■不変式論について

 整数係数の2つの2元2次形式

  f=ax^2+bxy+cy^2

  g=dX^2+eXY+fY^2

があるとする.

 x=pX+qY,y=rX+sY   (ps−qr=1)

という変換でfがgに移るとき,これらは同値であると定義される.同値な2次形式は整数からなる同じ集合を表現する.

 さらに,fの判別式d=b^2−4acとgの判別式D=e^2−4dfは等しい.すなわち,判別式は行列式が1の線形変換のもとで「不変式」である.

 一般に,実数または複素数係数の2元n次形式

  f=ax^n+bx^nー1y+・・・+cy^n

の変数x,yの線形変換

  I(d,e,・・・,f)=r^kI(a,b,・・・,c)   (rは実数または複素数)

によって,

  g=dX^n+eX^n-1Y+・・・+fY^n

に変換するとき,Iを「不変式」と呼ぶ.

 そしてケイリー,シルベスター,ゴルダンらは特別な2元形式の場合の「不変式」を見つけた(たとえばヤコビアンやヘシアン).

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【1】2元4次形式(ケイリー)

 ケイリーは2元4次形式

  f=ax^4+4bx^3y+6cx^2y^2+4dxy^3+ey^4

のユニモジュラー変換による不変式

  D=ae−4bd+3c^2

を示し,1856年には判別式dと行列式

    |a b c|

  q=|b c d|

    |c d e|

とがユニモジュラー変換による不変式の完全系であることを示した.

 また,

  f=ax^4+4bx^3y+6cx^2y^2+4dxy^3+ey^4   (係数についての次数1)

h=H/12^2   (Hはfのヘシアン,次数2)

j=J/8     (Jは(f,h)のヤコビアン,次数3)

  D=ae−4bd+3c^2   (判別式,次数2)

    |a b c|

  q=|b c d|   (次数3)

    |c d e|

 これらの間の関係は,6次の多項式

  j^2=−f^3q+f^2hD−4h^3

で与えられる.

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【2】2元3次形式(ケイリー)

  f=ax^3+3bx^2y+3xy^2+dy^3   (係数についての次数1)

h=H/6^2   (Hはfのヘシアン,次数2)

j=J/3    (Jは(f,h)のヤコビアン,次数3)

  D=a^2d^2−6abcd+4ac^3+4b^3d−3b^2c^2   (判別式,次数4)

 これらの間の関係は,6次の多項式

  j^2=f^2D−4h^3

で与えられる.

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【3】2元5次形式(ケイリー・ゴルダン)

  f=Σ(5,k)akx^5-ky^kには,係数akについてそれぞれ4,8,12,18次の不変式I4,I8,I12,I18があって,その間の関係は36次の多項式

  16I18^2=I4I8^4+8I8^3I12−2I4^2I12−72I4I8I12^2−432I12^3+I4^3I12^2

で与えられる.

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【4】2元6次形式(クレブシュ・ゴルダン)

  f=Σ(6,k)akx^6-ky^kには,係数akについてそれぞれ2,4,6,10,15次の不変式I2,I4,I6,I10,I15があって,その間の関係は30個の多項式

  I15^2=G(I2,I4,I6,I10)

で与えられる.

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【5】ヒルベルトの基底定理

 「基底」とはすべての不変式がそれらの線形結合として表される不変式の集合で,極小のものである.1846年にケイリーは2次形式の不変式を作り出す方法を考案し,1854年からの25年間に次数が6以下のすべての2元形式の基底を求めた.

 n=7になると言葉が一切はいらない数式が10ページにもおよび,当時可能な水準を超えた計算がはいり込んできた.そのため,ケイリーは7次以上の2元形式は無限基底をもつだろうと予想したほどである.次元が高くなるにしたがって,不変式を記述する長さは爆発的に増える.そして不変式を全部書き下ろすことのできるのはせいぜい6次元程度までなのである.

 任意の次数の2元形式に対する有限基底の存在は1868年,ゴルダンによって証明された.ゴルダン自身,3元2次形式や3元3次形式の基底を見いだしたが,一般の場合に有限個からなる基底が存在するかどうかはつぎの20年間では得られなかった.

 ゴルダンの基底定理の証明は計算的で難解であったが,1888年,ヒルベルトは2元形式に対するコルダンの結果にずっと簡単で非計算的な証明を与えた.さらに1890年,ヒルベルトは任意次数の変数の数も任意のどんな形式も「基底」をもつことを証明して数学界を驚かせた.

 ヒルベルトは基底定理「任意個の変数の任意次数の形式はすべて有限基底をもつ」を証明したが,その抽象的かつ非構成的な証明に対し,ゴルダンは「これは数学ではない.神学だ(That is not mathematics. That is theology.)」と抗議した話は有名である.不変式論の王・ゴルダンにかくいわしめるほど斬新な証明だったというわけである.

 不変式論は1840年代から1880年代にかけての代数の主要部門・根幹であったが,ワイルにいわせればヒルベルトの基底定理によりこの主題は殺された.しかしながら,20世紀後半には数理物理学における対称法則と保存法則として力強く復活,多くの数学的福音をもたらしたのである.

 Invariant theory has already been pronounced dead severel times, and like the phoenix has again and again rising from its ashes.

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