■Gの帰還

 革新的なアイデアをもっている人は独創的で平均からはずれているがゆえに,変わり者あるいは一種のマッドサイエンティストとみなされることが往々にしてあります.以前,内心の命令に忠実に,おもしろいことがあるとなりふり構わずどんどんそっちに行っちゃうというような,私が知りうる中で最も自然科学を愛し,サイエンティストという呼び名がふさわしい研究者後藤邦彦氏について紹介しました.

 彼の通称はドクターG(http://naokihiro.hiho.jp),アミノ酸・核酸・タンパク質,そして生命の起源の研究者です.ドクターGはパスツールの「幸運は用意された心に宿る」という言葉をよく引用しますが,何事にも興味を示す奇妙な学者という意味で,親しみを込めてドクターGと愛称されているようです.

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 以前に書いたコラムで,英国の首相だった鉄の女,マーガレット・サッチャーが単分子膜の研究者であったことを紹介しましたが,ドクターGも大学院時代,生体膜の研究の没頭していました.

 彼はこわれやすくて,到底作れそうにもないと思われていた二分子膜からなる直径1ミリメートルほどの小胞(リポソーム:簡単にいえば水の中のシャボン玉のことである)を作り,それが水溶液中でいかに安定に存在しうるかを実証しましたた.このシャボン玉は水中で24時間以上も保たれたのですが,この長寿命のシャボン玉が彼に水中における疎水結合の威力を確信させることとなりました.

 ドクターGのやらんとしていることは,広い意味でタンパク質の構造のもつ意味論ですが,彼の研究の原点はこのシャボン玉にあるといえるのです.

 さらに彼はその膜にタンパク質を埋め込み,小胞中にDNAを封じ込める方法を開発して,いわば生命の原型といえるものまで作っています.(現在,リポソームにはさまざまな薬剤が封入され,医学・薬学方面で実用化されるようになった.)

 ノーベル賞を受賞した山中伸弥先生が,細胞分化に必要最小限の遺伝子だけを埋め込んでiPS細胞を作る30年以上も前には,このような研究が行われていたのです.

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 若い頃から「ノーベル賞をもらう」が口癖であったドクターGは,なにより未知の領域を解明しようという強い意志と実行力をもっているところがすばらしい・・・還暦にもなりなんとする年齢で,アメリカにポストを得て渡米,しかし,その後年齢を重ね,米国研究費の獲得が難しくなると,ときどき日本に帰還しては国際研究費の獲得をめざしているようです.

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