏に行くことはありませんが,メビウスの帯,クラインの壷,射影平面では縁を越えることなしに曲面の裏側にたどりつきます.こういう面を向きづけ不可能な曲面といいます.

 これら6種類はすべて2次元多様体の例です.そして,コンパクトな2次元多様体はどんなものでも,円環,メビウスの帯,球面,輪環面,クラインの壷,射影平面の6つのものを適当に連結和したものと同相になることが知られています.これが2次元多様体の分類定理ですが,3次元以上の多様体に関してはこのような分類定理は存在しません.

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