■書ききれなかった形のはなし

 今回のコラムでは,最近取り上げた形の話題のなかから十分には書ききれなかったものについて補足説明を加えることにします.補足説明ですからひとつのテーマでまとまっているとはいえず,羅列的にならざるを得なかったことを最初にお断りしておきます.

 このところ,このコーナーでは2次元・3次元の形に関する話題を取り上げる頻度が高くなっています.そのため「お前はやっと高次元から2次元・3次元に回帰してきた」と知り合いから揶揄されているのですが,これまで2次元・3次元の形の話題を意識的に避けてきたのは,たとえば,ある四面体を切り刻んでから同じ底面をもつ三角柱に作りかえる,したがって立方体と分割合同になる四面体などについて,図なしに説明することは困難だからです.

 ところで,私はこのHPを自分自身を含め専門的な素養のない数学愛好者にとってわかりやすくかつ興味をそそられる内容にしたいと考えていて,その必要上いろいろな種本にあたっています.購読できればそれに越したことはありませんがそのための資本金は潤沢とはいえず,大学生協で立ち読みで済ませるもの,図書館から借り入れるものなど様々です.

 なかにはそのままそっくり引用する記事もあるので,これらの著者の皆様にはこの場を借りてお礼とお詫びを申し上げます.しかし詫びてばかりでは仕方ない,そこで宣伝の意味も込めて,今回のコラムでは

  [参]ウェルズ「不思議おもしろ幾何学事典」朝倉書店

  [参]砂田利一「バナッハ・タルスキーのパラドックス」岩波科学ライブラリー

  [参]阪本ひろむ訳「Stefan Banachの生涯」

からネタ探ししたことを申し添えておきたいと存じます.

===================================

【1】デルタ多面体

 先日,小学生の長男(小4)・長女(小2)と一緒に正三角形面だけからなる多面体を「ポリドロン」を使って作ってみました.最大1頂点に5枚ですから,面数fが4〜20までの偶数多面体ができることは簡単に証明できるのですが,f=18だけはどうやっても構成できません.→コラム「デルタ多面体の構成」

 その際,体系的にデルタ多面体を構成したという自信はあるのでので,デルタ凸多面体は8種類ありf=18は不可能であることは容易に推測できるのですが,しかし,私がトライしてみてf=18を構成できなかったというだけでは数学的な証明にはなりません.

 1942年,フロイデンタールによってこのことが証明されたとあるのですが,f=18(v=11)が十分条件を満たさないことはどのようにして証明されるのでしょうか?

 この点について一松信先生にうかがったのですが,この証明は殊の外厄介ということでした.それは凸多面体という条件がつくためなのですが,結局は頂点数11の形を分類してどのような組でも凸体にならないことを確かめるという手間を要します.

 f=18の不可能性の証明は端的にいって「あらゆる可能性を調べて凸体にならない」ことを示すような厄介な話です.オイラーの士官36人の問題の不可能性の証明などもその1例です.→コラム「群と魔方陣」

 6次のラテン方陣は存在するのに対して,6次のグレコ・ラテン方陣は不可能であることが証明されています.その証明はタリー(1903年)によってなされたのですが,全数を列挙して調べつくすというものでした.

 6次のアフィン平面は存在しないので,直交するラテン方陣が一組も存在しませんという言明は正しくなく,その証明はしらみつぶしの方法によるしかないのです.すなわち,いまだ一般的・理論的な証明はなく,不可能性の証明は根気のいるしらみつぶしによる方法によらざるをえないというわけです.(もちろん,もう少し数学的に考察して場合の数を減らし,抜けがないことを確かめる技法が要りますが・・・)

 一松先生のお手紙によりますと,どうやらf=18の不可能性を自分で考えることは難しそうですから,あとで調べてみて証明法がわかった時点で解決編を載せたいと考えています.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ところで,デルタ多面体は凸でなくてもよいとすると無限の可能性が考えられます.また,コーシーの剛性定理(1813年)より凸多面体は変形しないのですが,凸でない場合は変形する可能性があります.

 2個の重五角錐が直角に交わったようなデルタ20面体は,一方の重五角錐を押しつぶすともう一方の重五角錐が膨らむ,すなわち,変形するデルタ多面体として知られています.これを「ポリドロン」で作ってみたところ,変形する多面体となるはずだったのですが,実際には蝶番の厚みの関係で微動だにしませんでした.残念!

==================================

【2】シュタイニッツの定理

 正則とは限らない一般の多面体では

  Σpi=p1+・・・+pf=2e,

  Σqi=q1+・・・+qv=2e

となります.pi≧3,qi≧3ですから

  2e≧3f,2e≧3v

 このことから多面体は7本の辺をもつこと(e=7)は不可能であることが証明されます.

(証)e=7なる多面体が存在したと仮定すると,3f≦14,3v≦14.f,vは面,頂点の個数なので,3より大きな整数でなければならない.したがって,f=4,v=4,e=7となるが,これはオイラーの多面体定理

  v−e+f=2

を満たさないので矛盾が生じる.

 このことから

  f≧4,v≧4,e≧6(e≠7)

であることがわかりましたが,他にオイラーの多面体定理で示される制限はないのでしょうか?

  v−e+f=2,2e≧3f,2e≧3v

を組み合わせると,

  2v+2f=2e+4≧3f+4 → f≦2v−4

  2v+2f=2e+4≧3v+4 → v≦2f−4

これらはシュタイニッツの定理(1906年)と呼ばれますが,オイラー自身すでに

  f≦2v−4,v≦2f−4

という結果を知っていたようです.

 また,別の組合せ方をすると,

  3v+3f=3e+6≦2e+3f → 3f−e≧6

  3v+3f=3e+6≧2e+3v → 3v−e≧6

も得られます.

 つぎに,3次元立体では必ず頂点に結合する辺の個数が3の頂点か3角形の面をもつことを示します.n本の辺をもつfn枚の面とn本の辺が交わるvn個の頂点をもつ凸多面体について,

 i)Σnfn=Σnvn

 ii)Σf2n+1は偶数

 iii)v3+f3>0

を順に示していきます.

(証)各辺は2個の頂点をもつから,Σnvn=2E.また,各辺では2枚の面が交わるからΣnfn=2E.

(証)i)より,Σ(2n+1)f2n+1=(偶数),したがって,Σf2n+1も偶数.

(証)E=Σen,V=Σvn,F=Σfn,Σnfn=Σnvn=2E.    もしv3=0,f3=0ならば,2E=4v4+5v5+・・・≧4V.同様に,2E≧4F.これより,V−E+F≦E/2+E/2−E=0.これはオイラーの多面体定理:V−E+F=2に矛盾するから,v3,f3のうち,少なくとも1つは0でない.

 さらに,オイラーの多面体定理で示される制限からいえることとして,

  F=f3+f4+f5+・・・

  2E=3f3+4f4+5f5+・・・

  6F−2E≧12

に代入すると

  3f3+2f4+f5−f7−2f8−3f9−・・・≧12

 このことから,f3,f4,f5の少なくとも1つは0でない→多面体には3角形か4角形面か5角形面が少なくとも1つなければならない,同様に,多面体の少なくとも1つの頂点は3次か4次か5次でなければならない→すべての頂点の次数が6以上となることは不可能であり,必ず次数が5以下の頂点をもつことが導き出されます.これもオイラーが知っていた結果であるということです.

===================================

【3】長方形の正方形分割

 縦が61,横が69の長方形の正方形分割をユークリッドの互除法に基づいて正方形分割すると

  69/61=[1:7,1,1,3]→正方形領域数13

となるのですが,これは最小正方形分割ではなく,1辺の長さが

  25,36,16,9,7,2,5,33,28

の9個の正方形を使って分割できることが知られています.

  25,36,16,9,7,2,5,33,28

は正方形による有限分割をその左辺がより左にあるもの,左辺が同じ位置のものについては上辺がより上にあるものから順に示してあります.

 同じことを32×33の(正方形に近い)長方形について行うと

  33/32=[1:32]→正方形領域数32

となるのですが,面白味に欠けるうえ,1本の線で32×33の領域を縦断または横断する線分(分断線)ができてしまいます.

 32×33の長方形では,互いに異なる9個の正方形

  14,10,9,1,8,4,7,18,15

に分割する正方形分割が知られています.

 長方形の正方形分割に対して,正方形を相異なる正方形に分割することは非常に難しい問題であって,一時は不可能であるとさえ考えられていたようです.正方形の正方形分割では,たとえば,

  50,29,33,25,4,37,35,15,9,16,2,7,17,18,42,11,6,27,8,24,19

の21個の正方形からなる単純(分断線ができないこと)かつ完全(分割を構成する正方形がすべて異なる大きさであること)な正方形分割が知られています.

 この例は最小かつ唯一のものであるとのことですが,それにしてもどのようにして得られたものなのでしょうね?

===================================

【4】空間充填多面体

 コラム「正多面体は総計15種類ある」に『・・・また,対称性をもたない凸の空間充填多面体としては,38面体の例も知られているようです.』と載せたところ,先日,福島の高校教師・森義彦先生より「この38面体とはどんなものですか?」という質問が寄せられました.森先生は空間充填多面体の模型を作っておられるのですが,私にはそのことが非常にたのもしく感じられました.

  [参]ウェルズ「不思議おもしろ幾何学事典」朝倉書店

によると現在知られている最大面数の例は1980年にエンゲルが発見した38面体とのことです.この幾何学事典には18面体の図が載っているのですが,私自身これまで38面体の図は見たことはありません.

 菱形十二面体や切頂八面体はよく知られた空間充填立体ですが,空間充填可能な凸f面体すべてを決定することは現在でも未解決になっています.ちなみに現在は4≦f≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸f面体が存在することが判明しています.

 f=38に対しては1980年にエンゲルが2つの異なる38面体の存在を示したのですが,f≧39に対して空間充填凸f面体が存在するか否かはいまだ不明です.未解決問題というわけですが,f=38は2種類あるわけですから,f≧39に対しても空間充填凸f面体が存在するような気がします.はたしてこの予想は正しいでしょうか?

===================================

【5】バナッハ・タルスキーのパラドックス

 コラム「もうひとつのデーンの定理」において,バナッハ・タルスキーの定理を『1924年,バナッハとタルスキーは,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.』と紹介しました.

 バナッハ・タルスキーの定理は「選択公理」を仮定しないと証明できないのですが,

  [参]砂田利一「バナッハ・タルスキーのパラドックス」岩波科学ライブラリー

によりますと,オリジナルは1つの球を2つの球にコピーするのではなく,1つの球を分解し体積が2倍の球を構成するというものです.

 すなわち,バナッハ・タルスキーのパラドックスには2つのバージョン,もとより大きい球になるものと数が増えるものがあるわけです.

 オリジナルの定理はのちに拡張され「1つの球を2つの球にコピーする」となったことは

  [参]阪本ひろむ訳「Stefan Banachの生涯」

にもあるのですが,阪本ひろむ氏にうかがったところ,バナッハ伝本文の記述はポーランド語から英語への訳文の出来が悪いので「1つの球を2つの球にコピーする」ようにも解釈できるということでした.

===================================