■模型で考えるということ・図形で考えた時代

【1】模型で考えるということ

 自然界を観察するとしばしば相転移現象に出くわす.氷結・溶解・蒸発・結露・昇華などがその例であるが,ここでは金属結晶の相転移を取り上げる.

 金属結晶の格子は不変ではなく,鍛冶(高エネルギー下で変形させる)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する.これは最密充填と最疎被覆の間の相転移と考えられ,対応するボロノイ細胞は菱形12面体から切頂8面体へと再編される.

 相転移の状態移行では元素の並進運動と同時に空間の連続的な運動が起こらなければならない.すべての相転移に通用する原理があるはずであるが,この仕組みはまだ解明されていない.まるで科学者に対して挑んでいるかのように思える.

 ミクロな物理現象では個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないから,状態移行を説明するモデルが必要になる.そのモデルが平行多面体の間の「変身立体」である.

 もし,菱形十二面体と切頂八面体の間の相互移行が可能な立体蝶番返しを作ることができれば(パズル愛好家がよろこぶものになるばかりでなく)直接,最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムを解き明かしてくれるので,物理現象にも応用可能ということになるわけである.

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【2】図形で考えた時代

 ギリシア幾何の頃には代数やデカルト座標もなかったのに,彼等は図形で考察して幾何学を大成した.彼らににとって幾何学は見えるだけではなく,香り,聞こえるものであり,それを触れられる形にしたものが模型である.

 彼らは幼児が大好きなおもちゃで何時間も飽きることなく遊び続けるように.無邪気に模型を使って遊んだに違いない.幾何学の本質とは決してアタマだけの「脳産物」でなく,目耳鼻手を働かせて真剣に遊ぶことが肝心なのだ(幾何学=戯画学).

 逆に,抽象とは図なしのこと.数式の羅列はそれはそれで正しいのだが,計算が終わるまでにイメージが浮かぶのは一松先生のような大家のみであろう.抽象はある意味で思考の勝利でもあるが,困迷の原因でもなり得る.

 幾何学に王道なし,たとえ一国の王といえども努力しないで数学を習得するための近道はなく,自分の足で目的地へ到達しなくてはならないのだ.幾何学が苦手な方はじっくり時間をかけて模型と遊ぶことを勧める次第である.私はこれこそ幾何学の本質であると思っている.

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