■朝鮮サイコロ・中国サイコロの数理

 正多面体(すべての面が同じ正多角形で,各頂点に集まる辺の数が同じ凸多面体)は正4,6,8,12,20面体の5種類しかないことが数学的に証明されています.普通,サイコロといえば立方体ですが,正20面体のサイコロは乱数を発生させるときなどに使われます.正多面体は等方的であって各面のでる確率が同じですから乱数発生器として適しているのです.

 また,あまり知られていないのですが,菱形三十面体のサイコロ(乱数発生用?)が実際に市販されているそうです.そうなると菱形十二面体もサイコロとして(正二十面体よりも)使いやすいかもしれせんね.さらに,受験シーズンには六角柱状のサイコロ(鉛筆)が活躍してくれます.もっとも試験のときに神頼みしているようでは御利益は乏しいかもしれませんが,これも立派なサイコロです.

 ところがお隣,朝鮮や中国には一風変わったサイコロがあるようです.私はこのことを中川宏さん

  山口県山口市 中井産業株式会社

  積み木インテリアギャラリー<http://ww6.enjoy.ne.jp/~hiro-4/>

に教えて頂きました.これまで中川さんとは木工模型が積み木として使えるための条件について議論したことがあるのですが,今回のコラムで取り上げるのは積み木ではなくて,すべての面のでる確率が等しくなる多面体です.正多面体あるいは菱形十二面体,菱形三十面体,六角柱以外の多面体がサイコロになる条件というのは面白いテーマではありませんか?

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【1】朝鮮サイコロ(old Korean dice)

 朝鮮サイコロは正方形6枚と六角形(正六角形ではない)8枚の2種類の面をもつ14面サイコロです.普通の立方体のサイコロの8つの角を三角に切り落とした形(切頂立方体)です.

 コラム「切頂立方体の計量」で取り上げたことですが,

  d=3−√3=1.26715

とすると球に外接(内接球が存在)し,かつ,S^3/V^2比が最小となる14面体ができあがります.中川さんにお願いしてこの木工模型を作ってもらいました.

 この形は私にとっては目新しいものであったので,これまで知られていない形なのではと思っておりましたが,中川さんの検索で,old Korean dice(Anahbgi dice)と命名されていることがわかりました.古代朝鮮ではサイコロとして使われていたという意味なのでしょうが,ここで疑問が生まれました.この14面はでる確率が同じとは思えないのです.

 この多面体は内接球をもちますから,中心から各面までの距離は同じです.したがって,正方形面で接地しても六角形面で接地しても重心の高さは同じになります.しかし,正方形面(S4)と六角形面(S6)の面積は異なります.  S4:S6=8:9

と簡単な整数比であるのですが,六角形面の方が大きいのです.

 また,転がり運動中は辺あるいは頂点で接地していとすると,どこが接地しているかによって重心の高さの違いから転がりやすい特定の方向が生ずるのではと思われます.こうなると本当にサイコロとして使われていたのかどうかすら疑わしいのです.

 朝鮮サイコロの各面がでる確率は研究されているようです.多分,実際に転がして試しているのだと思われます.中心から各面までの距離は等しいので大まかにいって面積(立体角)に依存して各面のでる確率が決まってきますから,8:9に近い確率になるものと推察されます.また,正方形面は6枚,六角形面は8枚ありますので

  6S4:8S6=2:3

よりオーバーオールでは約2:3の確率になるはずです.

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 正方形面と六角形面の面積を等しくするためには

  a=2+√(3)

  b=-8-3√(3)

  c=8+3√(3)/2

  ax^2+bx+c=0

を満たすようなxを求めればよいのですが,これより等積切稜立方体となるための条件は

  d=(8+3√(3)-√(9+4√(3)))/(4+2√(3))=1.23325

と計算されます.

  d=3−√3=1.26715

とはあまりに微妙な差ですから見分けがつきません.

  d=3−√3=1.26715

では六角形面が出る確率が正方形面より高いことは確実ですが,

  d=(8+3√(3)-√(9+4√(3)))/(4+2√(3))=1.23325

として面積を同じにした場合,六角形面で接地した場合の重心の位置は正方形面の場合よりも高くなりますから,正方形面のでる確率がより高くなるはずです.だからといって1:1になるかどうかはわかりませんが,いずれにせよ,角の丸め方次第で,球に外接し面積も同じサイコロを作れる可能はあると思われます.

 d=3−√3は球に外接(内接球が存在)し,かつ,S^3/V^2比が最小となる14面体でしたが,切頂の度合いを変えた多面体

  立方八面体(d=1)

  切頂八面体(d=3/2)

についても調べてみましょう.立方八面体(d=1)では三角形面が接地した場合は四角形面が接地した場合より重心が高く,面積も四角形面よりかなり小さいので正方形面が接地する確率のほうが高い,一方,切頂八面体(d=3/2)では六角形面が接地した場合,重心も面積もすべて六角形面に有利なので正方形面が出る確率はかなり低いと予想されます.

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【2】中国サイコロ(old Chinese dice)

 朝鮮サイコロが切頂立方体であるのに対して,中国サイコロは切稜して作ります.コラム「切稜立方体」で取り上げたように,立方体を

  d=2(√2−1)

に切稜すると正方形6枚と六角形12枚の2種類の面をもつ18面体ができあがります.

 この18面体は内接球をもつ唯一の切稜18面体であるのみならず,S^3/V^2比が最小(すなわち,表面積の割に体積が大きい)という性質をもつ特別な切稜立方体となっています.

 また,切稜立方体の六角形面が3枚集まる頂点を三角錐状に削り取ることによって,準正多面体[3,4,4,4]ができあがります.この準正多面体には正方形面が18面ありますが,中心からの距離は等しいので正方形面がでる確率はほとんど等しくなるはずです.「ほとんど」といった理由は,このサイコロが完全には等方的といえないからです.

 ところが,この準正多面体には正方形面以外に三角形面が8面もあります.三角形面が接地した場合は四角形面が接地した場合より重心が

  H3:H4=(2√2−1):√3

と高くなり,面積も

  S3:S4=√3:4

と四角形面よりかなり小さくなるので,三角形面がでる確率は低いのですが,切稜立方体の角の三角錐を完全には削り取らずに小さな三角錐を残す(あるいは丸める)と三角形面がでないようにすることは可能です.つまり,決してでない面のあるほぼ厳密なサイコロができるわけです.

 なお,古代中国で使われたこのサイコロは「六博サイコロ」と呼ばれています.おそらく「双六」という呼び名のルーツだと思われます.最後に,中川さんによる「六博サイコロ」の木工模型を掲げておきます.

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【3】雑感

 六博の18面体サイコロは木製だそうです.また,朝鮮の双六さいころも木製に見えます.二千数百年の時を隔てているとはいえ,内接球をもつ切稜立方体と内接球をもつ切頂立方体という,いわばirregularな木製のさいころが東アジアで作られていたというのはたいへん興味深いことです.

 一松信先生に教えていただいたのですが,立方八面体,菱形十二面体,端欠八面体などは,漢字文化圏(中国,韓国,日本,ベトナム?)では魔除けの形として昔から作られているようです.サイコロに使われた例はよく知りませんが,いろいろ考証したものもあり,どの国ではどの形が好まれるのかといった比較もされているとのことでした.

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