■正多面体の木工製作(その4)

 これまで中川宏さんが木工製作した立体図形は,正多面体5種と準正多面体のうち「ねじれ立方体」「ねじれ12面体」を除く11種,その双対として菱形十二面体という取り合わせになっています.さらに欲をいえば菱形30面体がほしいところです.そこでまた中川さんにお願いして菱形30面体に挑戦してもらうことになりました.

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【1】菱形三十面体

 ケプラーは菱形多面体の2つの例を知っていました.1つは対角線の長さの比が1:√2の合同な菱形を12枚張り合わせたものです.もう一つは対角線の比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]になっている菱形を30枚張り合わせたものです.これらはそれぞれ菱形十二面体,菱形三十面体と呼ばれます.

 ところで,複合多面体とはいくつかの多面体を中心がすべて一致するように重ね合わせたもので,多面体が同じくらいの大きさならば,互いに交わったり,ある面が他の面を突き抜けたりします.

 同じ大きさの正4面体2個を重ねた場合,その外側と内側にはどのような立体ができるか考えてみましょう.上から見ても,前から見ても,横から見ても,同じ6角形に見える3次元図形を想像されますが,ところが,外側に立方体(正方形6面),内側に正8面体(正3角形8面)が正解なのです.

 立方体と正8面体,正12面体と正20面体の相貫体について考えてみると,立方体と正8面体の相貫体は,外側を菱形12面体(直交する対角線の比が1:√2の菱形12面)が,内側には立方8面体(正方形6面+正3角形8面)が入っています.正12面体と正20面体の相貫体では,外側を包む立体が菱形30面体(直交する対角線の比が黄金比になっている菱形30面),内側には12・20面体(正5角形12面+正3角形20面)という多面体が内包されているのです.(正多面体とその双対多面体との共通部分は,正8面体,立方8面体(6・8面体),12・20面体です.)

 したがって,菱形十二面体は立方体と正八面体,菱形三十面体は正十二面体と正二十面体を合成した立体ということができます.菱形十二面体の稜は立方体の対角線方向(4方向)を向いていて,対角線の長さの比が1:√2の菱形からなる12面体ですが,菱形三十面体の稜は正二十面体の6本の主対角線方向にあり,対角線の比が黄金比の菱形多面体になるというわけです.

 3種類の相貫体−−正4面体と正4面体,立方体と正8面体,正12面体と正20面体−−について調べてみると,それぞれの立体の間に双対関係があり,3種類の相貫体の外側にできる立体と内側にできる立体−−立方体と正8面体,菱形12面体と立方8面体,菱形30面体と12・20面体も互いに双対関係をもっていることがわかります.そして,これらもやはり相貫体をつくることができ,そしてまたそこに現れてくる外側と内側の立体も双対関係になっています.頂点と面に関しての双対性にはうまくできているなと感嘆させられます.自然界の法則性,自然が作るきれいな関係の1例といえましょう.

 菱形30面体は20・12面体の双対立体であり,20・12面体は既に(その2)でできているわけですから,それを切頂すれば菱形30面体ができあがるはずです.しかし,話はそう単純ではありません.

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【2】菱形三十面体の木工製作

 実は菱形三十面体の木工製作は思っているほど簡単にはできないのですが,それを表すために中川さんのコメントを掲げます.

「菱形30面体ができました.20・12面体の双対と教わったので,20・12面体の面心を鉛筆でつなげて切りはじめるとうまくいきません.少なくとも木工では切頂法では削りすぎになり,足場を残すことができず不可能でした.

  一松信「正多面体を解く」東海大学出版会

のp107以降で確かめてみると,双対とはいっても単純なそれではなく「揚心」という操作が必要と書かれていました.木工では面を高くすることはできませんので,逆に周りの面を低くする必要があったというわけです.

 そこで,私の作り方は,まず下準備として正20面体の頂点を内接球に接するまで切頂します.するとサッカーボールよりも正5角形の少し大きい,六角形が正六角形ではない立体になります.そのうえで隣り合う六角形によって作られる稜をそれをとりまく六角形2面と正5角形2面の面心まで切稜します.」

 これに対する私のコメントなのですが「正多面体を解く」はまさに中川宏さんのために書かれたような本といってよいでしょう.

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[補]菱形多面体

 合同な菱形だけでできている多面体について考えます.どのような菱形でも平行6面体を作ることができるのですが,この菱面体には2種類(太った菱面体とやせた菱面体)あって,細めで尖ったほうがacute(扁長菱面体),太めで平たいほうがobtuse(扁平菱面体)と呼ばれています.以下ではこの2種類の菱形六面体を除いて考えることにします.

 ケプラーは複合多面体から菱形十二面体,菱形三十面体を発見し,すべての面が合同な菱形である菱形多面体は,菱形十二面体と対角線の比が黄金比になっている菱形を30個組み合わせてできる菱形三十面体以外にはないことを証明しようとしたのですが,実はあと2つ,1885年,フェドロフが発見した菱形二十面体と1960年にビリンスキーが発見した菱形十二面体(第2種)があります.

 菱形三十面体からあるゾーン(菱形の連なった帯)を抜き取って押しつぶすと菱形二十面体,菱形二十面体からあるゾーンを抜くと菱形十二面体(第2種)になるので,これらは各面の対角線の長さの比が黄金比の菱形からなる一連のゾーン多面体と考えることができます.

 各面の菱形の対角線の長さの比が黄金比1:1.618[=(√5+1)/2]の黄金六面体の場合,2つずつacute とobtuse が集まれば菱形十二面体(第2種),5つずつ集まれば菱形二十面体,10個ずつ集まれば菱形三十面体となります.このうち,菱形二十面体と菱形三十面体は5重の対称軸をもっています.

 2種類の黄金菱面体を用いて,3次元を隙間なく埋める非周期的構造を作ることができるのですが,ペンローズのタイル貼りは,三次元空間を2種類の黄金菱面体で非周期的に埋めつくしたときの平面への投影図であり,5回対称性という物質の新しい状態を2次元的に模似したものになっています.

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