■ペンタドロンによる空間充填

 フェドロフの平行多面体とは平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,平行辺(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),平行面から構成されている多面体である.フェドロフの平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことが証明されている(1885年).

 これら5種類の図形は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であるし,結晶学の観点からすると平行多面体は正多面体以上に重要であると考えられる.

 結晶格子には面心立方格子,体心立方格子,単純立方格子,六方晶格子などの別があるが,面心立方格子のボロノイ領域は菱形12面体,体心立方格子のそれは切頂8面体をなす.このように結晶の骨格の基本形はフェドロフの平行多面体に限定されるといってよいからである.

 ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(鍛造冶金)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する(相転移).その途中,単純立方格子を経由しているという説もある.もちろん個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないが,その状態移行では空間の連続的な運動が起こらなければならない.

 このことから,面心立方格子(菱形12面体),体心立方格子(切頂8面体),単純立方格子(立方体)を仲介する多面体が存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.さらに6角柱と長菱形12面体も含め,平行多面体全体にまで拡張して,それらをすべて仲介する多面体を求めたい.そこで,

[Q]1種類のブロックを使って,5種類あるフェドロフの平行多面体を隙間なく埋め尽くす

という設問を考えてみよう.

[A]当初,それは不可能だという意見が多かったが,予想に反してこれには非常に簡単な例があった.裏返し(鏡映対称)の多面体は同一視(合同)するが,平行多面体ではたった1種類ですべての平行多面体を充填するような元素が存在する.それをペンタドロンと名付け,σで表すことにすると立方体はσ12(σ96).以下,6角柱σ144,菱形12面体σ192,長菱形12面体σ384,切頂8面体σ48となる.

[定理]平行多面体の元素定理

  5種類ある平行多面体の元素数は1である.

  ペンタドロンはフェドロフの平行多面体に共通する元素となる.

 この定理が成り立つのは平行多面体が空間充填多面体であって,その二面角がπと通約できることに基づいている.

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 ペンタドロンは平行多面体の構成元素であるから単独空間充填多面体である.上述の空間充填はちょうど半分ずつの鏡像体の組から構成されているが,それでは

[Q]鏡像体の一方(裏返しを許さない)だけで空間充填は可能だろうか?

という設問を考えてみよう.

[A]中川宏さんの検討によると,左右一対でなくとも片方だけで空間充填可能となるそうである.合同なペンタドロンの凧型面をつなぐとテトラドロンになる.このテトラドロン2組で,平行四辺形を底面とする四角錐ができる.この四角錐を交互に並べていくと正三角柱になり,空間充填可能であることがわかる.

 すなわち,ペンタドロンは

  [1]立方体の切断によって得られる空間充填立体

であると同時に

  [2]正三角柱の切断によって得られる空間充填立体

でもある.

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[1]正三角柱の切断によって得られる空間充填立体

 ここでは面白い性質をもっている空間充填四面体を紹介しましょう.まず,2:√3:√3の合同な二等辺三角形4枚からできる三角錐ですが,この三角錐を8個組み合わせるともとと同じ形で2倍(体積は8倍)の一回り大きい四面体になります.3個組み合わせると三角柱ができますが,この三角柱を垂直に切った断面は正三角形になります.この三角錐の展開図は二等辺三角形あるいは平行四辺形ですから,展開図が平面充填可能という特徴があります.

 また,展開図が平面充填五角形になる空間充填四面体は

  [参]中村義作「数理パズル」中公新書427

に紹介されていますが,この三角錐も正三角柱を切断することによって作ることができます.ついでにいうと,正三角柱を切断して側面が正方形の2つの正三角柱を作り,正方形面に沿ってねじって貼り合わせるとジョンソン多面体J26を得ます.この多面体も単一空間充填多面体として知られています.

[2]正四面体の切断によって得られる空間充填立体

 つぎに,正四面体を切断することによって得られる空間充填をとりあげます.正四面体に切頂率:t=1/3の切頂を施すと準正多面体である切頂四面体が得られます.しかし,ここでは切頂率と切頂する尖端数を変えた

(1)4つの尖端からt=1/4の相似形を切り取った8面体

(2)3つの尖端からt=1/3の相似形を切り取った7面体

(3)2つの尖端からt=1/2の相似形を切り取った6面体

も,空間充填体になります.

  [参]別宮利昭「忍者もおどろくマキビシの術」別冊・数理科学「創作パズルVI」サイエンス社,1981年

 これらの空間充填体の平行多面体と異なる特徴は面をずらさなけれならないということです.平行多面体に限らなければもっと多くの空間充填が考えられるということなのでしょうが,ちょっと意外な首をかしげたくなるような空間充填です.

[3]立方体の切断によって得られる空間充填立体−−−九章算術の幾何(角錐台の体積公式)−−−

 魏の時代に書かれた劉徽の「九章算術」の体積計算では棋(き)と呼ばれる4種類のブロックを利用して,角錐や角錐台の体積公式を得ている.4種類のブロックとは立方体,塹堵(ぜんと:1/2立方体),陽馬(1/3立方体),鼈臑(べつどう:1/6立方体)である.鼈臑とはすっぽんのすね(前足の骨)の意であるそうだ.

 たとえば,正四角台は中央にある立方体,側面にある4つの塹堵,各隅に1つずつある4つの陽馬に細分される.それらをうまく組み換えることによって,3個の三角錐(V=a^2h/3,abh/3,b^2h/3)に転化させることができる.このことは角錐台の体積公式が

  (a^2+ab+b^2)h/3

となることを示している直接的な証明法である.

 劉徽の「九章算術」では,台形の面積公式

  (a+b)h/2

が台形を2個の三角形(S=ah/2,bh/2)に転化させて得られるのと同様のアイディアで角錐台の体積を求めているのである.すなわち,「九章算術」の立方体,塹堵(ぜんと),陽馬,鼈臑(べつどう)はピースを並べ替えて等積変形により立体の体積を求積するもので,同じく中国生まれの「タングラム」の立体版と考えられる.

 なお,鼈臑(テトラドロン)はペンタドロン2原子を凧型面で接合させた2原子分子σ2であるが,それ自体を1個の原子とみなすこともできる.σ2にはいくつかの空間充填異性体が存在することになる.

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[補]多面体Pに対し各辺の長さをai,二面角をαiとすると,デーン不変量δ(P)はすべての辺で二面角の和をとり,mod πで還元したものとして定義される.

  δ(P)=Σ(ai,αi)   (mod π)

平行多面体のデーン不変量は0である.

[補]もう一度発想の原点に戻るが,球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみる.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるが,その場合,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならない.このような移行はどのようにしたら可能になるのだろうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのだろうか? 最密充填から最疎被覆への状態移行では,球の並進運動と同時に空間の連続的な回転運動が起こらなければならないが,当該の多面体σは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるはずである.

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