■サイクロイドの変分学(その2)

 サイクロイドは重要な性質をもっていて

 [1]最速降下線

 [2]等時曲線

などいくつかの興味深い特性があります.今回のコラムでは「最速降下線」について補完してみたいと思います.

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【1】最速降下線

 質点が重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達までの所要時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題を最初に定式化したのはガリレオです.彼は直線軌道では最速降下にならないことに気づいていたのですが,ガリレオが最速降下線と考えていたのは円弧だったようです.このことは

  [参]ナーイン「最大値と最小値の数学」シュプリンガー・ジャパン

に詳細があります.

 1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者への挑戦として「最速降下線」の問題が提出されました.この問題に対してヨハン・ベルヌーイ自身を含め,ヤコブ・ベルヌーイ,ニュートン,ライプニッツ,ロピタルなどの数学者が解を提出しました.ニュートンは自ら発明した方法(微積分)を用いて直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.

 フェルマーの最小時間の原理とスネルの法則より,光線の経路曲線上の各点において

  sinθ/v=定数

が成り立ちますが,ベルヌーイはこの議論を逆向きに考えました.すなわち,微小部分における曲線の長さはs=√{1+(y')^2}dx,また,そこでの速度は重力だけの作用下ですから位置エネルギーが運動エネルギーに変わること

  mgy=mv^2/2 → v=√(2gy)

より速度は高低差だけに依存し,高さの平方根√yに比例します.したがって,

  sinθ/v=定数=1/sv

両辺を2乗すれば

  y{1+(y’)^2}=C

が得られます.

 したがって,変分問題は移動時間

  T[y]=∫{(1+(y')^2)/y}^(1/2)dx

を最小とする関数yは何かという問題になります.ジェットコースターの場合でいえば最速ジェットコースターを設計する問題ということになります.解は直線ではありません.

 私には,たとえ積分公式集があったとしても,計算は面倒そうに思えるのですが,その答えがサイクロイド

  x=a(θ−sinθ),y=a(1−cosθ)

(をさかさにした曲線)だったのです.サイクロイドという名前は1599年ガリレオによって与えられたのですが,この結果はベルヌーイを大いに驚かせました.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.

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 変分法は一般に複雑な微分方程式になるので解くのは難しいのですが,関数f(x,y,y')={(1+(y')^2)/y}^(1/2)において,y'=uとおいて

  f(x,y,u)={(1+u^2)/y}^(1/2)

  df/dy=-1/2・(1+u^2)^(1/2)/y^(3/2)

  df/du=u/(1+u^2)^(1/2)/y^(1/2)

 したがって,オイラー・ラグランジュ方程式

  d/dx(df/du)-df/dy=0

  d/dx[u/(1+u^2)^(1/2)/y^(1/2)]+1/2・(1+u^2)^(1/2)/y^(3/2)=0

これを整理すると

  2y''/(1+y'^2)+1/y=0

両辺にy'を掛けて積分すると

  (1+y'^2)y=-C

  y'=±(y+C/-y)^(1/2)

 ここで,変数変換y=C/2(cosθ-1)を行うと

  y+C=C/2(cosθ+1),dy/dx=C/2sinθdθ/dx

より

  dx/dθ=Ccos^2(θ/2)=C/2(1+cosθ) → x=C/2(θ+sinθ),y=C/2(1-cosθ)

C/2を改めてaとおくと,これはサイクロイド(をさかさにした曲線)のパラメータ表示です.y軸が下向きの座標系が用いられていることに注意して下さい.

 ここで,サイクロイドの接線を調べてみましょう.

  dx/dθ=y,dy/dθ=asinθ

  dy/dx=asinθ/y=(2a/y−1)^(1/2)

  1+(y’)^2=2a/y

  ds/dx={1+(y’)^2}^(1/2)=(2a/y)^(1/2)

このことは転がる円にとって瞬間的な回転の中心はx軸との接点(aθ,0)であり,接点での法線は(aθ,0)を通るという幾何学的構造からも導かれます.これより,サイクロイドが実際に微分方程式

  {1+(y’)^2}y=2a=C

を満たすことが確かめられました.

(補)関数y=f(x)の近傍における比較関数

  y+δy=f(x)+αη(x)

を考えます.これをT[y]に代入すればαの関数

  T[y+αη]=∫[{1+{f'(x)+αη'(x)}^2}/{f(x)+αη(x)}]^(1/2)dx

となります.

 α=0で極値をとらなければならないという必要条件,および,微分・積分の順序交換から,

  dT/dα|(α=0)=0

を得ることができますが,これがオイラー・ラグランジュの方程式にほかなりません.

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 経路の始点を(0,0),終点を(x0,y0)とすれば,始点・終点を通るサイクロイドは必ずただ1本存在するのでそれが最速降下線になります.特に経路に高低差がない(y0=0)場合は水平距離x0=2πaとなるように円の半径aを選べますから計算は簡単になります.

 始点・終点に高低差がある場合は,あるθに対して非線形方程式

  x0=a(θ−sinθ),y0=a(1−cosθ)

を満足させるようにaを決める必要があります.このとき,x0>πaであれば経路が低いところから高いところへ上昇する部分をもつことになります.

 経路に制約がない場合,すなわち,経路が低いところから高いところへ上昇する部分をもつことを許す場合にはこれだけでよいのですが,結論にはまだ先があります.

 終点より低いところを通る経路を許さない場合について考えてみましょう.その場合,経路の高低差を2aとして,水平距離x0が2aに比べて十分大きい場合(x0>πa)にはサイクロイドの前半部分に水平線を繋いだ曲線が最速降下線になります.

 x0<πaの場合は傾斜が急なので水平部分を繋ぐ必要はありません.生成円を半回転させたときサイクロイドは最低点に達します.このとき,始点と最低点を結ぶ半直線の勾配は

  tanφ=2/π  (φ=32.4817°)

ですから,始点と終点を結ぶ半直線の勾配がこれを越える場合と言い換えることもできるでしょう.

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