■四元数と八元数

【1】ベクトルの積の大きさ=ベクトルの大きさの積

  (a^2+b^2)(c^2+d^2)=(ab+cd)^2+(ad−bc)^2

                =(ac−bd)^2+(ad+bc)^2

はラグランジュの恒等式(あるいはフィボナッチの等式)と呼ばれるもので,一般に

  (Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=1/2Σ(aibj−ajbi)^2 あるいは(i<j)として

  (Σai^2)(Σbi^2)−(Σaibi)^2=Σ(aibj−ajbi)^2

と書ける.

 コーシー・シュワルツの不等式

  (Σai^2)(Σbi^2)≧(Σaibi)^2

はラグランジュの恒等式から自明であろう.この有名な不等式は角の余弦値は1以下であることの幾何学的表現と解釈することができる.

 ラグランジュの恒等式は,複素数を使って

  z1=a+bi,z2=c+di

  z1z2=(a+bi)(c+di)=(ac−bd)+(ad+bc)i

  |z1z2|=|z1||z2|

と表すことで証明できる.この公式は2つの整数がともに平方数の和の形をしているなら,その2数の積も平方数で表されることを示している.

 ついでに言うと,三角不等式

  |z1+z2|≦|z1|+|z2|

  (a^2+b^2)(c^2+d^2)−(ac+bd)^2≧(ad−bc)^2≧0

と表すことで証明できる.

 また,4平方和問題

  (a^2+b^2+c^2+d^2)(p^2+q^2+r^2+s^2)=x^2+y^2+z^2+w^2

  x=ap+bq+cr+ds,

  y=aq−bp+cs−dr,

  z=ar−bs−cp+dq,

  w=as+br−cq−dp

とおくと成り立ち,4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていることを示している.

 しかし,3平方和問題

  (a^2+b^2+c^2)(x^2+y^2+z^2)=u^2+v^2+w^2

は2平方和,4平方和の場合のようなわけにはいかない.3平方和の積が必ずしも3平方和とならないからである.

  |a|・|b|=|c|

すなわち

  (a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)

の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末,フルヴィッツにより証明されている(1898年).

 したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのである.

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【2】四元数と八元数

 四元数は1843年ハミルトンにより,八元数は1845年ケイリーによって発明されました.四元数では乗法の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).また,八元数では乗法の結合法則も破れています(a(bc)≠(ab)c).

 複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる交換法則などのどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,ある規則を犠牲にする段になると,最も苦痛の少ないのは乗法の交換法則,結合法則だったのです.

 積の交換法則が成り立たない代数として「行列」があります.したがって,ハミルトンの4元数は行列の一部だと考えることができます.実際,

 a+bi+cj+dk → [ a+bi c+di]

              [−c+di a−bi]

のように,4元数と2×2行列を対応させると,4元数の演算はそのまま行列の演算に移行します.さらに,c=d=0の場合を考えると,複素数も行列とみなせるというわけです.

 8元数では,積の交換法則も結合法則も成り立ちませんが,それでも分配法則は成り立っています.行列は結合法則を満たすので,8元数は行列の一部とはみなせないのです.なお,結合法則が成り立たない数の体系(非結合的な体)としては,8元数,リー代数,ジョルダン代数の3つが代表的です.

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【3】複素整数

[1]ガウスの整数

 a,bを整数として

  a+bi

で表される複素数が「ガウスの整数」です.ガウスの整数は和と積の演算に関して閉じています→「ガウスの整数環」.

 また,すべてのガウス整数を約す整数が「単数」で,1の4乗根である

  ±1,±i

の4個の単数があります.ガウス整数は正方形の対称性をもつ正方格子をなします.

 素数は複素数体でも定義されますが,ガウス素数とはそのノルムが通常の素数であるようなガウス整数のことです.数論の教えるところによると,複素数体においても,単数を除いて,素因数分解の一意性が成立します.

 4k+3型素数はやはりガウス素数ですが,2および4k+1型素数はガウス素数の積に分解されるのです.

  2=(1+i)(1−i)=i(1−i)^2

  5=(1+2i)(1−2i)

  29=(5+2i)(5−2i)

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[2]アイゼンスタインの整数

 アイゼンスタインの整数は

  a+bω

と書くことができます.ここで,ωは1の虚立方根

  ω=(−1+√−3)/2

で,x^2+x+1=0の根です.それに対して,ガウス整数にはx^2+1=0が対応しています.

 アイゼンスタインの整数には,6つの単数

  ±1,±ω,±ω^2

があり,正六角形の対称性をもつ三角格子をなします.

 ここにもやはり素因数分解の一意性が成立します.2および6k+5型素数はアイゼンスタイン素数ですが,3および6k+1型素数はアイゼンスタイン素数の積に分解されます.

  3=(1−ω)(1−ω^2)=(1+ω)(1−ω)^2=(1−ω)(2+ω)

  37=(4−3ω)(4−3ω^2)=(4−3ω)(7+3ω)

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[3]ベイカー・スタークの定理

 ガウスの数体Q(i),アイゼンスタインの数体Q(ω)の場合を考えましたが,それに対して,Q(√−5)では

  6=2・3=(1+√−5)(1−√−5)

のように,素数の積に2通りに表されるような状況を生じてしまうのです.(2,3は素数であるし,1+√−5,1−√−5はいずれも

  a+b√−5

のなかには±1と±それ自身以外の約数をもたないので「素数」である.)

 それでは,どういう負の数−dを使った数体系Q(√−d)で,素因数分解は一意となるのでしょうか?

 この答えは既に知られていて,次の9つの虚2次体Q(√d)

  −d=1,2,3,7,11,19,43,67,163

に限られるというものです.このコラムをご覧の読者であれば,最初の2つ以外では半整数a,bを使って,a+b√−dを作る必要があることはおわかりでしょう(=1(mod4)).

 現在,9個の数はヘーグナー数と呼ばれています.ずいぶん以前からこの9個の数は知られていたのですが,10番目の数が存在するかもしれない・・・というまどろっこしい状態が続いていました.その経緯について触れておきたいのですが,1932年,ハイルブロンとリンフットが10番目のdがあるとすれば,それは10^11よりも大きくなることを示しました.また,1952年,ヘーグナーが9個ですべてだという証明を発表しましたが,彼は高校の教師であり研究者として部外者であったため,この証明は懐疑的というよりは間違ったものと受け取られていたようです.

 そして,1966年,アメリカのスタークとイギリスのベイカーが独立に世界中を納得させる証明を与えました.それは不正確であるとして無視されたヘーグナーの証明の誤りを払拭するものでもありましたが,残念ながら,ヘーグナーは1965年に亡くなっており,自らの名誉回復をその目で見ることはできませんでした.また,1968年,ドイリングはヘーグナーの証明を修正することに成功しましたが,既にそのときはベイカー,スタークに先を越されていて遅きに失した状況にありました.

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[4]クラインの整数

 ベイカー・スタークの定理により,ガウス整数とアイゼンスタイン整数は一意分解性をもつことがわかりますが,それに続いて最も簡単な整数環は

  λ=(−1+√−7)/2

  a+bλ

です.

 クライン整数は2つの単数±1のみをもち,菱形格子をなします.クライン環の特徴は,2が素因数分解されることです.

  2=(−1+√−7)/2・(−1−√−7)/2

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【4】四元数

 アイルランドの数学者ハミルトンは4個の実数の組よるなる四元数(x+yi+zj+wk)を発明しました(1843年).四元数は複素数に似ていますが,ただ1つではなく3つの虚数をもつ複素数を拡大した数体系で,

  i^2=−1,j^2=−1,k^2=−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−j

なる性質をもち,

  (x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)=x^2+y^2+z^2+w^2

となります.四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).

[1]四元整数(リプシッツの整数)

 ハミルトンの四元数

  H=a+bi+cj+dk

において,a,b,c,dを整数に限った「四元整数」は4次元単純立方格子と同一視することができます.

 ハミルトンの四元整数環は乗法の交換法則が成り立たない非可換環ですが,4次元空間内の原点を中心とする半径√nの3次元球面上には必ず格子点があることを主張しているのが「ラグランジュの定理」であることは,このコラムでもこれまで何回か説明したとおりです.

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[2]フルヴィッツの整数とD4格子

 四元整数(リプシッツの整数)に

  (1+i+j+k)/2

を追加した数の体系を「フルヴィッツの整数」と呼びます.a,b,c,dのすべてが整数か,あるいはすべてが半整数のとき,フルヴィッツの整数なのです.フルヴィッツの整数全体は整数座標点と半整数座標点からなりますので,4次元体心立方格子であるというわけです.

 なお,

  (1+i+j+k)/2

は1の原始6乗根であり,

  ζ=ζ++++=(1+i+j+k)/2

とおくと,

  ζ^2=ζ-+++,ζ^3=−1,ζ^4=ζ----,ζ^5=ζ+---,ζ^6=1

となります.

 フルヴィッツ単数すなわち1の約数は,

  ±1,±i,±j,±k   8個

  ζ±±±±のあらゆる符号の組合せ(±1±i±j±k)/2をとった16個

の計24個あります.

 四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちませんから,Pを2つのフルヴィッツ整数の積で表す方法は単数Uを右からかけるP=P’U,単数Vを左からかけるP=VP”の2通りあります.Pがフルヴィッツ素数のときの素因数分解はU,Vを24個のフルヴィッツ単数上を動かしたときの

  P=PU^(-1)・U,P=V・V^(-1)P

だけです.

 したがって,Qのフルヴィッツ素数への分解

  Q=P0P1・・・Pk

があるとき,

  Q=P0U1・U1^(-1)P1U2・・・Uk^(-1)Pk

も素因数分解となります.このような単数転移を除いて,フルヴィッツの整数においても素因数分解の一意性が成立します.それに対して,リプシッツ整数の分解は一意ではありません.

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【5】八元数

 ハミルトンの有名な四元数は複素数の拡張ですが,さらに,イギリスの数学者ケイリーによって8個の基底元1,i,j,k,l,m,n,oをもつ代数<八元数>も発明されました(1845年).

  i^2=j^2=k^2=l^2=m^2=n^2=o^2=−1,

  i=jk=lm=on=−kj=−ml=−no,

  j=ki=ln=mo=−ik=−nl=−om,

  k=ij=lo=nm=−ji=−ol=−mn,

  l=mi=nj=ok=−im=−jn=−ko,

  m=il=oj=kn=−li=−jo=−nk,

  n=jl=io=mk=−lj=−oi=−km,

  o=ni=jm=kl=−in=−mj=−lk

 ハミルトンの四元数は乗法の交換法則を満たさない非可換体(斜体)

  ab≠ba

ですが,八元数ではさらに乗法の結合法則も破れています.

  a(bc)≠(ab)c

しばしば「ケイリー数体」と呼ばれますが,厳密にいうと体ではなく「体もどき」ということになります.さらに,16個の基底元をもつ同様の代数を構成しようと試みられましたが,それは成功するはずはありませんでした.

 八元数は,実数単位e0と7個の虚数単位ei(i=1~7)による一次結合Σajejで表されますが,

  e0ei=eie0=ei,ei^2=−1,eiej=−ejei

はよいとしても,

  eiej=+ek・・・交換則

  eiej=−ek・・・反交換則

の組合せは様々です.

 また,結合法則に関しても

  (eiej)ek=+ei(ejek)・・・結合則

  (eiej)ek=−ei(ejek)・・・反結合則

の2つの場合があります.

  (eiej)ek=+ei(ejek)・・・結合則

は(i,j,k)のなかに0(実数)が含まれるときと同一の番号があるときには常に成立しますが,(i,j,k)が1〜7のうちですべて異なるときは必ずしも成り立ちません.

 そこで,(i,j,k)=(1,2,3),(1,4,5),(1,6,7),(2,4,6),(2,5,7),(3,4,7),(3,5,6)の場合に結合則を満たすものと決めます.この7組は3ビットの2進数で表し,各々のビットの排他的論理和をとると0になるので便利です.

  (1,2,3)=(001,010,011)=0

  (1,4,5)=(001,100,101)=0

  (1,6,7)=(001,110,111)=0

  (2,4,6)=(010,100,110)=0

  (2,5,7)=(010,101,111)=0

  (3,4,7)=(011,100,111)=0

  (3,5,6)=(011,101,110)=0

[補]最も簡単な射影平面は,有限体Z2上の2次元射影幾何であって,ファノ平面と呼ばれています.そして,7個の点p1〜p7を(1〜7)と略記することにして,例えば,7本の直線上の3点の組を(1,2,3),(1,4,5),(1,6,7),(2,4,6),(2,5,7),(3,4,7),(3,5,6)の7組の体系は射影幾何の公理系を満たすことになります.

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[2]ケイリー整数とE8格子

 八元数Σajejにおいて,係数aj(j=0~7)が

  1)整数値をとるもの

をグレーブス整数と呼びます.さらに

  2)半整数値の奇数倍をとるもの

  3)4個が整数値,4個が半整数値の奇数倍をとるもの

を加えて,「ケイリーの(八元)整数」と呼びます.

 半整数値をとる座標は0個か4個か8個です.ただし,3)において整数である番号は(i,j,k)7組に0(実数)を加えた集合および(0〜7)に対するその補集合の14組に限ります.

 このような点をすべてとると,8次元空間内で隣り合う2点間の距離がすべて1の格子ができあがります.原点に隣接する点は240個あり,それらと原点を結ぶベクトルが例外型リー環のE8ルート系を表すので,この格子をE8格子といいます.

 E8格子にはほかにもいくつかの構成法があり,ここではケイリー整数との関連で説明しましたが,その配列は本質的にはこの形しかありません.S^7の上の240個の点は直交変換で互いに移りうる点の組を同じものとみなすと一意なのです.

 そして,8次元空間において,2個の正軸体(正8面体の拡張)と1個の正単体(正4面体の拡張)を組み合わせると空間充填形ができるのですが,ケイリー整数の作る格子がその具体形になっていて,E8はA8とD8両方を含んでいるというわけです.

 ケイリーの整数の素因数分解では,フルヴィッツ整数のように単数転移だけでは一意的ではなく,結合法則の欠如も考慮しなければなりません.PU・U1^(-1)QがPQに等しいとは限らないのです.しかしながら,たとえば,P1((P2P3)P4)と(P1P2)(P3P4)の間の関係づけの正当化(メタ転移)を要求することによって一意的にできるのです.

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