■切稜立方体(その4)

 もとの立方体の1辺の長さを2,正方形面の1辺の長さをdとすると

  d=2・・・・・・・・・・・・・立方体

  d=2(√2−1)・・・・・・・内接球をもつ18面体(d=2*0.4142)

  d=2(4√3−3)/13・・・等稜18面体(d=2*0.3022)

  d=0.4・・・・・・・・・・・外接球をもつ18面体

  d=0・・・・・・・・・・・・・菱形十二面体

のように,立方体の切稜によって,菱形十二面体との中間段階にある18面体はいくらでも作ることができます.

 パラメータdは0から1までの任意の値をとることができるのですが,そのなかで

  d=2(√2−1)

は,内接球をもつ唯一の切稜18面体であることのみならず,S^3/V^2比が最小(すなわち,表面積の割に体積が大きい)という性質をもつ特別の切稜立方体であることがわかりました.

 ところが,中川宏さんはこのことを意識していたわけでもないのに,なぜかたった1つの値

  d=2(√2−1)

に注目されています.私にはそのことがとても不思議に感じられたので,中川さんにメールをうってみました.

 「中川さんはd=2(√2−1)に注目した.そしてそれを作った理由を推測してみたのですが

  1.投影面が正八角形になるところから作ってみようと思った

  2.それが積み木に適していた

  3.あとでそれは球に外接する唯一の切稜立方体であることが判明した

で間違いないでしょうか? そうであれば多くのラッキーが重なって中川さんの切稜立方体の発見につながったと思われますので,誕生にまつわる話があったら教えてください.」

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【1】切稜立方体の誕生

 切稜立方体の誕生にまつわる話はご本人の口から語ってもらうのが一番ですから,中川さんの返信をそのまま掲げたることにします.

 「お話したいことはたくさんあったんですが,もう一ヶ月も続いている猛暑で,体力も限界に来ていて大変失礼いたしました.

 第三弾,第四弾も書いてくださるというお話,またびっくりさせられました.そして18面体ができたときのことを訊いてくださった方は佐藤先生が初めてです.先生が推測された1,2,3でまったくそのとおりです.何も付け加えることはないほどですが,私の口からもお話させていただきます.

 はじめてわたしが立方体の12の稜すべてを面取りしてみたのは2000年の12月でした.10月から会社で出る木の切れ端を捨てたり燃やしたりするのではなく,工作の材料として地域の人につかってもらおうという取り組みがはじまっていまして,ただ材料を並べるだけではおもしろくないので,素人でもこんなものが出来るよという見本を作ってみないかと誘われていました.

 会社はおもに木材を扱っていますが,私の部署だけは住宅の外壁ボードを加工していてふだんは木を使いません.そんなわたしがはじめて材料と使ったこともない機械を与えられたわけです.そのなかにテーブルを押して切るタイプの丸のこ盤と45度に切るための定規がありました.45度に切れるというのはわたしにはとても面白く感じられてそのへんにあった柱の切れ端をけずってみました.4箇所けずると八角柱が出来ました.それは削ってみて初めてわかったことでした.まだこっちも削れるぞと次の4箇所も削ってみました.すると見たことのないきれいな形が出来ました.おや,まだ削れると最後の4箇所も削ってみるとこんどはサッカーボールのような玉ができました.それが18面体の第一号でした.

 そんなわけですから断面が正八角形になっていたわけではありませんし,もとの柱が正六面体でもなかったのでかなりいびつなものでした.それでわたし自身は会社の日曜市にだすつもりもなかったのです.

 ところが,それをおもしろいと思った上司がほかの材料と一緒にお店に並べておいたところ,おどろいたことにそれを売って欲しい,もうひとつ作って欲しいというお客さんが現れたのです.とても信じられないようなことでした.

 それでこんどはちゃんとしたものを作らなきゃとおもって削ったときには,最初に木目の都合上隣り合う二箇所から削るのですが,そのときに削って出来たところと残ったところとが同じ寸法になるように決めました.もちろんカンで少しづつ調整するのですが・・・.いまからすればそれは8角形の隣り合う二辺の長さが同じということで,正八角形の条件になるわけですが,当時はそんなふうに意識したわけではありません.

 ともあれこの過程でわたしにとってはふたつの面白い形ができたわけですが,これらの形を使ってなにかできないかとおもって最初に着目したのは8箇所の面取りをした形を敷き詰めて立体感のある格子模様にすることでした.おなじように18面体も敷き詰めてみたのですがごてごてしていていいとはおもえませんでした.

 ひとつならきれいなのに並べるにはむいていない,でもあきらめきれないでなんとかならないものかと手にとって遊んでいるうちに自然に立体的に繋げるようになっていきました.そして両手でもてる数にはかぎりがあるのですが,お送りしたランプの底の8個の形が見えたときにこれはひょっとするとボールのようになるかもしれないと直感したのでした.そしてランプの形ができたのですが,しばらくのあいだはひとつの形と同じ大きなものが出来たんだと勘違いしていました.

 その後,これは何面体だとか,多面体だとかいうひとがでてきて,インターネットで「多面体」を検索してみたら,まあなんとたくさんの人が研究しているらしい,でも私の作っている形はみつからない,どうしてなのか?と興味をもったという次第です.

 どんなことを先生が「ラッキー」とお感じになっているのかは想像つきませんが,私自身のしてきたことでご不明の点がありましたらなんなりとご質問ください.

  山口県山口市 中井産業株式会社    中川宏

  積み木インテリアギャラリー<http://ww6.enjoy.ne.jp/~hiro-4/>」

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【2】3次元空間における球の最密充填と最疎被覆

 小生の推察したとおり,いろいろな偶然が重なり合ってこの面白い積み木ができていると思われました.この節も中川宏さんのメールから始めることにします.

 「立方体による空間充填も菱形十二面体による空間充填も結晶の世界に実在するのであれば,その中間にあたる立方体と切稜立方体による2種類の立体による空間充填も実際にあるかもしれないと思えてきました.

 2種類の物質のうち,一方が立方体の結晶のように容易に形を変えないもので,他方が隙間を埋め尽くそうとする性質をもつ物質であれば,そんなふうになるかもしれない・・・.」

 なりほど,なるほど.中川さんのおっしゃるとおり,2種類の異なる素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅとつぶすという過程を考えると,結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられます.中川さんの考案した切稜立方体で構成されている作品でも,この多面体をそれより大きい球で置き換えていったら,球は重なり合うので切除が必要になりますが,この手術をどこに施せば作品全体としての対称性が回復され,切頂八面体型や大菱形立方八面体型になるのか等々・・・.

 ところがよくよく考えると,もっと簡単な過程−−1種類の球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅとつぶすという過程−−にだっていろいろな問題があるのです.どのような問題かというと,最密充填から最疎被覆への状態移行がどのようにして行われるかというものです.

 平面の場合とは異なって,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならなりません.このような移行はどのようにしたら可能になるのでしょうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのでしょうか? 三次元の問題は一筋縄ではいかないものが多いのですが,それはそれで大いに興味深いものがあります.

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 平面充填形には正三角形格子,正方格子,正六角形格子の3種類あるのですが,平面上において,円形が互いに重なり合わないように配置したり,平面を完全に覆いつくす配置問題を考えるとき,正三角格子がきわだった役割を果たします.

 最密な円充填密度は

  d≦π/√12=0.9068・・・

最疎な円被覆密度は

  D≧2π/√27=1.209・・・

で与えられますが,等号は,円の中心が正三角格子の頂点におかれたとき,すなわち,各々の円が正六角形の頂点で6個の他の円と接している場合および切断されている場合に成り立ちます(蜂の巣型).

 一方,空間における球の配置を考えると,球の中心が面心立方格子を形成したとき,球の最密充填であることが最近証明されました(ヘール,1998年).

  d≦π/√18=0.74048・・・

 面心立方格子のボロノイ多面体は菱形12面体ですから,この意味で,菱形12面体は正6角形を3次元空間に拡張したものと見なすことができます.ケプラーは雪の結晶が正六角形をしているのはなぜかと考え,史上初めて菱形十二面体をみつけました.4次元の雪(超正六角形)はケプラーが予想したとおり菱形十二面体なのです.

 ところが,球による空間の最疎被覆は面心立方格子ではありません.面心立方格子型配置D3では

  2π/3=2.094・・・

それに対して,体心立方格子型配置D3~=A3~では

  5√5π/24=1.463・・・

とかなり小さくなることがわかります.

 球の最密充填はケプラーやガウスによって既に知られていたのですが,最疎な球被覆問題は球の中心が体心立方格子をつくるときであることが証明されたのは1954年になってからのことなのです.

  D≧5√5π/24=1.463・・・

 平面では充填配置も被覆配置も正六角形配置になっていたのですが,平面における正六角形の役割を菱形12面体がすべて引き継いでいるわけではないのです.その理由は,平面では正六角形は円に内接および外接するのに対して,菱形12面体は球に外接するが内接しない,一方,切頂8面体は球に内接するが外接しないことに起因しています.そのため,ある問題では球に外接する多面体が重要になり,別の問題では内接する多面体が重要になるのです.

 ここで先ほどの話になるのですが,たとえば,球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅとつぶすという過程を考えてみましょう.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるのですが,その場合,最密充填から最疎被覆への状態移行が問題になると思われます.ところが,平面の場合とは異なって,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならなりません.このような移行はどのようにしたら可能になるのでしょうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのでしょうか? このような意味で,最密充填配置と最疎被覆配置が異なるというのは驚くべきことなのです.

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 ところで,3種類ある平面充填形は,空間充填形の退化したものと見なされます.実際,空間充填形である立方体の断面には,正三角形,正方形,正六角形が現れることから,そのことを理解することができます.

 それと同様にして,空間への凸多面体の分割は4次元胞体の退化したものと見なされます.菱形12面体は4次元超立方体(あるいは正24胞体)の3次元空間への投影,切頂8面体は6次元超立方体の投影として得られます.

 ここで,空間を体積が等しい凸多面体で,平均表面積ができるだけ小さくなるように分割せよという問題が生じます.

 この問題はかなり長い間,菱形12面体による空間分割が解だと考えられていたのですが,これに対して,体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなります.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は切頂点八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見しました.すなわち,切頂点八面体は表面張力を最小とする空間分割構造であると考えることができるのです.

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【3】n次元における最密球充填と最疎球被覆

 現在のところ,格子状配置の中で最密球充填となることが証明されている極大格子は,以下のn≦8についてのみである.

n   ルート   格子点間距離           球充填密度

1   A1(Z)   1                1

2   A2    4√(4/3)  =1.075    0.906

3   A3    6√2      =1.122    0.740

4   D4    8√4      =1.189    0.619

5   D5    10√8     =1.231    0.465

6   E6    12√(64/3)=1.290    0.373

7   E7    14√64    =1.346    0.295

8   E8    √2      =1.414    0.254

 このうち,n=1,2,3については,非格子状配置(面心立方格子と充填密度は等しいが規則的でないもの,ダイヤモンド格子のように周期的ではあるが等方的でないもの,ペンローズ格子のように周期的でないものなど)やランダム配置を含めても最密であることが証明されている.

 また,格子Λの双対格子をΛ~,そして層状格子をΛnで表すことにすると,

  Λ1=Z=A1=A1~,Λ2=A2=A2~

  Λ3=A3=D3,Λ4=D4=D4~

  Λ5=D5,Λ6=E6

  Λ7=E7,Λ8=E8=E8~

となる.

 (証明はされていないものの)9次元以上では,10〜13次元を除き,29次元以下の最密球充填配置は層状格子Λnであることが知られている.また,30〜32次元ではQn(Quebemann格子)がΛnを上回る.

 例外となるn=10,11,13では非格子状配置であり,n=12は格子状配置K12(Coxeter-Todd格子),また,n=16,24の格子状配置は

  Λ16=BW16(Barnes-Wall格子),Λ24=(Leech格子)

と呼ばれる層状格子である.K12,Λ16,Λ24,Q32は最密球充填格子というわけである.

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 一方,最疎球被覆であることが証明されているのは,1次元Zと2次元A2の場合だけである.格子状球被覆に限れば,5次元まで証明されていて,Anの双対An~が答えである.

 そして,23次元以下ではAn~が最疎球被覆配置であることが知られている.8次元では

  A8~        Θ=3.6655・・・

  E8         Θ=4.0587・・・(π^4/24)

であるが,24次元では

  A24~        Θ=63.269・・・

  Λ24        Θ=7.9035・・・((12π)^12/12!)

となり,Λ24のほうが疎である.

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 以上のことをまとめると,

n   ルート  球充填密度

2   A2   π/2√3=0.906(ラグランジュ1773,ガウス1831)

3   A3   π/3√2=0.740(ガウス1831)

4   D4   π^2/16=0.617(Korkine,Zolotareff,1872)

5   D5   π^2/15√2=0.465(Korkine,Zolotareff,1877)

6   E6   π^3/48√3=0.373(Blichfeldt,1925)

7   E7   π^3/105=0.295(Blichfeldt,1926)

8   E8   π^4/384=0.254(Blichfeldt,1934)

n   ルート  球被覆密度

2   A2~   2π/√27=1.209(Kershner,1939)

3   A3~   5√5π/24=1.464(Bambah,1954)

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