■初等幾何の楽しみ(その12)

【1】三角不等式

 三角不等式というと「三角形の2辺の和は他の1辺より長い」が思い起こされますが,与えられた三角形の外接円の半径Rおよび内接円の半径rとおくと,

  R≧2r

となることを主張する,もうひとつの三角不等式を証明してみることにしましょう.

(問題)R≧2r   等号は正三角形のときに限る.

(証明)

 外接円と内接円の中心間の距離をdとおくとき,R^2−2Rr=d^2が成り立ちます(オイラーの定理).この関係式を導き出せば,ただちにR≧2rがわかるのですが,この関係式を導き出すことは見かけよりもやっかいで,ヘロンの公式を使ったほうがほうが簡単です.

 ヘロンの公式とは,任意の三角形の三辺の長さをa,b,c,面積をΔとして,

Δ^2=(2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4)/16

  =(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)/16

 ここで,2s=a+b+cとおくと

Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)

となり,おなじみの平面三角形のヘロンの公式が得られます.

 外接円の半径Rおよび内接円の半径rをa,b,c,Δで表すと,

  abc=4RΔ       (正弦定理)

  (a+b+c)r=2Δ   (寄木細工定理)

ここで,

  s1=a+b+c,

  s2=ab+bc+ca,

  s3=abc

とおくとき,R≧2rは

  s1s3≧16Δ^2

  s1^3−4s1s2+9s3≧0

と同値.

 実際にやってみると

  s1^3−4s1s2+9s3=1/2[(b−c)^2(b+c−a)+(c−a)^2(c+a−b)+(a−b)^2(a+b−c)]≧0

b+c−a>0,c+a−b>0,a+b−c>0ですから,等号はa=b=cのときに限ることがわかります.

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 とはいってもこれを計算で出すのは大変ですし,この方法で高次元への拡張がうまくいくとはとても思えません.そこで,簡単な補助定理

a)n次元球に内接および外接するすべての単体のなかで正則単体はそれぞれ最大および最小の体積をもっていること

b)一様な棒の重心は両端の間の距離を1:1に,三角形の重心は中線を2:1に,四面体の重心は頂点と向かいあう面の重心との距離を3:1に内分します.すなわち,四面体の重心は1つの面の重心から対頂点に引いた直線の1/4の点にあること,・・・

を使うことによって,以下の不等式が得られます.

 三角不等式:R≧2rは3次元空間へも拡張できて,4面体では

  R≧3r   (4面体不等式)

三角形の重心の性質は四面体に遺伝するのです.

 また,4次元以上でもこの規則性が失われることはありそうもなく,同様に類推されます.すなわち,n次元単体でも同様に

  R≧nr   (単体不等式)

が成り立ちます.一般に,体積が与えられた単体において,頂点からある任意の点までの距離の和は,その単体が正則でありかつその点が重心であるときに極小値に達します.

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【2】エルデシュの不等式

 三角不等式(R≧2r)は,より一般的には「△ABC内の任意の点Pから,各頂点までの距離をR1,R2,R3,各辺(またはその延長)までの距離をr1,r2,r3とすれば,

  R1+R2+R3≧2(r1+r2+r3)

等号は△ABCが正三角形で,Pがその重心であるとき」

で与えられます.

 これが「エルデシュの定理」で,この定理はR≧2rの一般化であると考えられます.エルデシュの定理は,簡単に

  A(R)≧2A(r)

と書けますが,Aは算術平均の略で,Rの算術平均≧2(rの算術平均)という意味です.

 エルデシュの定理は,算術平均Aを調和平均H,幾何平均Gに置き換えても成り立ちます.すなわち,

  R1R2R3≧8r1r2r3

  1/r1+1/r2+1/r3≧2(1/R1+1/R2+1/R3)

 また,2次の基本対称式に対しては

  R1R2+R2R3+R3R1≧4(r1r2+r2r3+r3r1)

も知られています.この種の不等式は美しい.しかし,証明は難しい・・・.

 次に,三角形の代わりに4面体を用います.4面体のある内点から各面までの距離r1,・・・,r4,各頂点までの距離をR1,・・・,R4で表すことにします.

 一般に,三角形の重心の性質は四面体に遺伝するので,

  R1+R2+R3+R4≧3(r1+r2+r3+r4)

となるはずですが,ところが,これが成立しないのです.

 4面体では

  R1+R2+R3+R4≧√8(r1+r2+r3+r4)

  R1R2R3R4≧81r1r2r3r4

であることが示されています.

 あとで,任意の多面体において,

  A(R)≧CA(r)

の右辺の算術平均:A(r)をもっと小さな平均値,調和平均:H(r)で置き換えることを試みますが,その前に,次項では多角形について成り立つ一般的な不等式を紹介することにします.

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【3】球殻不等式

 三角不等式は

  R/r≧2

とも書けるのですが,Rとrは対称となる図形を外と内から押さえるものですから,R/rに関するこの不等式は「球殻不等式」と呼ぶこともできるでしょう.すなわち,R/rが最小となるもの(最小球殻)を求める問題と考えることができるのです.

 n次元単体について,

  R/r≧n

を示しましたが,ここでは次元を大きくするのではなく,辺数nを大きくしてn角形へ拡張してみましょう.そうすると,任意の凸n角形において,不等式

  R/r≧sec(π/n)

等号は正n角形の場合にのみ成り立ちます.

(証明)

 単位円に内接する凸n角形の周長Lは

  L=2(sinα1+・・・+sinαn)

これより,

  L≦2nsin(π/n)

また,外接する場合,

  L=2(tanα1+・・・+tanαn)

  L≧2ntan(π/n)

 一般に,凸n角形の面積S,周長L,内接円の半径r,外接円の半径Rの間には,次の不等式が成り立ちます.

  2nrtan(π/n)≦L≦2nRsin(π/n)

  nr^2tan(π/n)≦S≦1/2nR^2sin(2π/n)

 等号は正n角形の場合にのみ成り立ちますから,定円に外接するn角形の中で,正n角形は周長・面積が最小であり,内接するn角形の中で,正n角形は周長・面積が最大となります.このことは直観的にも理解されるでしょう.

 以上より,

  R/r≧sec(π/n)

が得られます.とくに,n=3の場合,sec(π/3)=2より,

  R/r≧2   (三角不等式)

となります.

 これを,エルデシュの不等式のように,n角形へ一般化すると,

  R1+R2+・・・+Rn≧sec(π/n)(r1+r2+・・・+rn)

また,算術平均の代わりに幾何平均をとったとしても

  R1R2・・・Rn≧sec^n(π/n)r1r2・・・rn

が成り立ちます.

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 次に,多角形でなく,多面体の場合を考えてみるために,

  ωn=n/(n−2)・π/6   n≧3

を導入しておきます.球面上にn個の点を配置した場合,2n−4はn個の頂点をもつ三角形面正多面体の面数となりますから,△n=6ωn−πは単位球面が分割されてできる球面三角形の平均面積,また,球面正三角形の場合,2ωnは面積が6ωn−πの球面正三角形△nの1つの内角を表しています.

a)n個の頂点またはn個の面をもつ凸多面体の内接球半径rおよび外接球半径Rの間には,球殻不等式

  R/r≧√3tanωn

が成立します.n=4のとき,ωn=π/3.したがって,

  R/r≧3   (4面体不等式)

が得られます.

 これを一般化すると,

b)単位球を含む,n個の面をもつ3稜頂点多面体において,球の中心から各頂点までの距離をR1,・・・,R2n-4とすれば,

  A(R1,・・・,R2n-4)≧√3tanωn

c)n個の頂点をもつ三角形面多面体が単位球に含まれるとき,球の中心から各面までの距離r1,・・・,r2n-4とすれば,

  H(r1,・・・,r2n-4)≧1/√3cotωn

ここで,A,Hはそれぞれ算術平均,調和平均を表しているのですが,等号は5つの正多面体に対して成り立ちます.

 A(R)/H(r)≧√3tanωnは一般的に成り立ちませんが,しかし,A(R,q)をそれぞれの頂点における稜数qで重みづけをした算術平均,H(r,p)をそれぞれの面の辺数で重みづけした調和平均とすると,

d)三角形面多面体において

  A(R,q)/H(r)≧√3tanωn

e)3稜頂点多面体において

  A(R)/H(r,p)≧√3tanωn

が成り立ちます.

 これらの不等式は,頂点数vあるいは面数fの与えられた多面体に関する不等式でしたが,稜数がeの凸多面体に対しては

f) R/r≧√3tan{e/(e−3)・π/6}

 等号は正4面体に対してのみ成り立つ.

g) R/r≧tan^2{(e+2)/e・π/2}

は前式よりも一般的で精密で,等号は正4面体に対してのみ成り立ちます.

 凸多角形ではv−e=0でしたから,n角形は必然的にn辺形になりましたが,凸多面体では

  v−e+f=2

ですから,多角形の3次元空間への拡張は,頂点数v,稜数e,面数fがともに与えられることによって完全になります.そこで,多面体の平均面数,平均稜数をそれぞれ

  p~=2e/f,q~=2e/v

とおくと,

  esin(2π/p~)(tan^2(π/p~)tan^2(π/q~)−1)r^2≦S≦esin(2π/p~)(1−cot^2(π/p~)cot^2(π/q~)−1)R^2

  e/3sin(2π/p~)(tan^2(π/p~)tan^2(π/q~)−1)r^3≦V≦2e/3cos^2(2π/p~)cot(2π/q~)(1−cot^2(π/p~)cot^2(π/q~))R^3

 同じ大きさの球に内接する正12面体と正20面体とでは,正12面体の方が体積Vも表面積Sも大きい.−−−そんなばかなと思われるかもしれませんが,直感に反して,正12面体は球の66.5%,正20面体は球の60.6%を占めるのです.したがって,正多面体を球に内接させたとき最も球に近い正多面体は正12面体です.一方,外接させれば体積も表面積も正20面体の方が球に近くなります.

 これより,内接球半径,外接球半径をそれぞれr,Rとすれば,球殻不等式

h) R/r≧tan(π/p~)tan(π/q~)

が導かれます.等号は正多面体に対して成り立つのですが,残念なことに,この式は証明が不完全で,予想にしかすぎません.

 また,これらをひとまとめにすると

i) A(R,q)/H(r,p)≧tan(π/p~)tan(π/q~)

も予想されるのですが,・・・.

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