■リーマン予想が解かれた!(かも・第4報)

 21世紀に残された3大問題として,リーマン予想,ポアンカレ予想,P=NP問題があげられています.ポアンカレ予想については2003年春にロシアの数学者ペレルマンが解決したというニュースが流れました.その後,証明をチェックする作業に遅れがでているものの全体としては解決の方向に向かっていることが確認されているとのことです.したがって,もっとも早く解決しそうなのはポアンカレ予想らしい・・・.

 リーマン予想に対しては,フランス生まれのアメリカの数学者ルイ・ド・ブランジュが2004年夏にリーマン予想の証明を発表しました.ルイ・ド・ブランジュは20年前にビーベルバッハ予想を解いたことで知られる数学者ですが,リーマン予想の証明については彼自身何度目かの「証明」ということで,数学界の評価はどうも「黙殺」に近いものがあるようです.

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[1]リーマン予想と量子力学の出会い

 リーマン予想(1859年)とは,リーマンのゼータ関数ζ(s)の実部が0と1の間にあり,零点の実部ははすべて1/2であるという仮説で,s=1/2という直線は,関数等式

  ζ(s)←→ζ(1−s)

の中心軸で,より対称な形で書くと

  ξ(s)=π^(-s/2)Γ(s/2)ζ(s)

に対して

  ξ(s)=ξ(1−s)

となります.

 この対称性はs=1/2の軸に関するものですが,ζ(s)の零点がs=-2,-4,・・・,-2n,とs=1/2+itの線上にあるというのが有名なリーマン予想です.この予想は一部に素数定理なども含む数学上の最大の難問であって,いまだ未解決です.また,リーマンのゼータ関数ζ(s)を指標χに関するディリクレのL関数L(χ,s)に置き換えたものが一般リーマン予想です.→コラム「素数定理の歴史」参照

 ゼータ関数の最初の複素零点は

  ζ(1/2+i14.134725・・・)=0

ですが,

  ζ(1/2+i21.022040・・・)=0

  ζ(1/2+i25.010856・・・)=0

と続きます.1903年,デンマークの数学者グラームは最初の15個の零点を示しました.もちろん実数部は1/2です.いまや,コンピュータを使って最初の1000億個の零点についてリーマン予想が正しいことが示されています.

 そして,数論は量子力学と出会うことになります.コラム「ゼータ関数の零点分布と量子カオス」ですでに紹介したように,それはヒルベルト=ポリヤ予想に端を発するのですが,1972年,アメリカの数学者モンゴメリーはs=1/2上のゼータ関数の零点の間隔分布を記述する公式を見つけました.

 リーマン仮説が成り立っていることを仮定し,ゼータ関数のj番目の零点を

  1/2+igj

と書くことにすると,ゼータ関数の零点の密度は実軸からの距離とともに対数的に増加するので,その平均間隔によって正規化

  gj~=(gjloggj)/2π

すると

  gj~〜j

すなわち,隣り合う零点の間隔は平均1となります.

 当時ベル研究所(現ミネソタ大学)のオドリズコは正規化された零点の間隔について詳細な数値計算を行い,隣り合った二つのgj~の差に関する度数分布図の結果がGUEとほぼ完璧に一致することを示しました.

 また,モンゴメリーは正規化された零点のペアに関する相関を調べ,物理学者のダイソンはそれがランダムなユニタリ行列の固有値の相関関係

  1−(sinπΔE/πΔE)^2

と同じものであることに気づきました.

 すなわち,ゼータ関数の自明でない零点の差の分布関数は

  1−(sinπu/πu)^2

という被積分関数をもっているというのですが,このような零点の分布は偶然とは考えにくく,零点虚部はある未知のエルミート演算子の固有値である可能性が強いと考えられました(モンゴメリー・オドリズコ予想).

 素数分布の研究からでてきたゼータ関数の零点と,量子力学の法則下にあるランダム・エルミート行列の固有値が一体どう関係しているのでしょうか? 零点の間隔分布がGUEのスペクトル統計に一致することが精密な数値計算により予想されたのですが,このようにランダム・エルミート行列の隣り合う固有値の間隔分布を行列の次数を無限大にして考えた理論曲線と一致したことは,数論研究者にとって衝撃的な結果でありました.

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[2]リーマン予想と量子物理学との関連

 これらのことにより,ゼータ関数の零点分布がランダム行列理論で得られる関数で表されることは予想されていたのですが,近年,ルドニックとサルナックはこれを部分的に証明したという・・・.

 このようにゼータ関数の零点を作用素のスペクトルと関連づけて解釈しようとする数論の新しい動きを総称して「数論的量子カオス」と呼ばれます.素数を周期軌道,零点を固有値と読み変えることによって,ゼータ関数が仮想的な量子系を表現していると考えることができるというのです.

 リーマン予想の証明では,このようなゼータ関数の零点が固有値となるような演算子をつきとめるというヒルベルト・ポリヤ以来の行列の固有値方面からのアプローチがあげられるのですが,フランスの数学者コンヌは,それとは逆に,量子物理のアイディアからリーマン予想を証明しようとその可能性を追求しています.コンヌのアプローチはそのような演算子を実際に構成するというものです.

 コンヌはリーマン演算子が作用する対象として非常に変わった空間を構築しました.アデールとはすべてのp進数体Qp{Q2,Q3,Q5,Q7,・・・}と実数体Rから成るのですが,それぞれに素数を内蔵していてすべての素数を備え,同時に2進数であり3進数でありかつ実数でもあるような仮想的な数体系となっています.

 コンヌは有理数体Qのアデール環AをQの乗法群Q~で割って得られる非可換空間A/Q~を基にして

  リーマン予想 ←→ A/Q~に対して跡公式が成り立つ

を示しました.

 可換と非可換座標を含む幾何学は,ボゾンとフェルミオンの量子論を古典近似しようとした物理学者たちによって発見され,コンヌの非可換幾何学も量子論に源泉をもっています.そしてそれがゼータ関数のスペクトル表現の問題にも応用できることが見いだされたのです.そして,コンヌのアプローチが有効ということになれば,リーマン予想が証明できることになり,同時に数学と量子物理学の間の驚くべき関係が証明できたということになるのです.

 リーマン予想に対する取り組みはもちろん他にもあり,デニンガーはリーマンゼータ関数ζ(s)の零点の固有値解釈をコホモロジー的枠組みから研究しています.現在リーマン予想の解決にもっとも肉薄しているのはコンヌ(フランス),デニンガー(ドイツ),ハラン(イスラエル)の3人だという説がささやかれているようです.

 大部分の数学者はリーマン予想が正しいと信じていて,いまや「リーマン予想が真であるとすれば・・・」で始まる定理が何百とあります.その一方で真偽の予断を許さない数学上の根拠もあげられていて,リーマン予想は非常に危ういところにあるとのことです.

 当たり前のことですが,リーマン予想は正しいかそうでないか,いずれかなのです.数学の調和という観点から個人的には正しいと信じていますが,どちらに転んだとしてもその影響は甚大です.

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