■和算と算額(その38)

【1】三角形に関する不等式

 まず,頭の体操からはじめましょう.「正三角形内の任意の点Pから,各辺までの距離をr1,r2,r3とすれば,その和は,点Pの位置にかかわらず,常に一定である.」という問題を解いてみることにします.

 正三角形の1辺の長さが1のとき,

  r1+r2+r3=√3/2

すなわち,この和が正三角形の高さと等しくなることは(小生が勝手に寄木細工定理と呼んでいるものを使って)簡単に求められます.

 次に「正三角形内の任意の点Pから,各頂点までの距離をR1,R2,R3とすれば,その和が最大になるのは点Pが重心に一致するときである.」について考えてみることにしましょう.

 求める点Pをフェルマー点といいます.点Pは三角形ABCの内部にありますが,∠A,∠B,∠C<120°のときには,3頂点に至る距離の和が最小となる点は3辺を等角120°に見込む点です.∠A,∠B,∠Cのいずれかが≧120°のときには,それぞれ頂点A,頂点B,頂点Cになります.したがって,正三角形の1辺の長さが1のとき,

  R1+R2+R3≧√3

より,最小値√3が得られます.

 「A,B,C3軒の家に電線をひきたい.電線の長さを最小にするにはどこの柱を立てればよいか」ではAP+BP+CPを最小にする実用価値のある問題になります.このような最短配線問題は最小木問題(問題の発案者シュタイナーに因んで最小シュタイナー木問題)と呼ばれていますが,VLSI回路を設計するときの最も基本的な技術となっています.

 さて,いよいよここからが本題です.三角不等式というと「三角形の2辺の和は他の1辺より長い」が思い起こされますが,与えられた三角形の外接円の半径Rおよび内接円の半径rとおくと,

  R≧2r

となることを主張する,もうひとつの三角不等式を証明してみることにしましょう.

(問題)R≧2r   等号は正三角形のときに限る.

(証明)

 外接円と内接円の中心間の距離をdとおくとき,R^2−2Rr=d^2が成り立ちます(オイラーの定理).この関係式を導き出せば,ただちにR≧2rがわかるのですが,この関係式を導き出すことは見かけよりもやっかいで,ヘロンの公式を使ったほうがほうが簡単です.

 ヘロンの公式とは,任意の三角形の三辺の長さをa,b,c,面積をΔとして,

Δ^2=(2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4)/16

  =(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)/16

 ここで,2s=a+b+cとおくと

Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)

となり,おなじみの平面三角形のヘロンの公式が得られます.

 外接円の半径Rおよび内接円の半径rをa,b,c,Δで表すと,

  abc=4RΔ       (正弦定理)

  (a+b+c)r=2Δ   (寄木細工定理)

ここで,

  s1=a+b+c,

  s2=ab+bc+ca,

  s3=abc

とおくとき,R≧2rは

  s1s3≧16Δ^2

  s1^3−4s1s2+9s3≧0

と同値.

 実際にやってみると

  s1^3−4s1s2+9s3=1/2[(b−c)^2(b+c−a)+(c−a)^2(c+a−b)+(a−b)^2(a+b−c)]≧0

b+c−a>0,c+a−b>0,a+b−c>0ですから,等号はa=b=cのときに限ることがわかります.

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 とはいってもこれを計算で出すのは大変ですし,この方法で高次元への拡張がうまくいくとはとても思えません.そこで,簡単な補助定理

a)n次元球に内接および外接するすべての単体のなかで正則単体はそれぞれ最大および最小の体積をもっていること

b)一様な棒の重心は両端の間の距離を1:1に,三角形の重心は中線を2:1に,四面体の重心は頂点と向かいあう面の重心との距離を3:1に内分します.すなわち,四面体の重心は1つの面の重心から対頂点に引いた直線の1/4の点にあること,・・・

を使うことによって,以下の不等式が得られます.

 三角不等式:R≧2rは3次元空間へも拡張できて,4面体では

  R≧3r   (4面体不等式)

三角形の重心の性質は四面体に遺伝するのです.

 また,4次元以上でもこの規則性が失われることはありそうもなく,同様に類推されます.すなわち,n次元単体でも同様に

  R≧nr   (単体不等式)

が成り立ちます.一般に,体積が与えられた単体において,頂点からある任意の点までの距離の和は,その単体が正則でありかつその点が重心であるときに極小値に達します.

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【2】エルデシュの不等式

 三角不等式(R≧2r)は,より一般的には「△ABC内の任意の点Pから,各頂点までの距離をR1,R2,R3,各辺(またはその延長)までの距離をr1,r2,r3とすれば,

  R1+R2+R3≧2(r1+r2+r3)

等号は△ABCが正三角形で,Pがその重心であるとき」

で与えられます.

 これが「エルデシュの定理」で,この定理はR≧2rの一般化であると考えられます.エルデシュの定理は,簡単に

  A(R)≧2A(r)

と書けますが,Aは算術平均の略で,Rの算術平均≧2(rの算術平均)という意味です.

 エルデシュの定理は,算術平均Aを調和平均H,幾何平均Gに置き換えても成り立ちます.すなわち,

  R1R2R3≧8r1r2r3

  1/r1+1/r2+1/r3≧2(1/R1+1/R2+1/R3)

 また,2次の基本対称式に対しては

  R1R2+R2R3+R3R1≧4(r1r2+r2r3+r3r1)

も知られています.この種の不等式は美しい.しかし,証明は難しい・・・.

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【3】カザリノフの不等式

 次に,三角形の代わりに4面体を用います.4面体のある内点から各面までの距離r1,・・・,r4,各頂点までの距離をR1,・・・,R4で表すことにします.

 一般に,三角形の重心の性質は四面体に遺伝するので,

  R1+R2+R3+R4≧3(r1+r2+r3+r4)

となるはずですが,ところが,これが成立しないのです.

 4面体では

  R1+R2+R3+R4≧√8(r1+r2+r3+r4)

  R1R2R3R4≧81r1r2r3r4

であることが示されています.

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【4】三角形に関する不等式(続き)

  sinα/2・sinβ/2・sinγ/2≦1/8

  sinα/2+sinβ/2+sinγ/2≦3/2

  cosα/2・cosβ/2・cosγ/2≦3√3/2

  cosα/2+cosβ/2+cosγ/2≦3/2

  tanα/2・tancosβ/2・tanγ/2≧√3

  tanα/2+tancosβ/2+tanγ/2≦√3/9

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