■もうひとつのデーンの定理

 前回のコラムでは長方形の正方形分割に関するデーンの定理を紹介しましたが,今回のコラムでは多面体の分割に関するデーンの定理(1900年)

  「正四面体と直方体は(たとえ同じ体積をもっていたとしても)分割合同ではない.」

を紹介したいと思います.

 2つの多面体(多角形)が分割合同とは,一方を有限個の小多面体(小多角形)に分割し,それを別の仕方で寄せ集めることにより他方の多面体(多角形)ができることをいうのですが,任意の三角形は長方形と分割合同であることが証明されるので,デーンの定理は2次元と3次元の違いを際立たせていることになります.

 デーンを有名にしたこの定理は,パリの国際数学者会議(1900年)においてヒルベルトが提出した第3問題を直後に否定的に解決したものです.第3問題「分解合同・補充合同でない2つの多面体の存在を示せ」の背景には,ユークリッドの原論にみられる面積と体積の理論を幾何学の厳密な公理の上に再構成しようとしたヒルベルトのプログラム(幾何学基礎論)が潜んでいるのですが,それに対する否定的な解答がデーンの定理というわけです.

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【1】デュドニーのカンタベリー・パズル

 正三角形が4つの断片に切り分けられていて,ハトメを中心として回転させると正方形に変形するというパズルをご存知でしょうか? もちろん正三角形と正方形の面積は等しいのですが,このパズルには平面充填形(タイル張り)の理論が潜んでいることに気づけばその切り分け方を見いだすことができます.

 私はこのことをスタインハウス「数学スナップショット」紀伊国屋書店の冒頭で知ったのですが,デュドニーのカンタベリー・パズルと呼ばれているそうです.

 デュドニーのカンタベリー・パズルは「平面ハトメ返し」による分割合同なのですが,立体の2つの断片のどれかの辺を蝶番でつなぐことによって「立体蝶番返し」を考えることができます.菱形十二面体や切頂八面体はよく知られた空間充填立体ですが,実際,菱形十二面体と直方体の間の立体蝶番返し,切頂八面体と直方体の間の立体蝶番返しなど空間充填形同士の蝶番返しやそれ以外の立体蝶番返しが作られています.

[補]空間充填可能な凸n面体すべてを決定することは現在でも未解決になっている.ちなみに現在は4≦n≦38であるすべてのnに対し,空間充填可能な凸n面体が存在することが判明している.n=38に対しては,1981年にエンゲルが2つの異なる38面体の存在を示した.n≧39に対して空間充填凸n面体が存在するか否かはいまだ不明である.

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【2】等積な2つの平面図形は分解合同である

 一般に2つの多角形が等積ならば分解合同になります.このことは

(1)すべての三角形はある長方形と分解合同である

(2)等積な2つの長方形は分解合同である

ことなどから証明されます.

 任意の三角形を平行四辺形に直す→長方形に直すことは小学校の教科書にも載っている方法です.また,デュドニーのカンタベリー・パズルは正三角形をそれと等積の正方形に直す問題ですが,正五角形や正六角形を切り刻んで正方形に再構成する仕方も知られています.

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【3】デーンの定理(1900年)

 「正四面体と直方体は分割合同ではない」あるいはそのn次元版「等積なn次元正単体とn次元直方体とは分解合同にならない」ことは,二面角δがππとは通約できない,すなわち,0でない整数n1,n2に対して

  n1δ+n2π=0

が成り立たないことを使って証明されます.

 正単体の体積を求めるにあたって問題となるのはその高さなのですが,高さを求めるために,n次元正単体の頂点の座標を

  (1,0,・・・,0)

  (0,1,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・

  (0,0,・・・,1)

  (x,x,・・・,x)

とします(稜の長さが√2の正単体).

 これらの座標が与えられたとき,底面

  (1,0,・・・,0)

  (0,1,・・・,0)

  ・・・・・・・・・・・

  (0,0,・・・,1)

の重心は

  (1/n,1/n,・・・,1/n)

ですから,頂点

  (x,x,・・・,x)

との距離(高さ)Hnは,

  Hn=√(1+1/n)

で与えられることになります.

 超立方体の二面角はつねに90°ですが,正単体の2面角は,頂点(x,x,・・・,x),底面の中心on-1(1/n,・・・・,1/n),1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))の関係から

  cosδ=1/n

 分割合同であるための必要条件と空間充填形ができるための必要条件は,ほぼ同じと考えられるのですが,空間充填形ができるための必要条件は,二面角δが4直角の整数分の1であることです.

 超立方体の二面角はつねに90°ですから,これによる空間充填形は何次元でも可能ということになります→超立方体による空間充填形(4,3,・・・,3,3,4).

 一方,正単体の二面角は

  cosδ=1/n

ですから,n=2,すなわち,δ=π/3以外のときは4直角の整数分の1になりません.これは正三角形による平面充填形(3,6)に他なりません.

 このことから,n≧3のとき,等積なn次元正単体とn次元直方体とは分解合同にならないことが結論されます.また,デーンの定理から

  「同じ底面積と高さをもつ2つの三角錐は分割合同ではない.」

ことも証明されます.

 菱形十二面体と直方体の間の立体蝶番返しなどは分解合同の例ですが,多面体においては体積が等しくても分解合同でないものが存在するのです.

[補]高次元の空間充填形

 双対立方体の2面角は,たとえば,頂点(±1,0,・・・,0)と赤道面の1つの超辺の中心on-2(0,1/(n−1),・・・,1/(n−1))より,

  cosδ=−(n−2)/n

と計算されます.

 n=2のとき90°→正方形による平面充填形(4,4).n=4のとき120°→4次元正16胞体による空間充填形(3,3,4,3).また,この双対(3,4,3,3)も空間充填形ですが,その構成要素は(3,4,3)すなわち4次元正24胞体です.

 以上より,1種類の正多胞体による空間充填形をまとめると,平面充填形3種類,3次元空間充填形1種類,4次元空間充填3種類,5次元以上の空間充填形は1種類ということになります.

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【4】バナッハ・タルスキーのパラドックス

 多面体を切り貼りしても体積は変わらないのですが,曲面で囲まれた立体ということになると,もはやその常識は通用しなくなります.1924年,バナッハとタルスキーは,球を有限個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.

 このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理でいう球体とは物質としての球ではなく,空間中の点の集まり(集合)のことで,分割とは物質の分割ではなく,集合の分割のことです.

 また,球を円に代えて,平面でもバナッハ・タルスキーの定理と同じことがいえるかというとそれはできません.2次元と3次元では事情が異なっているのですが,この奇妙さの源は「体積」という概念にあるのです.

 デーンの定理やバナッハ・タルスキーのパラドックスは,平面幾何学の面積の理論には連続の公理を必要とはしないが,体積の理論を作るにはカヴァリエリの原理のような他の超越的な補助手段を採用しなければならないことを意味しています.

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【5】ジョルダン測度とルベーグ測度

 現在使われている一般図形の面積や体積に対する概念が確立したのは,そう古いことではなく,19世紀のフランスの解析学者ジョルダンが厳密な理論を作り上げました.

 さらに,1902年,フランスの数学者ルベーグは学位論文「積分・長さ・面積」を発表しました.この中で論じられていることは,19世紀までに確立されたリーマン積分とジョルダン測度の改良であり,ルベーグ測度とルベーグ積分を提唱したことになります.驚くべきことに,この20代の若者の書いた一篇の論文が20世紀の解析学を支える基盤となったのです.

 ジョルダン測度の考え方の基本は,無限を有限で近似していくものであり,これはアルキメデスが円をはじめさまざまな図形の面積を求めた取り尽くし法の発想と同じものでした.一方,ルベーグ測度の定義が最初から無限を取り込んでいるという点でジョルダン測度とは一線を画しています.

 比喩的にいえば,ジョルダン測度は砂粒を図形に充填することによって面積を測るものですが,ルベーグ測度は流体のような連続体を使って測るというものです.ジョルダンの測定器よりも性能の良い測定器を作ったわけですから,それによって測定誤差ははるかに小さくなりますが,この違いから新たに手に入れられたものはこればかりではありません.

 ジョルダン測度では,無限集合で測度0のものは存在しないことになるのでが,これは(特に確率論では)非常にまずいことになります.ルベーグ積分では,測度が0となる集合も扱うことができるので,結果として積分できる関数の量を増やすことができるのです.

 (例)ディリクレ関数

  χ(x)=1   (xが有理数のとき)

     0   (xが無理数のとき)

は,1種の病的関数であり,いかなる閉区間においてもリーマン積分は存在しない.しかし,可算集合の測度であるから,ルベーグ積分は0となる.

 これはルベーグ積分の優位性を示す有名な例なのですが,ルベーグ積分では,関数の値域を細分して積分値を求めるので,各分解における積分値が決まれば全体の積分値が決まる.一方,リーマン積分ではその保証がないので,積分可能な関数のクラスが小さくなるのです.

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【6】バナッハ伝

  [参]阪本ひろむ訳「Stefan Banachの生涯」

によると,バナッハはクラクフ(ポーランド)の公園で測度(measure)という言葉を口にしたのがきっかけで,数学者なったとの逸話があります.要約すると

  (1)バナッハは数学者になりたかったが,迷ったあげくルボフの工科大学校に進学した.

  (2)卒業後の消息は不明.世界大戦には徴兵されなかったが,道路工事をやっていたとか,ヤキェヴォ大学(クラクフ大学,コペルニクスにゆかりがある)で偽学生をしていたらしい.

  (3)その後,バナッハはすでに数学者として名をなしていたスタインハウスと遭遇,スタインハウスが解決できなかった実解析の問題を即座に解決した.

  (4)ポーランド独立後,ポーランド独自の数学を作る機運が高まり,バナッハはスタインハウスとともにツヴォフ学派の領袖となった.

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