■ペンタドロンとはなにか(その2)

【1】フェドロフの平行多面体

 1種類のブロックを使って,空間を隙間なく埋め尽くすにはどうすればいいだろうか? レンガはそのひとつの答えなのであるが,どんな形のブロックなら空間を埋め尽くせるだろうか? そのようなブロックをすべて求めよという問題ならこれは大変な難問である.

 そこで,平行多面体に限定して考えてみよう.平行多面体とは辺が平行(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),面が平行,そして平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体である.

 平行多面体は立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.これら5種類の図形(フェドロフの平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であって,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.

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【2】ペンタドロン(平行多面体の元素の形)

 5種類ある平行多面体を平行多面体に分割する仕方は,102通り(それ自身も含めれば107通り)あり,平行六面体1,6角柱1,菱形12面体4,長菱形12面体6,切頂8面体5ピース,計17ピースを使えばすべての平行多面体を作ることができることが知られている.それでは1種類の凸多面体ピースを使ってすべての平行多面体を作ることができるだろうか?

 裏返し(鏡映対称)の多面体は同一視するが,平行多面体ではたった1種類ですべての平行多面体を充填するような元素が存在するのである.

  [秋山の定理:2008]平行多面体の元素数は1である.

 その5面体ピースをσで表し,ペンタドロンと呼ぶことにするが,立方体はσ12(σ96),6角柱はσ144,菱形12面体はσ192,長菱形12面体はσ384,切頂8面体はσ48という分子構造になっている.ここで,立方体,菱形12面体,切頂8面体は直で等辺であるが,6角柱はskewした,長菱形12面体は不等辺の平行多面体となる.

 分子量が最大の長菱形12面体σ384の中にほかの4種類の分子構造が埋め込まれている.一方,分子量が最小なものは切頂8面体のσ48であるが,切頂8面体には分子量が最小になる理由がある.

 平面充填図形の基本形は6角形であり,6角形の1組の対辺を退化させると4角形になる.2次元の場合のアナロジーで,フェドロフの平行多面体を考えると,フェドロフの平行多面体のうち面数が最大の多面体は切頂8面体であるが,切頂八面体には6組の平行な辺があり,6次元立方体と相同と考えることができる.切頂8面体(f=14,d=6)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12,d=5)→菱形12面体(f=12,d=4),6角柱(f=8,d=4)→立方体(f=6,d=3)ができる.

 すなわち,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものとなっていて,空間充填図形の基本形は切頂8面体と考えられる.切頂8面体の1/48がペンタドロンとなる所以である.

[補]1種類の図形による空間充填形がもっと高い次元の立方格子の射影であるというのは本質的に正しいようである.なお,5種類ある平行多面体の元素数は1であるが,同じく5種類ある正多面体の元素数は4であることが証明されている.

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【3】ペンタドロンの物理的意義

 立方体は単独で空間全体を格子状に埋めつくすことができる.単純立方格子状配置,すなわち角砂糖の箱の封を切ったときに見えるパターンについてはこれ以上説明するまでもないだろう.立方体以外の単一多面体による空間充填体としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子(立方体の8個の頂点と6個の面の中心に原子が配置されている構造)のボロノイ図(隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分面を次々に引いていくことによりできる多面体パターン)であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子(立方体の8個の頂点と重心原子が配置されている構造)のボロノイ図となっている.結晶格子には面心立方格子,体心立方格子,単純立方格子,六方晶格子などの別があるが,結晶の骨格の基本形はフェドロフの平行多面体に限定されるといってよいのである.

 ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(鍛造冶金)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する(相転移).その途中,単純立方格子を経由しているという説もある.もちろん個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないが,その状態移行では空間の連続的な運動が起こらなければならない.

 このことから,面心立方格子(菱形12面体),体心立方格子(切頂8面体),単純立方格子(立方体)を仲介する多面体が存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.さらに6角柱と長菱形12面体も含め,平行多面体全体にまで拡張して,それらをすべて仲介する多面体を求めたい.そこで,

[Q]1種類のブロックを使って,5種類あるフェドロフの平行多面体を隙間なく埋め尽くす

という設問が派生するのである.

 もう一度発想の原点に戻るが,球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみる.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるが,その場合,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならない.このような移行はどのようにしたら可能になるのだろうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのだろうか? 最密充填から最疎被覆への状態移行では,球の並進運動と同時に空間の連続的な回転運動が起こらなければならないが,当該の多面体σは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるはずである.

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