■群と魔方陣(その2)


 前回のコラムでは,n=4の場合の魔方陣の作り方を示しませんでしたが,まったく無関係に思える有限アフィン幾何が4次の魔方陣を作るのに役立ちます.

 

 各直線上にn+1個ずつの点があるのが「有限アフィン平面」で,nが素数または素数の累乗のとき有限アフィン平面は存在します.そして,有限アフィン平面の存在は,n−1組の互いに直交するラテン方陣の存在と同値であって,この逆も成り立ちます.すなわち

  『n次の有限アフィン平面の存在←→(n−1)個の互いに直交するラテン方陣の存在』

 

  [参]佐藤肇,一楽重雄「幾何の魔術」日本評論社

 

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【1】4次の魔方陣と有限アフィン平面F4×F4

 

 n=4のとき,積の算法をmod4での余りとすると

  ×  0  1  2  3

  0  0  0  0  0

  1  0  1  2  3

  2  0  2  0  2

  3  0  3  2  1

ですから,Z4は体にはなりません.

 

 それでは,4個の要素からなる体を導入することはできないのでしょうか?そこで,前回のコラムのように拡大体F2^2を2次のモニックな既約多項式

  x^2+x+1

について考えると,集合{ax+b|a,bはZ2の要素}は

  F4={0,1,x,x+1}

の4個の剰余類からなります.

 

 ax+bをabとして2進数表示すれば,集合としては

  F4=F2^2={00,01,10,11}={0,1,2,3}

加算はビットごとのF2の加法なので省略して,かけ算だけを示しますが,

  x^2=−x−1=x+1  (F2では−1=1)

に置き換えると

  ×   0   1   x  x+1

  0   0   0   0   0

  1     0   1   x  x+1

  x     0   x  x+1  1

 x+1  0  x+1  1   x

 

 すなわち

  ×  0  1  2  3

  0  0  0  0  0

  1    0  1  2  3

  2    0  2  3  1

  3  0  3  1  2

より,F4は4つの要素からなる体であることが確認されます.

 

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 ところで,1本の直線上にn個の点があるアフィン平面をn次のアフィン平面と呼びます.有限アフィン平面Fq×Fqは

  {(x,y)|ax+by=c,a,b,c,x,yはFqに属する}

で定義されるものです.ただし,a=b=0です.

 

 n次のアフィン平面では1点を通る直線はn+1本で,n^2個の点がありますから,全部で

  n^2(n+1)/n=n(n+1)

本の直線があります.

 

 最も簡単な有限アフィン平面はZ2×Z2で,4個の点を四面体状に結んだものです.また,n次のアフィン平面上では平行な直線はn本あり,平行な直線同士を集めた組がn+1組あります.

 

 F4×F4の場合,a=b=0ではない(a,b,c)の組は4^3−4=60通りあり,このうち3組ずつが同じ直線を表しますから,直線の数は全部で20本です.そのうち,(a,b,c)=(1,1,0)の直線l9は(x,y)=(0,0),(1,1),(z,z),(z+1,z+1)を通ります.

  0+0=0

  1+1=2=0

  z+z=2z=0

  z+1+z+1=2z+2=0+0=0

 

 また,(a,b,c)=(1,1,1),(1,1,z),(1,1,z+1)の直線l10,l11,l12はl9と(a,b)が同じでcが異なりますから平行です.このように,F4×F4には互いに平行な直線が4本ずつ5組あります.

 

 ここで,

  L0=l9,L1=l10,L2=l11,L3=l12

とおいて,

  L0が(i,j)を通るとき升目に0を入れる

 →L1が(i,j)を通るとき升目に1を入れる

 →L2が(i,j)を通るとき升目に2を入れる

 →L3が(i,j)を通るとき升目に3を入れる

を繰り返すと,ラテン方陣

  ×   0   1   z  z+1

  0   0   1   2   3

  1     1   0   3   2

  z     2   3   0   1

 z+1  3   2   1   0

が得られます.

 

 別のセット

  (L0,L1,L2,L3)=(l17,l18,l19,l20)

からも同様に,ラテン方陣

  ×   0   1   z  z+1

  0   0   1   2   3

  1     3   2   1   0

  z     1   0   3   2

 z+1  2   3   0   1

が得られるのですが,この2つのラテン方陣は直交していて,これらを組み合わせると,グレコ・ラテン方陣になります.

  [0,1,2,3] [0,1,2,3] [00,11,22,33]

  [1,0,3,2]+[3,2,1,0]=[13,02,31,20]

  [2,3,0,1] [1,0,3,2] [21,30,03,12]

  [3,2,1,0] [2,3,0,1] [32,23,10,01]

 

 この2つのラテン方陣はたまたま都合よく直交していたのではなく,n次のアフィン平面があれば,互いに直交するn−1個のラテン方陣が存在することが証明されています.

 

 そして,4進数を10進数に直すと4次の魔方陣となります.

  [00,11,22,33] [ 0, 5,10,15]

  [13,02,31,20]=[ 7, 2,13, 8]

  [21,30,03,12] [ 9,12, 3, 6]

  [32,23,10,01] [14,11, 4, 1]

 

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【2】グレコ・ラテン方陣の存在・非存在

 

 すべてのnに対してグレコ・ラテン方陣は存在するのでしょうか? また,そうでないとしたらどのようなnに対してグレコ・ラテン方陣は存在するのでしょう?

 

 p次のグレコ・ラテン方陣とq次のグレコ・ラテン方陣があれば,p×q次のグレコ・ラテン方陣を作ることができます.また,グレコ・ラテン方陣はnが奇数のときと4の倍数のときに可能であることがわかっていて,

  n=2^q×l,lは奇数,q≧2

とすると,lは奇数ですからl次のグレコ・ラテン方陣は存在します.2^q個の元からなる体は存在し,したがって,2^q次のアフィン平面も存在するので,2^q次のグレコ・ラテン方陣は存在しますから,2^q×l次のグレコ・ラテン方陣も可能であることがわかります.

 

 結局,q=1の場合,すなわち,

  n=2×l=2(2k+1)=4k+2

の場合だけが残ります.

 

 1782年,オイラーはn=4k+2(2の奇数倍)のときグレコ・ラテン方陣は不可能と予想し,そして1903年にタリーがk=1すなわちn=6の場合があることをしらみつぶしの方法によって証明しました.

 

 nが素数または素数の累乗のときには有限アフィン平面は存在しますが,n=6のときには不存在であることが証明できるようです.有限アフィン平面の存在はn−1組の互いに直交するラテン方陣の存在と同値ですから,これは5個の互いに直交するラテン方陣がないことを主張しているのであって,直交するラテン方陣が一組も存在しないかについて何もいっていないことになります.

 

 1903年,タリーによって6次のグレコ・ラテン方陣は不可能であることが証明されているのですが,6次のアフィン平面は存在しないので,直交するラテン方陣が一組も存在しませんという言明は正しくなく,したがって,その証明はしらみつぶしの方法によるしかないのです.

 

 その後,1959年になって,ボーズ,シュリカンデ,パーカーによって,nが22や14のときに可能なことがわかると,せきをきったように一般的な作り方がわかっていき,最も困難だったn=18の場合も攻略され,1年ほどでn≧10であるn=4k+2という形の数すべてについて,互いに直交するラテン方陣が存在することが判明しました.177年にわたる難問の解決は当時の世界に大きな衝撃を与え,New York Timesのトップ記事として報道されたのですが,数学に関する取り扱いとしては空前絶後のものでした.

 

 たとえば,10次のグレコ・ラテン方陣

  [00,47,18,76,29,93,85,34,61,52]

  [86,11,57,28,70,39,94,45,02,63]

  [95,80,22,67,38,71,49,56,13,04]

  [59,96,81,33,07,48,72,60,24,15]

  [73,69,90,82,44,17,58,01,35,26]

  [68,74,09,91,83,55,27,12,46,30]

  [37,08,75,19,92,84,66,23,50,41]

  [14,25,36,40,51,62,02,77,88,99]

  [21,32,43,54,65,06,10,89,97,78]

  [42,53,64,05,16,20,31,98,79,87]

では,1≦(i,j)≦7の場合と8≦(i,j)≦10の場合で作り方が違っていて,10=3+7=3+(1+2×3)と分解することによって,2個の直交するラテン方陣を作り出しています.

 

 こうして,オイラーの予想は覆され,n=2と6の場合だけグレコ・ラテン方陣が不可能であることが判明したのでした.

 

 なお,6次の魔方陣は存在し,

  [00,01,02,33,34,35]

  [30,31,14,03,22,05]

  [29,28,27,08,07,06]

  [11,10,09,26,25,24]

  [23,19,21,20,04,18]

  [12,16,32,15,13,17]

は和算家・久留島義太の手作りとされるものです.

 

 この6進数版は

  [00,01,02,53,54,55]

  [50,51,22,03,34,05]

  [45,44,43,12,11,10]

  [15,14,13,42,41,40]

  [35,31,33,32,04,30]

  [20,24,54,23,21,25]

ですが,グレコ・ラテン方陣にならないことはすぐにわかります.

 

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【3】有限射影平面

 

 アフィン平面では平行な直線が存在しましたが,しかし,すべての直線が交点をもつとしても矛盾を生じない幾何学の体系を考えることができます.

 

 アフィン平面に無限遠点,無限遠直線を加えて完備化すると射影平面が得られますが,完備化により点の数がn+1個,直線が1本増えます.したがって,n次射影平面における点の数はn^2+n+1,直線の数もn(n+1)+1=n^2+n+1で等しくなります.たとえば,2次の射影平面は7つの点,7本の直線よりなります.このことが射影平面の双対性と結びついてきます.

 

 デザルグの定理やパップスの定理は有限射影平面でも成立します.そして可換体ばかりでなく乗法の交換法則を満たさない非可換体(斜体)から作られる射影平面においてもこれらの定理が成立します.

 

 そして,n次のアフィン(射影)平面が存在すれば,方程式

  z^2=nx^2+(-1)^((n(n+1)/2)y^2

がすべて0でない整数解をもつことが示されています.たとえば,n=6の場合,

  z^2=6x^2−y^2

が整数解をもたないことを示すことができるので,6次のアフィン(射影)平面は存在しません.

 

 さらに,n=4k+1,4k+2の場合にn次のアフィン(射影)平面が存在すれば,

  n=x^2+y^2

となる整数が存在するということも証明されています.このことからn=6,14,21,22,・・・の場合,n次のアフィン(射影)平面が存在しないことがわかります.

 

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【補】共線定理

 

 3点あるいはそれ以上の点が一直線上にあることを主張する定理は共線定理と呼ばれます.デザルグの定理やパップスの定理が共線定理の例ですし,あるいは三角形の外心と重心と垂心はその順番に一直線上に並んでいて,外心と垂心を結ぶ線分が重心によって1:2に内分されています.この共線はオイラー線と呼ばれています.ここでは,パスカルの定理とニュートンの定理を紹介します.パスカルもニュートンも,少年時代はみんなパズルずきの幾何少年だったのです.

 

<ニュートンの定理>

四辺形ABCDの2組の対辺の延長の交点をE,F,対角線BDの中点をL,対角線ACの中点をM,線分EFの中点をNとすれば,3点L,M,Nは一直線上にある.

 

<パスカルの定理>

円錐曲線,すなわち楕円,双曲線,放物線に内接する任意の六角形の三組の対辺の交点は同一直線上にある.

 

 パスカルはこの有名な定理をわずか17才の時に発見したのですが,これは射影幾何学の基本定理の一つになっています.射影幾何学とは,長さや角の大きさに無関係に,例えば,いくつかの点がある直線上にあるといった関係,射影によって不変な図形の性質,を研究する学問です.パスカルの定理の重要な系が「円錐曲線は任意の5点で一意に定まる」です.

 

 2次曲線は円(e=0)として生まれ,楕円に育ち,放物線(e=1)で相転移して双曲線になる.漸近線のなす角度は最初鋭角だがだんだん大きくなり,180°になった時点(e=∞)で虚領域に入る.そして再び円に生まれ変わる.楕円の面積は有限,放物線の面積は∞,この考え方を延長すると双曲線の面積は虚数ということになる・・・というのがケプラーの原理ですが,射影平面上では,円錐曲線はただ1種類しかなく,双曲線・放物線・楕円などの区別はなく,どれも同種の曲線となります.

 

 また,射影平面上では点という語と直線という語を入れ替えても定理は成り立っています.これをポンスレーの双対原理と呼び,射影幾何学の最も美しい特質です.パスカルの定理から150年以上たって,その双対にある共点定理「円錐曲線の外接する6辺形の対角線は1点で交わる」が発見されたのですが,それがブリアンションの定理です.

 

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【補】有限体上の幾何学の変換群

 

 幾何学に群を積極的に応用することを最初に主張したのが,クラインのエルランゲン・プログラム「幾何学とは変換群で不変な図形の性質を研究する分野」である.ここでは有限体上の幾何学の変換群がどのようなものになるのかをみてみたい.

 

  Hq={z|x+y√δ,x,yはFq,y≠0}

を考える.これは複素上半平面Hの有限版で,実軸に相当するものが有限体Fq,δはFqの非平方元の一つであって,√δが√(−1)に相当するものである(x=g(g(x))となるgのひとつを√xと記すことにする).

 

 複素数体の場合に倣って,共役,ノルム,トレースを

  z~=x−y√δ

  Nz=x^2−δy^2

  Trz=z+z~

とおく.

 

 次にFq上の一般線形群を

  G=GL(2,Fq)

  g=[a,b]

    [c,d]

として,

  g(z)=(az+b)/(cz+d)=xq+yq√δ

とおくと

  xq=(acNz+bd+x(ad+bc))/N(cz+d)

  yq=y(ad-bc)/N(cz+d)≠0

となり,Hqの2点z=x+y√δ,w=u+v√δの距離は

  d(z,w)={(x−u)^2−δ(y−v)^2}/yv

で与えられる.

 

 複素数体の算法との違いは,たとえば,F23においては

  1/3=8,2/8=16

  8・16=13,13・9・17/2^2=20,

  20・10・18/3^2=9,9・11・19/4^2=4

のようになることだけである.しかし,このことによってd(z,w)はFqの元となる.

 

 こうして,

  g=[a,b]

    [c,d]

とするとき

  d(g(z),g(w))=d(z,w)

が成立し,「長さ」を変えない変換群となる,

 

 たとえば,アフィン群は

  Aff(q)={[y,x]|x,yはFq に属する}

         {[0,1]|y≠0 (modq)}

で定義されるものになるのである.

 

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