■ダイヤモンド結晶とK4結晶(その11)

 砂田利一先生(明治大学)は,結晶学者とは全く別の視点から結晶の対称性の研究に導かれた.結晶の定めるグラフ上のランダム・ウォークの研究を行っている中で,結晶格子上をランダムに動き回ると結晶格子の空間への最も自然な入り込み方(標準的実現)がわかるというものである.

 この結果から,ダイヤモンドが備える最大対称性と強い等方性の2つの特徴をもつ結晶がほかにただひとつあることを発見(2007年).それがK4であるが,K4結晶はダイヤモンドの数学的双子(ダイヤモンド・ツイン)と考えられる.

[補]K4結晶の構造を最初に与えたのは結構学者のラーヴェある.その後何度も再発見され,そのせいもあって様々な名称が与えられている.たとえば,トリアモンド(コンウェイ,2007年).

===================================

【1】砂田の定理

 『3次元結晶格子で強い対称性と等方性をもつものはダイヤモンド格子とK4格子に限られる.』

 2次元結晶格子で強い対称性と等方性をもつものは正六角形格子のみであるが,3次元結晶格子で強い対称性と等方性をもつものはダイヤモンド格子だけではなく,K4格子も強い対称性と等方性をもつのである.

===================================

【2】グラフ理論的対応(最大アーベル被覆グラフ)

 ダイヤモンド結晶が6角形の連なりからできているのに対し,K4結晶では10員環からなる網の目がみられる.もう少し詳しくいうと,10員環の網の目からなる次数3のネットワークであり,各頂点を通る10員環が15個ある.ダイヤモンドの場合は,各頂点を通る6員環は12個ある.

 K4格子の名前の由来になったのは完全グラフK4であって,すべての2頂点が必ずひとつの辺で結ばれる4つの頂点からなるグラフのことである.正四面体の骨格を考えるとわかるが,K4格子のすべての頂点の次数は3である.数学的にはK4の最大アーベル被覆グラフの標準的実現になっている.

 以下,砂田利一先生からの受け売りでグラフ理論的対応について述べるが,六角格子は2頂点を3本の辺で結ぶグラフの最大アーベル被覆グラフ,ダイヤモンド格子は2頂点を4本の辺で結ぶグラフの最大アーベル被覆グラフ(同様に一般次元のダイヤモンド格子が定義される),したがって,六角格子は2次元のダイヤモンド格子となる.

 正方格子と立方格子も複数のループ辺をもつ1頂点からなるグラフの最大アーベル被覆グラフとなっているので次元は異なるが仲間.K4については一般に完全グラフKnを考えれば高次元の仲間ができるが,2次元には対応物がない(完全グラフK3は三角形なので,その最大アーベル被覆は1次元標準格子).

     2次元     3次元

     六角格子    ダイヤモンド格子

     正方格子    立方格子

     (−)     K3格子

 次数対応は化学的には自然に見えるが,どれが自然な対応かは見方による.砂田利一先生は結晶学者とは別の視点(グラフ理論的対応)からK4格子に着目されたのであるが,科学の発展というのは多様な側面をもつことにいまさらながら感心させられる.

===================================

【3】等方性と強等方性

 砂田利一先生の解説によると,等方性とは少々粗っぽい言い方をすれば「任意の辺の方向に結晶を眺めたとき同じ形に見える」ということです.等方性は強等方性より弱い性質であって,強等方ならば等方ですが,逆は成り立ちません.

 たとえば,立方格子は等方的ですが,強等方性はもちません.等質性を含めた意味での「強等方性」は考えうる限りの等方性の意味の中で最も強いものなのです.

 六角格子(グラフェン),ダイヤモンド,K4は強等方性をもつという意味で数学的な親戚関係にあり,それ以外に強等方性をもつものはありません.(強等方性の定義を満たす1次元結晶は標準的なものしかなく,カルバインは定義を満たしていません.フラーレンは0次元結晶と呼んでも差し支えはないと思われますが,強等方性は満たしていません.)

 等方性で2次元格子を数え上げると(病的格子を除けば)

  正方格子

  三角格子

  六角格子(これのみが強等方的)

  カゴメ格子

  3つの無限系列

となりますが,このリストから理解されるように,強等方性を緩めて等方性とすると,結晶格子のリストは大きく膨らみます.3次元の等方的結晶格子のリストは完成していませんが,おそらく大きなリストになると思われます.

===================================

【4】最大対称正と強等方性

 最大対称正と強等方性をもつ一般次元における結晶の分類は今のところ未解決である.とくに,4次元で現在知られている例は4次元ダイヤモンド(次数5)と完全2部グラフK3,3の最大アーベル被覆グラフの標準的実現(次数3)である.次数4の例は知られていない.

===================================