■ソフトマテリアルの構築学(その2)

 ハードマテリアルが筋交いの数とどこに配置すべきかによって補強するのに対して,ソフトマテリアルの場合は主として細胞同士の配置によって補強していることを述べたが,もうひとつ忘れてはならない面がある.

 空間分割のひとつの例として石鹸の泡によるものがあり,昔から物理学者の研究の対象になってきた.石鹸の泡による空間分割に結びつく物理的作用はいうまでもなく表面積を極小化しようとする力(表面張力)であるから,ここでは石鹸膜を作る素材の総量を一定なものと仮定してみよう.最小の素材の下で得られるべき利得を最大にすることは商業上重要というだけでなく,物理学分野でも合目的的な構築原理である.

 ハードマテリアルの場合も,すべての格子に筋交いを入れて三角形に分割する補強をすれば堅牢な構造になるが,それでは費用が高くつく.これは生物・無生物を問わず,自然界に広くみられる.生物と無生物に関わりなく,すべての構成物に例外なく通用する物理的過程であろう.

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【1】14面体による空間分割

[1]ケルビンの14面体

 等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなる.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見した.

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[2]ウィリアムズの14面体

 f=14の単一多面体による空間分割を考えると,まず,切頂八面体とその変形,すなわち8個の六角形と6個の四角形の面をもつものがあげられる(4^66^8).これは1887年にケルビンが石鹸の泡による空間分割の力学的研究から誘導したものである.然るに,ケルビンの14面体はまったく5角形の面をもたず,理論と実際の間に大きな乖離があることになる.

 ケルビンの14面体(α14面体)は長い間空間を隙間なく分割しうる単一の多面体で,空間分割の局所条件を満足する唯一のものであると信じられてきた.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することである.ところが,曲面の存在を許せば空間分割の局所条件を満たしながら空間を隙間なく充填しうる14面体がもう1種類あることを1968年になってウィリアムズが報告している.この間,実に1世紀近い年月の隔たりがある.

 この14面体(β14面体)は8個の五角形,4個の六角形,2個の四角形の面をもつ(4^25^86^4).β14面体はα14面体の2つの[4,6,6]型頂点を連結した屋根状部分を90°回転させて[5,5,5]型頂点に組み替えたものと考えることができる.幾何学的性質の単純さはα14面体に劣るが,α14面体はまったく5角形の面をもたないから,β14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができるだろう.

 また,α型でもβ型でも空間分割の局所条件を満足し,位相幾何学的な面の数は14になる.この結論は重要である.空間分割の局所条件を満足させる多面体は14面体であり,それ以外にこの条件を満足する単一多面体は存在しないことを明確に示すからである.たとえば,12面体だけで空間分割の局所条件を満足させながら空間を隙間なく分割することは不可能なのである.

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【2】5角形面をもつ空間分割

 分割された空間から1個の多面体を分離して考えてみると,1個の頂点に3本の辺が集まり,1辺は2個の頂点を結ぶから

  2e=3v

また,オイラーの多面体定理

  v−e+f=2

により,

  v=2(f−2),e=3(f−2)

つまり,面の数fが与えられれば頂点の数vと辺の数eは一義に決まり,頂点の数は必ず偶数になることがわかる.そこで,f=14なる多面体について調べてみると

  v=2(f−2)=24,e=3(f−2)=36

 つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではないが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pf=2e,qv=2eより,その平均辺数pと平均会合面数qは

  p=2e/f=5.14・・・

  q=2e/v=3

を得ることができる.

 このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが示唆される.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致しているのである.

 以下,5角形面をもち,かつ,境界面積が最小となるつ空間充填について考えてみる.

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[1]ウィア・フェランの極小曲面

 同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何だろうかという問いに対して,ケルビンの14面体(4^66^8)は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答であったが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっている.

 もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見した.それは同じ体積の2種類の多面体による空間充填であって,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものである.

 もちろん,この12面体は正十二面体ではないし14面体もケルビンの14面体ではない.そして,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の場合と同様に辺や面には微妙な曲がりが含まれている.また,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられる.

 そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのである.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのであるが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となる.

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[2]クラスレート水和物の世界

 クラスレート水和物は小さな分子を水分子が取り囲んだかご状構造体である.メタンハイドレートはその1例で,かご状構造体として安定化する.水和物の世界では,単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4),2種類以上の多面体(曲面)の組合せによる空間充填としてはウィアの12面体・14面体の組合せ以外にも12面体(5^12)と16面体(5^126^4)の2種類の組合せ,12面体(5^12),12面体(4^35^66^3),20面体(5^126^8)の3種類の組合せが知られている.

 これらのなかで普遍的に認められるのは後3者で,それぞれ構造体T,U,Hと呼ばれている.構造体Tがウィア・フェランの極小曲面に相当するものである.ウィリアムズの14面体型(4^25^86^4)は比較的最近発見されたクラスレート水和物であって,特殊な物理的環境下でしか存在しない.

 このことから,等積空間充填多面体では5角形の頻度が最も高いと事実を窺い知ることができるだろう.それに対して,切頂八面体を含むケルビンの14面体はまったく5角形面をもたない.14面体の面のかたちについては,オイラーの多面体定理より必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが計算されるのだが,どうして5角形の頻度が高くなるのだろうか?

 理由はシンプルであると考えられる.すべての面が六角形であるような多面体は存在しない.蜂の巣状六角形タイル貼りに五角形タイルを1つ入れるとその部分が盛り上がった曲面となる.五角形タイルの数を増やしていって12枚になったところで閉じた多面体となる.すなわち,6角形面を5角形面に変換することは平面構造からから球面構造への変換に繋がる.表面積は小さく体積は大きくというわけであるが,真空中ではともかく,水中の空間分割では丸くなることが重要な物理的要請になっていると考えられる.

 このような変換によって,側面に5角形を有する効率の良い空間分割を実現しているものと想像されるのであるが,ともあれウィアの極小曲面が最も境界面積が小さな形になっているかという問題はまだ解決されていない.「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあり,それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのである.

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