■πの級数公式(その8)

【3】第3期:解析的方法

 17世紀になってイギリスのニュートン,ドイツのライプニッツによる微分積分学の確立以降は,収束する無限級数を使ってπの計算がなされました.πと関連をもつ無限級数として最初に発見されたものは,1671年に発見されたグレゴリー・ライプニッツ級数

 π/4=arctan1=1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−1/11+・・・=Σ(−1)^n-1 ・1/(2n+1)

があげられます.ライプニッツはπ/4がすべての奇数の逆数を交互に加えたり引いたりしてえられる無限級数の和に一致するという事実に対して「神は奇数で楽しむ」と書いていて,この式に自然の神秘の深遠さを感じ,外交官への道から数学の研究の道に転じたといわれています.

 arctan1=π/4を利用したこの展開公式は簡単な形の式ですが,ゆっくりとしか収束しないので,20項まで計算しても3.042までしか求まらないし,3.14まで一致するのに300項も必要です.第n項まで計算したときの誤差は大体1/(2n+3)になり,1000項まで計算してもせいぜい3桁ぐらいです.したがって,グレゴリー・ライプニッツ級数はπの近似値を求めるのには実用的ではないのですが,この式の右辺は

 (1+1/3)^-1・(1−1/5)^-1・(1+1/7)^-1・(1−1/11)^-1・(1+1/13)^-1・・・

というように素数についての積の形に書き直すことができます.

 グレゴリー・ライプニッツ級数は項数をのばすごとにπの上下の限界を示しうるものですが,収束の緩慢な点が致命的でした.そこで,オイラーは,公式

arctana+arctanb=arctan((a+b)/(1−ab))

を使ってグレゴリー・ライプニッツ級数よりもっと速く収束する次のような無限級数を作っています(1737年).

 π/4=arctan1=arctan(1/2)+arctan(1/3)

    =(1/2−1/3・2^3+1/5・2^5−1/7・2^7+・・・)+(1/3−1/3・3^3+1/5・3^5−1/7・3^7+・・・)

 この級数はグレゴリー・ライプニッツ級数ほどは悪くありませんが,それでもなお良い値がでるまでの計算回数は多くなります.また,オイラー級数Σ1/n^sの収束の精度も良くありません.オイラーの第1級数

1/1^2+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・=π^2/6

を使って,π^2/6を小数点以下7桁まで正確に求めるためには,だいたい1000万項までの計算が必要になります.

 πを計算するための無限級数のうちでもっともポピュラーなものはニュートンと同時代のマーチンによって発見された次のような式です(1706年).

 π/4=4arctan(1/5)−tanarc(1/239)

=4(1/5−1/3・5^3+1/5・5^5−1/7・5^7+・・・)−(1/239−1/3・239^3+1/5・239^5−・・・)

 第2項の級数は非常に収束が速く,第1項の級数も1/52 =0.04ぐらいの比で次々に小さくなりますから,数値計算に十分使えます.マーチンの級数の計算誤差は4/(2n+3)・(1/5)^2n+3ぐらいで,マーチン自身はこの公式のよってπの値を100桁ほど求めました.計算機のない時代のことですから,当然手計算であって神業ともいうべき話です.

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【4】第4期:コンピュータ時代

 マーチンの級数は収束が極めて急速で,コンピュータの時代に移った後もたくさんの人に利用され,はじめてコンピュータを用いてπの値を計算したノイマンはマーチンの公式を使って70時間かかって2037桁まで正しい値を求めています(1949年).この種のarctan(x)の展開公式はかなり多く知られていて,分数を組み合わせて1をつくるパズルのようなものですが,その計算量は本質的にはO(n^2)になります.

 1980年代にはいるとarctan(x)の展開公式よりも格段に優れた新しい公式が発表されました.東京大学の金田康正氏のグループは楕円積分の計算と関係したガウス・ルジャンドルの算術幾何平均法という強力な武器を用いて世界記録を樹立しました.その計算量はO(nlogn)となり,計算能率はO(n^2)よりも優れています.

 スーパーコンピュータでのπの果てしなき計算競争は2011年には10兆桁を突破しました.円周率πの計算や巨大な素数の発見はコンピュータシステムの信頼性や処理速度といった性能をテストするのに最適ということです.

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